第二百十八話 樋野ダリアの独白:前編
ゲスト召喚編終了!新年最初の投稿は巳年なのに蛇要素皆無!単なる変態の過去独白です!
―前回より―
「そうか……それはすまなかったな……」
「先輩のせいじゃはありませんって」
「そうは言っても、私が軍に馬鹿な命令を下した事に変わりはあるまい……」
私こと、樋野ダリアが目覚めたとき、最初に目に入ったのは寝室の見慣れた天井だった。
話を聞くに、敵の暗示にかかり正気を失った私は、無計画なままに映美平原へ軍を投入してしまったのだという。無計画に突撃した軍は当然全滅し、挙げ句の果てには最後の戦力だった鋼鉄薊や国宝の少女像三体さえも失ってしまった。そしてそのショックで意識を失い、丸三日半も眠り続け今に至るというわけだ。
その話を聞いたとき、私は本気で命を絶とうかと思った。敵の暗示に踊らされたとはいえ、軍を壊滅させ国宝をも残骸に変えた私に生きる権利などありはしない。そう考えたからだ。
だがその思いは、長年連れ添ってきた議会の面々―もとい、私の後輩達や我が主にして真なる愛人であらせられる恋双様によって阻まれた。『我々のリーダーは貴方以外に有り得ない。だから死んで貰っては困る』―彼らは皆、口を揃えてそう言った。長年連れ添ってきた臣下達にそう言われたならば、最早死ぬわけにはいかない。
それどころか、同じくショックで気を失っておられたという恋双様など『互いに永久の愛を誓い合った仲。お前が死ぬなら私も死ぬまで』などと仰有るのだから、尚更死んではならぬと思い知った。
かくして眠りから覚めた私は、最も付き合いの長い男・小門勘次を部屋に招き入れ、かねてより準備を進めていた"計画"について話を聞いていた。
小門の話によれば"薬物"の製造は順調に進んでおり、"機材"についても細かいメンテナンスが済めばどうにかなるそうだ。遅くても一週間あれば計画実行に移れるという。
それを聞いて、私は心の底から安堵した。あの計画さえ成功させてしまえばあとはこちらのものだ。
待っていろよ、辻原。忌々しい害虫め、お前に紳士の殺虫剤をくれてやる……。
―回想―
数多くの土地を所有する高名な資産家の家に生まれた私の能力は総じて―自ら言うのも気が引けるが―確かに"天才"の域にあった。
最初はそんなことなどないと疑って掛かっていたし、今でも『自分は完全無欠である』とは思わない。
ただ、平均より秀でている事は確かであった。これは根拠のない自惚れなどではなく、生後十年の経験とそれに関する熟考の末に出した私なりの『答え』である。
現に天才なのだと気付いた私は今の今までそれを維持しようと鍛錬を続けている。私の才もまた絶対ではないと理解している私は、自称するまでもなく正気なのだろう。
さて、そんな天才の私も所詮は一人の人間。異性に興味を持ちもする。
五歳の頃、私はある少女の事がやたらと気になって仕方がなくなっていた。
国内有数の技術力を誇る建設会社の一人娘であるというその少女は、名を野神キオンと言った。
元々家系そのものが密接な関わりにあった関係上キオンと会うことの多かった私は、日増しに彼女へ惹かれていった。それが初恋というものなのだと理解したのは、確か八歳の冬だったか。
そしてその後、躊躇いからその想いを言い出せないまま(但しキオンとは良好な関係を維持しつつ)三年が過ぎたある時、私の中で何かが変わり始めた。
それは、異常なまでの喪失感と飢餓感であった。本来満ち足りたものであった筈のキオンとの日々が、何故か突然、途轍もなく不毛で、物足りないものに思えてきてしまったのだ。それと同時に、もっと別の何かへの渇望が強くなっていった。
当然、それを表に出すようなヘマはしなかった。だが、喪失感と飢餓感は日増しに強くなっていく。必死に根性で押さえつけようとしたが、それにもやがて限界が訪れた。
そのようにして苦難の日々を過ごしていたある日のこと。校内を歩いていた私の視界へ―恐らく一年か二年と思しき―数人の女子児童が写り込んだ。
そしてその瞬間―たった一瞬だが―猛烈な喪失感と飢餓感が、少しばかり失せたような気がした。
何故なのかは解らないが、嘗てキオンと共にいて感じたような気持ちが私の中に注ぎ込まれ、そして溢れ出た。
最初は只の偶然だと思っていたが、すぐにそれが必然なのだと気付かされた。
確かにキオンは素晴らしい人間だ。その想いは今でも変わらない――だが、彼女に女性としての魅力を感じることができなくなっていたのだ。
当然それを彼女に伝えるようなことはしなかった。だが、精神を安定させるために欲求を満たさねばならないのもまた事実だ。幼くして通信販売の技術を習得していた私は、欲求を満たすべくインターネットで様々なものを購入していった――が、それがいけなかった。
幼い女性しか愛せない私の感性は、一般的に『ロリータ・コンプレックス』等と呼ばれるものらしく、社会的には不浄なものとされていたのだ。幼い頃こそ問題視はされなかったが、13歳を過ぎた辺りで私は早くも異常者の烙印を押されてしまう。世間体を気にする者達は私を蛇蝎のように忌み嫌い、罵り糾弾し始めた――嘗てあれほど私を褒め称えた誰もが、掌を返したように。
両親と祖父母だけは私の味方でいてくれた。周囲から何を言われようと『持って産まれた性を無理矢理否定することはお前自身を殺すこと』として、私を否定しなかった。
だが親戚達はそうともいかず、愛想を尽かし次々と縁を切られてしまった。野神家との関係も瓦解し、キオンは私の本性を知ったショックで自殺してしまう。どこか残念な気もしたが、所詮その程度の人間なのだと割り切ることにした。仮にあのまま関係を続けたとしても、私が彼女を女性として愛することは不可能だったのだ。死んだ方が彼女の為とも言えるだろう。
かくしてロリータ・コンプレックスを受け入れた私は更なる欲求を満たすべく、同志達を仲間に引き入れた。小門、上地、九部、五智、今野――彼らは皆、産まれながらにロリータ・コンプレックスを抱えながら、それに悩まされていた者達だ。
樋野家の伝統に倣い庶民的な中学・高校時代を過ごすこととなった私は彼らを哀れに思い、自愛の元に本能を解放せよと教えた。その教えを守った彼ら五名は、いずれも本来あるべき姿を取り戻すに至り、敬うべき恩人として私を慕ってくれた。
そして高まる事を知らない少女への執着は、頂へ至ろうとしていた。
空想の幼女愛に飽きた私達は、更なる探求の為、遂に自分自身の身を以て少女達と接したいと考えるようになっていた。
最初はそれを法に反する悪だと躊躇う者も居たが、最早ここまで極めた『本能』の否定など今更不可能であるし、何よりそれは『自愛による本能の解放』という我々の信条に反する行いだ。知性の根源たる本能という概念の前ではヒトの法など意味を成さない事を、私は十五歳にして覚っていた。
両親や祖父母の急死に伴い私に継承されたありとあらゆる"力"を以てすれば、手頃な少女達を手元に集めるなど容易いことである。権威と金をちらつかせれば、衆愚は我が子を喜んで差し出し、売り飛ばされた娘達も贅を尽くした優遇措置で丁重に持て成すだけで疑いというものを捨て去ってくれる。
疑いを消し去ってしまえばあとはこちらのものだ。体位も道具も自由自在、媚薬を与えてしまえば受け身のプレイも難なく上手く行く。現実では考えられないような状況でさえ、私に継承された"力"の一端を以てすればどうということはないのだ。
しっかり楽しんだ後は、薬で記憶を操作するなどのアフターケアをして何もなかったかのように見せかけ親元に返してしまえばいい。習い事や宿泊研修に行かせているという名目なので、親達は上玉の少女ばかりか多額の金も貢いでくれる。万が一少女が死んだとしても、事故死に見せかけるか、戸籍や親の記憶を操作し『居なかったこと』にしてしまえばいい。
仮に私達の正体を知ってしまったり、或いは私の意にそぐわない者が居たのなら、徹底して破滅させ抹殺すると決めている。それが例え至高の少女であろうとも、私達の行く手を阻むなら容赦なく殺すだろう。そうでもなければ、この大義を成し遂げるには至らない。
かくして私は、真に順風満帆と言える生活を手にするに至ったのである。だがある時、そんな毎日が徐々に崩れ始めた。
故事成語に『千丈の堤も蟻の一穴』というものがある。強固な堤防も、蟻が穿った小さな穴を起点に崩れてしまうこともある――転じて『どんなに完璧なものでも、小さな要因によって大破しかねない』という意味である。
幼い頃その言葉に感銘を受けた私は"堤防"を作るにあたってその崩壊を恐れ、穴を空ける蟻の駆除を徹底して行ってきた。見付け次第殺虫剤を噴霧し、堤防の周囲には山盛りの忌避剤を撒き、時には獰猛な食蟻獣を雇い入れもした―――が、甘かった。
穴を穿たんとする蟻の中には、どんな殺虫剤にも耐え、忌避剤の山をも乗り越え、食蟻獣を逆に喰い殺すような、そんな馬鹿げた突然変異さえ産まれてしまうのだ。
否、今となっては『そもそもあれは蟻だったのだろうか』とさえ思う。もしかしたら蜂だったのかもしれないし、そうでないなら蠍だったのかもしれない。
ただ一つ解っていることは、それが途轍もなく恐ろしく、そして忌まわしい存在だったという事だろう。
汚らしく不愉快で得体の知れない―まさに"害虫"と呼ぶに相応しいそれの名は、辻原繁。何の変哲もない只の庶民だと思っていたその男によって、私はこの世の地獄を味わうこととなる。
次回、樋野ダリアは如何にして異界へ至ったのか!?