第二百二十二話 樋野ダリアの独白:完結編
何故いきなり雪山に!?
―前回より―
「な、こ、れはっ!?ぉうぇあっ!っがっ、あぁ……」
薄着のまま雪山に放り出された私は、余りの寒さに震え上がりまともに話も出来なくなってしまう。一方の辻原は厚着のためか平気なようで、尚も減らず口をやめようとしない。
「馬ァ鹿め、綻びに付け込んで"D"に抗うからだ」
「"D"だと……?」
「あぁ、そうだ。"D"だ。探偵が飼い慣らしてるらしい、この世で最も恐ろしい力を持った"何か"だ。お前は今、そいつに抗っちまったのさ。お前が化け物や超能力者の類らしい話は探偵から聞いてるし、俺も諸事情でそういうのが実在するってのは知ってるがな、どんな奴だろうと"D"には敵わねぇ。そしてその力をそこいらの有象無象が無理にねじ曲げようとすりゃ、そいつの身に何があってもおかしくねぇのさ」
辻原の話す内容は何とも信じがたいものだったが、確かに奴の言うとおり私はヒトを超えた存在だ。ともすれば、その"D"とやらも実在するのだろう。そもそも"力"の一切を封じられた私自身はその"D"とやらの存在を証明する確証でもある。だが、そうだとすれば私はこの先どうなってしまうのだろうか?
「……ならば、今我々がこうして雪山の中に居るのも……」
「あぁ、お前が"D"に抗った所為だ。封印の綻びを無理矢理こじ開けたんだ、副作用で何が起こっても不思議じゃねぇ」
「く……だ、だがしかしっ!だがしかしだ辻原、そうなら貴様も無事では済まされんぞ!私よりは遅くなろうが、貴様もいずれ寒さと飢えで死ぬ!仮に生きながらえたとしても、面会室の会話は監視カメラを通じて少年院側に筒抜けだ!貴様も私と同じように投獄され、まともな人生は歩めなくなる!これぞまさしく詰み(チェックメイト)だっ!我が栄光を妨げた貴様に未来など――「ねーよ」――何!?」
「言ったろ、知り合いの勤め先がバックアップでついてるってよ。そこな、自社の製品を警視庁に無償提供してるんで警察と仲がいいんだよ」
「つまり、揉み消しか?」
「大体そうだが、少し違ぇな。揉み消しってのはあくまで法的に罪へ問われる行為を無かったことにするだけだが、俺のやった事は全部警視庁公認なんだよ」
その言葉に、私は思わず耳を疑った。あれが警視庁公認であるなど、どう考えてもおかしい。
「……なに?」
「知り合いの勤め先の新技術でお前らを痛め付けて逮捕に追い込む。商品のデモンストレーションついでに犯罪者も逮捕できる――まさに一石二鳥って奴だ」
そんな、馬鹿な。
確かに私も、先祖代々国の重鎮より諜報や暗殺などの汚れ役を引き受けてきた一族の末裔だ。両親や祖父母が健在だった頃もその手の仕事は舞い込んで来ていたし、私も後輩達を連れてそれらの仕事を引き受けたことがある。
だがそうだとしても、こんなただの一衆愚如きにそんな力と権利があるなど私には想像もできなかった。
「兎も角、だ。あとは適当に歩きながらSNSでも弄ってりゃ、知り合いの勤め先がGPSで探してくれる。電磁波飛び交うトンネルの中での使用を想定された携帯電話だ。電波の通りは死ぬほどいい」
そう言って辻原は、私に背を向け歩き始めた。私はそれを慌てて呼び止める。
「おい、待て!そんな安々と私に背を向けていいのか!?」
幾ら寒くても背後から刺し殺すぐらい容易いぞ。
警告された辻原は、しかし私に背を向け歩みを止めずに淡々と言う。
「できるんならやれよ。どうせ無理だろうがな」
嘲られたわけでもないのに何故か頭に来た私は、"力"によって両手を鋭い鈎爪の備わった獣のそれに変え、奴の背に狙いを定める。
「(ここで死ぬのなら、いっそお前も道連れにしてやる……)」
心に決めた私は、辻原の背を刺すべく音もなく駆け出そうとする――が、その刹那
「うぉぁっ!?」
私の身体が、冷たい水の中へ一気に沈み込んだ。薄氷に覆われた池に落ちてしまったのである。池は想像以上に深く、体温低下と体力減退もあり自力での脱出は不可能だろう。
見れば辻原の姿は既に無く、山奥に一人残された私は生を諦め、水底へ沈みながら静かな眠りに落ちていった。
―意識覚醒―
ふと、目が覚めた。
自分はとっくの昔に死んだのだと確信していた私は、暖かく清潔なベッドの上というその場所を冥界の一部だと考えることにした。
だが、それにしては辺りの風景が一般的にイメージされるどの冥界にも似ていない。ならば肉体を抜け出た霊魂かとも思ったが、触れられる以上実体はあるようだし、見たこともない寝巻のような衣類を着ている理由にはなるまい。
そんな風に思考をループさせていると、ふと部屋のドアが開き誰かが入ってきた。
家主と思しきその人物は、ゴシックロリータ風の身なりをした私好みの美少女であった。
瀕死の私を拾い保護していたというその美少女は、名をレジョ・ドマムというらしい。
何があったのかと聞いてくるレジョに、私はそれまであった数々の出来事を話した。凡そ現実には有り得ないような内容であり、気の狂った人間だと嘲笑われることは覚悟の上だった――だが彼女は、そんな私の話を余すところなく信じてくれた。そればかりか、彼女はかつての私以上に人知を超えた存在―地球でない異世界『カタル・ティゾル』に住まう魔術師―だったのだ。
仕えた国のためにと幾つかの革新的な技術を開発するも『禁忌に手を染めた異端者』として白眼視され、国を追放された彼女は自ら開発した技術の一つにより死にかけの私を助け、介抱してくれていたというのだ。恩義以上のものを感じた私は、彼女の侍従となろうと誓った。
かくして異世界カタル・ティゾルの住民となった私は異世界生活の中で多くの事を学び、身につけていった。
それから二年後の春、レジョは自らの持てる全てを私に託し、肺炎でこの世を去った。死別の悲しみを押さえ込み涙を堪えた私は、決意を新たに彼女がかつて仕えていた東の大国・真宝を目指す。彼女の志を虚仮にした国家に盛大な制裁を下す為だ。
道中生き別れていた後輩達と奇跡の再開を果たし更なる力を得た私は、失恋で気分の沈んでいた国主の一人娘・恋双に呪術をかけ鬱病患者に仕立て上げた。気などと同じく魔術の亜種という位置付けの呪術は発動が遅く準備にも手間がかかり柔軟性も低い分、その効力と持続力は絶大だ。これで私以外が彼女を治療することは出来なくなったという事である。
そして機を見計らい約二年、放浪の精神科医を名乗って王宮に入り込んだ私は、あたかも治療で回復しているかのようなペースで呪術を解いていった。治療に真実味を持たせる為、市販の錠菓に着色などの細工を施しただけのものを薬として与えもした。
治療の報酬として後輩共々高官としての肩書きを得た私は、歳不相応に小柄だった恋双をレジョより受け継いだ技術で自分好みに少しずつ若返らせ(周囲には治療の後遺症だと暗示をかけてやり過ごした)、同時に私と彼女の距離は縮んでいく事となる。
関係を深める内、恋双がこの国の文化や伝統を古臭いものだとして心底嫌っており、自身の過去とも決別したがっていることを知った私は、手始めに彼女の初恋の相手・白聖剣と従者・建逆璃桜の現状を調べ上げ報告。二人を始末せよとの指示を頂いた時は心の底から喜んだものだ。こんなにも美しい彼女を裏切った不届き者に相応しい罪は、死かそれ以上の苦痛の他にない。丁度ある件で遠方に向かわせていた五智がいい物を持ち帰っていたので、建逆璃桜はそれを使い苦しめる事にした。
更に作戦を進めた我々は恋双の両親を含む真宝首脳陣を殺害。洗脳により多くの国民を思うまま支配し、続いて国そのものを我々の色に染め上げたことで、真宝は晴れて私達の所有物になったのである。
だが、私達の計画はまだ終わりではない。凡才のそれを遙かに超える夢を抱き、実現することこそ天才の使命。ならば私がすべきは地球とカタル・ティゾルの同時完全支配に他ならない。
ロリータ・コンプレックスの夜明けは近い。
次回、遂にツジラジ収録開始!