第二百二十話 樋野ダリアの独白:後編
引っ越したダリア達だったが……
―前回より―
それは二年生の冬。期末試験が終わり、冬休みに入ろうかというある休日のこと。
その日は年の瀬で気分が乗っていた事もあり、私達は皆揃って昼間から少女達との行為に興じていたのだが、事も有ろうに空気の読めない何者かがインターホンをしつこく押してきたのである。面倒なので無視しようかとも考えたが、インターホンの音がうるさくては興が殺がれるのもまた事実。これも家主としての責任と思い、不躾な来訪者を追い払う為に素早く着替えて玄関口へ向かう。
―玄関口―
「何方様?」
「あぁ、樋野。俺だよ、辻原だ」
「辻原……何か用か?」
訪ねてきたのは、さしたる取り柄のない普遍的な雰囲気のクラスメイト・辻原だった。
「いやぁ、お取り込み中まんねぇ。実はここへ越してきた知り合いに荷物を届けたいんだが、部屋番忘れちまってよ。管理人のあんたに聞けばどうにかなるかと思ってさぁ」
「名前は?」
「大喜多っていうんだ。大喜多大志。三十か四十ぐらいの中年で、細い癖に筋張ってて角刈りの――「702号室だ」――すげぇな、全部把握してんのか」
「管理人だって楽じゃないんだ。これくらい出来ないとやっておれんよ。じゃあな、また学校で――「おっと、待ってくれ」――……何だ?」
ルームナンバーを教えたのだし、此方としては早く立ち去って欲しいのだが、辻原はまだ話があるらしい。気怠く思うも、一応丁寧に対応してやることとする。これも優等生を演じる為には致し方ない犠牲だからだ。
「お前さん、確かココア好きだったよな?」
そう言って辻原は、私に一抱えほどの箱を差し出してきた。
「これは?」
「知り合いの勤め先が最新技術で作った最高品質のカカオ豆を原料にした、特上もんのミルクココアパウダーらしいぜ。今はまだ試作段階でモニターを探してるそうなんだが、生憎ウチのもんはそんなココア飲まなくてよ」
「それで私に?」
「保護してるガキ共も甘いの好きだろ?今ならキャンペーン中でアンケ葉書使って懸賞みてぇな事もやってるらしい」
「ふむ」
「つーわけで、どうよ?」
「……わかった、有り難く頂こう。とりあえずそこに置いておいてくれ」
「よっしゃ。受け取り感謝するぜ樋野。お礼といっちゃ何だが、次の選挙はお前を推すとすっか」
「……それはどうも」
不躾な割にはいいものを寄越してきた。これで粗悪品だったら、その時に奴を潰そう。
その夜飲んだミルクココアはまさに至高の一言だった。命拾いしたな、辻原。殺すのは最後にしてやる。
―翌日の夜―
「先輩!樋野先ぱぁぁぁぁぁぁいっ!」
酷く慌てた様子で部屋に駆け込んできたのは、女のような身なりをした我が後輩・今野二古であった。細身で容姿・口調・所作の全てが女性的であるこの男もまた、我々と同じく先天的な『ロリータ・コンプレックス』を抱えた同志の一人である。
「どうした今野、今日は別件で外泊するんじゃなかったのか?」
「予定より早く終わったので帰ってきましたの。それより大変ですわ!」
「何があった?」
「とりあえず、テレビを!テレビを5チャンネルにっ!」
酷く同様した様子の今野に促されるまま私はテレビのチャンネルを5に合わせ、絶句した。
「な、何でだェ……何でこんな映像が……」
テレビ画面に映されていたのは、行為に興ずる我々を何処からか隠し撮りした映像であった。映像は編集されてこそいたが、恐らく映像を流している側は我々の顔から住所まで把握しているのだろう。早急に各所へ圧力をかけて護りに出ねば――そう思った、次の瞬間。
「警察だ!居るのは判っている!大人しく出てこい!」
ドアを蹴破り土足で上がり込んできたのは、不自然なほど青いショートヘアを棚引かせた若手の刑事だった。刑事は部屋の中を一瞥し、引き連れてきた数人の部下―目の錯覚かもしれないが、不思議なことにそれらの顔は全て同じに見えた―に素早く指示を下すと、携帯電話で何処かへ連絡を入れた。
指示を受けたある刑事は少女達を部屋から連れ出し、ある刑事は後輩達を取り押さえていく。私はそれを止めに入ろうとしたが、どういうわけか身体が―指先から唇までもが―全く動かない。無抵抗な私は刑事によって組み伏せられ、手錠をかけられてしまった。どうやらあの映像が証拠となり、逮捕状が出ていたようだ。
そしてそのまま外へ連れ出された私達はパトカーに押し込まれ、警察署へと連れ込まれた。
警察署であったことは、正直あまり思い出したくない。ただ、あの有田という刑事が公僕にあるまじき性悪だったこと、私達が持っているはずの"力"がまるで使えなかったこと、それまで互いに深く愛し合い信頼し合っていたはずの少女達が掌を返したように私達を貶める証言をしていた事くらいは覚えている。
逮捕された事により世間への影響力も意味を成さなくなり、それに伴って私達の実態がどんどん世間に公表されていった。裁判の結果無期刑に処された私達は、すぐさま少年院での生活へ順応。仮釈放を目指し模範囚になるため努力を開始したのである(少年期で仮釈放を許された状態で何の問題もなく十年経過すれば刑は終了したものと見なされる。即ち自由の身となれるのである)。
だが、そこでまた私達は更なる地獄を味わうこととなる。
部屋内には不愉快極まりない異臭が立ち込め、毎夜眠ろうとすれば蜂の羽音に似た激しい幻聴がそれを妨害しに掛かる。睡眠不足やストレスにより作業効率は大幅に下落。ストレスから暴力沙汰を起こすようになり、周囲からの迫害はそれらを加速させ、どんどん精神を摩耗させていく。そして遂に揃って"気の狂った問題児"のレッテルを貼られた私達は少年院の隔離施設―通称『白筺』に収容されてしまう。
文字通り目に付く何もかもが白く塗りつぶされているこの施設はまさしく虚無の一言に尽きた。刑務官は『最初は楽に思えてもいずれ限界が来て舌でも噛み切って自殺したくなる』などと嘲っていたが、実際暮らしてみるとそうでもなく、むしろ異臭と幻聴が無くなったことにより私達はこの空間での生活を楽しむようになっていた。
白筺に収容されて暫く経ったある日、私達六人は何故か理由も判らないまま隔離施設より出され再び少年院に戻された。その頃には模範囚になるという目標など無くなっており、せめてその日を気楽に過ごせさえすればいいと思うようになっていた。
そんな中、私との面会を希望したいという者が現れた。刑務官の指示に従って面会室に行くと、そこには何とあの辻原が立っていた。
何故来たのかと私が聞くと、心配になっただけだと奴は答えた。
「奇特な奴だな。私は犯罪者だぞ。お前のクラスメイトでも何でもないだろ」
「だが心根のいい奴だったことに変わりはねぇ。何より、言わなきゃならねぇこともあるしな」
「言わなければならないこと……?」
「そ。まぁ、大したたことじゃねぇんだけどよ」
手招きをした辻原は、耳打ちするような声でとんでもない事を口にした。
「お前ん家を隠し撮りして映像を警察とテレビ局に売ったのはなぁ――俺なんだよ」
「……な……に……?」
私は言葉を失った。
どう考えても予想通りの展開でした~ッッッ!
次回、我らが主人公の最低な言動が波乱を呼ぶ!?