第二百二十一話 樋野ダリアの独白:終編
な、長ぇ……
―前回より―
「そもそもお前が裏で何かやってんじゃねぇかって噂は入学式の初日からちょくちょく聞いてたんだ。親に先立たれ身寄りのない金持ちの御曹司が大豪邸に大勢のガキを集めて孤児院ごっこだ、裏に何かある可能性は十分にある。
その上、集められるのが二桁未満の女ばかりで、里親の所へ送られる奴らはどいつも第二次性徴を過ぎてるってのはどう考えても怪しい。『子供を学ぶ会』だかは教職目指して子供心を学ぶと謳う癖にやっぱり男を入れやしねぇ。まぁ世の中にゃ女子小学校とやらもあるらしいが、確実にそこへ就けるとは限らねーって事ぐれぇお前なら解るよな?
それ以外にも不審点はかなりあって、何があるのか見極めようとした奴らはどういうわけか皆死んじまった。そんなこんなあって、流石にそろそろ妙なんじゃねぇかっつー事で行動を起こしたわけだ」
絶句する私を尻目に、辻原は嘲りの篭った口調で口を開く。
「まぁ、平たく言えばココアの箱にカメラつきの小型ロボを仕込んどいたんだよ。見付かった時はどうなるかと思ったが、殺虫剤撒いてスルーしてくれたのは僥倖だったぜ」
「貴様……」
「まぁそう睨むな。話はまだ終わりじゃあねぇ」
「他に何をやった……?」
こみ上げてくる怒りを必死で押さえ込みながら、私は問いかける。
しかも間の悪い事に、逮捕されたとき以来何故か消え失せていた私の"力"がこの瞬間に戻り始めていた。下手に感情的になれば、こんなアクリルガラスの一枚程度は簡単に破壊出来てしまうだろう。
そして、面会相手であるこの忌々しい男を、下手に動けば殺してしまうだろう。そうなってしまえば私はどんな処分を下されるか判らない。慣れたとは不自由だらけの生活だ、これ以上変なことになってはたまったものではない。
そんな私の内面など知る由もない辻原は、明らかに挑発するような口ぶりで言葉を紡いでいく。
「ナァイスだ、樋野ォ。ナイスクエスチョン、10点やろ――「巫山戯てないでさっさと答えろッ!」――だから睨むなってばよー。大丈夫だ、そんな大したことはしてねぇ。お前らの部室に猩々蠅の培地を仕掛けただけさ。まぁあの時は単にお前が職権乱用で新体操部を廃部寸前に追い込んだのに腹ァ立ってただけだったんだが」
呆れた。その程度のことか。とんだ拍子抜けだな……などと思った私だったが、甘かった。
「あとは、お前ん家の畑に数種の蝶蛾葉虫のつがいをそれぞれ百組と、ナメクジを一リットルばかし放ってやったかなぁ」
「……なに?」
無意識の内に身体が動きそうになった。それと同時に、私の脳内へある仮説が思い浮かぶ。
「花壇にゃアブラムシ、デカイ樹は蛾とカイガラムシへの成人祝いだな。田んぼにゃスクミリンゴガイの団体様をご招待。家畜小屋はネタ考えるまでもなく勝手に全滅してくれたがよ。んでそれから――「池に毒を流し、家に害虫を送り込み、庭にスズメバチの群れを放ち、シロアリを嗾けて家を倒壊寸前にまで送り込んだ……だろ?」
「ほぼ正解だ。だが所々間違ってんなぁ……点数は、高くて70点だ。まず池に毒なんざ流しちゃいねぇ。ウオジラミっつーエビの出来損ないみてぇなのを軽く数千ほど水道管伝手に流し込んだんだよ」
「ウオジラミ……だと?」
「あと庭に放ったのはスズメバチの群れじゃねぇ、冬眠明けの女王だ。冬の間に捕まえておいたのを春先、冬眠してる枯れ木ごと予めそっちに移しといたんだよ。シロアリは倒壊寸前つーか、もう倒壊さしてお前らまとめて生き埋めにして殺す算段だったんだが……まぁ、駆除業者を計算に入れてなかった俺のミスだわな。つっても、その計算ミスのお陰で俺達はこうして再び出会えたんだ。良しとしようぜ。
これぞまさしく『災い転じて福と――「何故だ」――あ?」
「何故、こんなことをした?何が目的だ?」
率直に、ただ純粋に問いかけた。
辻原は暫く頭を抱えるようなふりをして、わざとらしく口を開いた。
「何故だ?目的だ?そんなもん、お前らを痛めつけて潰す為に決まってんだろ、言わせんなよ。天才なんだろぉ?それぐらい察してくれなきゃやってらんねぇぜ」
こいつは完全に私をなめてかかっている。挑発に乗っては駄目だ。
「……ならば、何のために私達を痛めつけ、潰そうとする?」
「何のため、ねぇ……そうさな……愛とか、友情の為かなぁ」
わけがわからない。
私がただ率直にそう言うと、辻原はわざとらしく盛大な溜息をつく。
「お前さ、天才だろ?だったら解れよこの程度!」
「無茶を言――「口答えすんなよー。てめーらが我が身可愛さに裏で何人も殺してんのはもう判ってんだぜ?」
「!?」
思わず椅子から転げ落ちそうになった。何故こいつらがその事が知っている!?
警察の目は誤魔化せた筈―
「『警察の目は誤魔化せた筈だ。何故こいつ如きが?』とでも言いたげだな。確かに警察の目は誤魔化せただろう。だがよ樋野、犯罪者を追ってんのは警察だけじゃねぇんだぜ」
警察以外に犯罪者を追うもの、だと……?
「天才ともあろうお前が気付かなかったのかよ、情けねぇなぁ~。警察以外で犯罪者を追うっつったら探偵だろが」
探偵、だと?探偵と言えば――
「『探偵と言えば浮気調査ばかりやっている筈だ。犯罪者を追う探偵などフィクションだけの話』とでも言いたげだな。
俺も驚いたが、知り合いのツレにゃ今日日正統派の私立探偵なんてやってる物好きが居てよ。で、知り合い通じてそこに調査依頼したら図星でな。喋る黒猫が夢に出て来る面白演出で事細かに教えてくれたぜ。そういやあの猫、自分を探偵の助手だとか言ってたなぁ。ベタ過ぎな語尾のせいで探偵が台詞書いたんだって事はバレバレだったが」
それから暫く、私は辻原の脱線したつまらない話を聞かされることになった。
「まぁ何にせよ、お前らが奴らを手に掛けたのが俺の動いた動機なのは確かなんだよ。お前らはストイックで無愛想だが根はいい奴だった北村に、家業継ごうと頑張ってた久保田なんて奴らを殺した。チャランポランなようで世界を広い視野で見据えてた丸山や、役者として世界唯一のサブカルで国を救いたいと言ってた本村は死んじゃなねぇ奴らだった。菊地先生や住田先生に至っては子持ちだ。菊地先生の娘はアイドルとして活躍する自分の姿を親父に見せてやれなかったと嘆いてたし、住田先生んとこのは8歳と5歳のガキだぞ?年端もいかねぇガキが母親を失う苦しみは洒落になんねぇだろうが。まぁ会計の橋下は許すがな。奴は教育委員会で好き勝手やってる石原のジジイと手ぇ組んでやらかしそうだったから後々殺そうと思ってたんだ。例は言わねーが、手間は省け――ぅぉっ!?」
私は、無意識の内に右拳でアクリルガラスをぶち抜いていた。
「なんだよ、今のキレる所か?手ぇ上げるタイミングならもっと前だろ」
確かにその言い分は正論だ。だが、殴らずには居られなかった。
「……もうどうなろうが構わん。お前だけ殺せれば、それでいい」
「自棄んなっちまってまぁ、酷ぇ有様だな。性犯罪ってのはこうもヒトを堕落させち――「黙れィッ!」
アクリルガラスに刺さった右腕を引き抜き立ち上がった私は、座っていたパイプ椅子を振り上げ、私と辻原を隔てるアクリルガラスを殴りつける。程良く"力"が作用したためか、穴の空いたアクリルガラスは粉々に砕け散った。
「―――すげぇな。どこで習った?」
この男はどこまで私を侮辱すれば気が済むのだろう。
一瞬の内に全てがどうでもよくなった私の頭の中は、こいつへの殺意で満たされた。
そして殺意の赴くままに、ふざけた事を抜かすこの男を殺してやろうと腕を振り上げた―刹那。
「言えよ」
辻原が口を動かすのと同時に、少年院の面会室で向き合っていた筈の私と辻原は、雪の積もった山奥に佇んでいた。
「馬ァ鹿め、綻びに付け込んで"D"に抗うからだ」
「"D"だと……?」
「あぁ、そうだ。"D"だ。探偵が飼い慣らしてるらしい、この世で最も恐ろしい力を持った"何か"だ。お前は今、そいつに抗っちまったのさ。お前が化け物や超能力者の類らしい話は探偵から聞いてるし、俺も諸事情でそういうのが実在するってのは知ってるがな、どんな奴だろうと"D"には敵わねぇ。そしてその力をそこいらの有象無象が無理にねじ曲げようとすりゃ、そいつの身に何があってもおかしくねぇんだ」
辻原の話す内容は何とも信じがたいものだったが、確かに奴の言うとおり私はヒトを超えた存在だ。ともすれば、その"D"とやらも実在するのだろう。そもそも"力"の一切を封じられた私自身はその"D"とやらの存在を証明する確証でもある。だが、そうだとすれば私はこの先どうなってしまうのだろうか?
「……ならば、今我々がこうして雪山の中に居るのも……」
「あぁ、お前が"D"に抗った所為だ。封印の綻びを無理矢理こじ開けたんだ、副作用で何が起こっても不思議じゃねぇ」
何故面会室から雪山に!?次回、ダリア達が異世界に!