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ヴァーミンズ・クロニクル  作者: 蠱毒成長中
シーズン5-ヤムタ編-
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第二百二十六話 カニニニ!!×2





官邸特選隊とは一体何なのか?

―解説―


 絶対的な力を有するダリアの傘下に居場所を求めたのは、何もロリコンを拗らせた哀れな男達だけではない。紆余曲折を経て彼に依存するようになった者の中には、様々な事情から現実に絶望した女達も含まれるのである。

 彼女ら(及びそれらを統括する恋双)は『自分は小柄で貧相な体型故に女として欠陥品と見做みなされた悲しき存在である』と思い込んでおり『自分が不幸なのは全て周囲や社会の所為だ』と信じて疑わない。侍従と違い実質的に議会と同等かそれ以上の力を誇る彼女らは、しばしばダリアにあれこれ要求しては莫大な金を浪費するため穀潰しとも言えるのだが、幼女に貢ぐ事がライフワークの一つである彼はそれを寧ろ喜んでさえいる。


 官邸特選隊とは、そんな彼女らが法に基づく『正義』を行使するためという名目で作り上げた集団である。とは言えその活動は基本的に『会議』『パトロール』と称しての遊興や、国の重鎮という立場とそれぞれの武装・異能の類い(全てダリアに用意させたもの)を用いた『取り締まり』と称しての理不尽な暴行・私刑等で、要するに道を踏み外した富豪が豪遊に耽っているのと何ら変わりない(そして真宝には彼女らを社会的に抑止するものが一切ない)。

 彼女らが今の立場を保っていられるのは、一重に優れた武力を持つ幼女であるからに他ならない。


―前回より・調理場―


 官邸特選隊の一人・下部素子との戦いは尚も続いていた―無論、デッド劣勢のままに。


「ぬン!セい!どうしたトカゲェ、やはり貴様はその程度かァ!?」

「(クソッ、何だ、こいつの、体ッ!一気にガチムチんなったり、元に戻ったりを繰り返してやがる!)――チィッ!」


 瞬時に膨張と収縮を繰り返す素子の手足から放たれる強烈な(具体的に言えば、鉄筋コンクリートの壁面に素手でクレーターを作るほどの)打撃をどうにか避けきったデッドは何とか距離を取ろうとするが、素子の体格に見合わない(アンバランスなまでに筋肉の膨れ上がった両足による)加速がそれを良しとしない。

 やがて僅かな隙を突かれ元子の豪腕に捕まったデッドは、床や壁に散々打ち付けられた挙句、尻尾を捕まれ砲丸投げの要領で放り投げられてしまった。


「おゲがッ!」


 勢い良く壁に打ち付けられたデッドは、血反吐を吐きながら床面に崩れ落ちる。彼が負った怪我は大きなものだけで約50箇所(主なものは打撲と骨折だが、筋肉や内臓も生存が奇跡的なほどに破損。脱臼も見られる)、細かなものや外部からの視認が困難な傷も含めれば総数は100をゆうに超える。


「……この程度か……究極の脊椎動物が聞いて呆れる」


 異常に肥大化した両腕を引きずって歩く素子の近くを、小さな羽虫らしきものが二匹程飛び交う。それぞれ一匹ずつ素子の両腕に止まった羽虫達が針のような口吻をその皮膚に突き立てると、筋肉によって信じ難い程に膨れ上がっていた両腕がみるみる内に萎んで元のサイズに戻っていく。


 察しの良い読者ならば気付いている事と思うが、この下部素子という女はヴァーミンの保有者である。彼女の周囲を飛び回る羽虫というのはつまり異能の一部たる"活動体"であり、それこそがその正体を物語ってもいた。



 ヴァーミンズ・ドヴァー モスキート



 知性を持つ樹木ダルク・アルポの独裁国家を絶対的なものとしていた麻酔の異能は、次なる主を見出だした事で新たなる領域へと至っていた。


「……凄かろう?この蚊共はそれぞれ腹の中に様々な薬を持っていてな、身体に打てばヒトを超えた力が手に入る……すぐに効き、副作用の一つもない……まさに究極、最強のヴァーミンだ……如何に複雑な異能や戦術で勝ろうと、闘争の要は命の奪い合い。破壊の力が物を言う……そこに流星刀が併されば、貴様如き童貞トカゲなど――「っせェよ、ブス」


 その光景に、素子は目を疑った。つい先程瀕死レベルにまで叩きのめした筈の敵が、何食わぬ顔で立ち上がっている。全身の骨を砕き、内臓だって潰してやった筈なのに。立ち上がるどころか、まともに呼吸をすることさえも不可能な筈なのに。


「き、貴様っ……何故生きているっ?何故立ち上がれるっ!?」

「あー……何故、だぁ?寝言言ってんじゃねぇよ、マナイタ。起動屍きどうしの最新モデルが自己修復もできねぇとか、てめぇの顔面より尚笑えねぇだろうが」

「きどう……し?」

「何、知らねぇの?起動屍ってなぁ、まぁ要するにすげー高度化したゾンビの事だ。バカのおめーにも解りやすく言うとな」


 頭の良い読者諸君に詳しく説明すると、専門用語で言う起動屍とは『屍術で蘇生された生命体の内、生前とさして違わない形での活動が可能なもの』と定義される。知性・自我を損なうことなく、体温や感覚が存在し、臓器等の劣化も見られない。生命力は飛躍的に向上し、時間はかかるが瀕死時に限り大抵の傷を自らの意思で治癒できる。まさに完全蘇生と呼ぶに相応しい性能を誇るが故にその扱いはやはり法的に制限されており、許可なく死人を起動屍にすると厳しく罰せられる。


「――フッ……ゾンビ、か。よもやこの世にそんな陳腐なものが存在しようとはな……だが何が来ようと私の敵では――なァい!」


 素子が拳法家のように腕を引き絞ると、彼女の周囲に突風が巻き起こり、続いて手足の筋肉が今までにない程に膨れ上がった。


「フフフ……これで我が手足の筋力は先程の5倍……」

「そりゃすげぇ。だったら俺も……それなりの装備で臨むとするか」

 デッドは手元のアトラスを、二本の幅広い剣へと分離させる。それぞれ炎と氷によって象られた竜のようなそれらは、まるで生きているかのように脈打っていた。


「『フォーゴ』に『ジェロ』、名前通り炎と氷の剣だ」

「ゾンビに、炎と氷の剣とは……最早安直を通り越し滑稽でさえあるな……」

「仕方ねーだろ、ミラーで出せそうなのが他にねぇんだから」

「……ミラー、だと?」

「何だよ、お前ミラーも知らねぇの?ポンコツだなオイ。ミラーっつったらお前、カドム武器の説明書に必ず書いてある機能だろ」


 デッドの言うミラーとは『手元にある武器本体を別のものに変化させる』という機能であり、言葉通り鏡のようなものと言える。但しカドム武器なら何でもいいという事はなく、その時点で持ち主が存在せず、共通の因子を持っていなければならないという条件がある。この場合の因子とはカドム武器に宿る遺伝子のようなもので、生物分類でいう門や綱にあたる。因子は現段階で20種以上あり、例えばアトラス、フドウ、フォーゴ、ジェロは龍の因子を持つ。

 ミラーはその武器と特別に適合する者か、或いは相当な熟練者にしか扱えない機能であるが、その分使いこなせれば多彩な戦いが可能になるため、持ち主の多くはひとまずミラーを使えるレベルまで訓練を続けるという。


「……小賢しい童貞トカゲめが。その程度で私に勝つつもりか」

「てめえが虫なら、焼くか凍らしゃ死ぬ筈だ」

「……調子に乗るなよ、童貞がッ!」

 クラウチングスタートの構えを取った素子は四肢に力を込め、一気にデッドへ飛び掛かろうと跳躍する―――が、異変はそこで起きた。


「ッ゛!?」

「は?」


 ぶつり という鈍い音がした。


 続いて中途半端な距離で、小さな身体が落下する。


 同時にどさり という低い音を立て、大樹の幹が如し極太の肉塊が床面に崩れ落ちる。


「なッ、が……何故ッ……手足、がっ……?」


 それは、凡そ物理的に有り得ない光景であった。

 異能により肥大化した素子の四肢が、跳躍しようとした拍子に胴体から抜け落ちてしまったのである。

 手足の一本一本が自重に耐えられなくなり肩と股関節が脱臼したのか、或いは骨が折れたのか、詳しい理由は定かでないが、ともあれ生きている事が奇跡的なほどの重傷にあって言葉を発することができるまでの意識を保っている辺り、素子の驚異的な生命力が窺い知れる。


「勝負あったな。どんだけ手足が強かろうが、ダルマになっちまえば意味はねぇ。あたぁ俺が手を下すまでもねーし、てめーはてめーで勝手に死んどけ。まぁ騒ぎゃ誰か助けに―――あ?」


 ふと、デッドの耳に薄いガラスが砕け散ったような音が入ってくる。

 この音に聞き覚えのあるデッドにとって、後ろで何が起こったのかを想像することは実に容易い。


「(……破殻化、だよなぁ)」


 恐る恐る振り返ったデッドが眼にしたのは、背から生えた一対の巨大な翅でホバリングする虫のようなヒト型生物―基、破殻化した素子であった。

 頭部は巨大な複眼と針のような口吻から成り、失われた手足を補うように細かな蔓状の節足が数本生えている。


「手を下すまでもない、か?」

「……前言撤回。やっぱ殺すわ」

次回、モスキートの爆生が明らかに!

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