第二百十七話 ゼイアーザフロムアナザーワールド:完結編
よ、ようやく終わった……
―前回より―
突如大地から湧き出た緑色の英数字からなる流体は、変形菌のような動きで徐々にヒトのような形へと姿を変えていく。一分もかからない変形の果てに出来上がったのは、野性的な身なりをした角のある大女であった。
モデル体型と安産型の中間と言える豊満な体型に反して、顔つきは三白眼に犬歯だらけの口という明かな悪人面。かなり傷んだ黒髪や瞼の蒙古襞等から見て、人種はモンゴロイドと見て間違いないだろう。尖耳種のように尖った両耳は、側頭部から生えた一対の角も相俟って彼女をより一層邪悪に見せている。
武器であろう長刀は、一見単に途轍もなく―思わず製造元を突き止めたくなるほどに―巨大な刀に見えるが、峰には所々ささくれ立ったような棘が生えており、攻撃的云々以前に最早鞘に収めることなど想定していない事は明白と言えた。
然し何より特徴的なのはその右腕であり、他の部位があくまでホモ・サピエンス然としているのに対し、右腕だけは得体の知れない異形めいたものに変異していた。
「ぬゥん……ふン、ハぁー……」
どうにか肉体の形成に成功したコピーは、続いて骨や内臓などの動作確認に入っていく。
スイッチの魔力が選び出した『対抗しうる存在』を原型に形作られたその巨体は、三機の巨大国宝より小ぶりであるにもかかわらず、あらゆる方面でそれらを確実に上回っているかのようであった。
―同時刻・異空間―
「赤い魔術師よ、これはどういう事だ?」
退魔武者・橘浪華は、カップ麺の蕎麦を啜りながら淡々と問いかける。
「と、言うと?」
「何故あの馬鹿でかい鬼が戦場に出ているのかと聞いておるのだ。お主が我らの次元より呼び出したのは私の他に、蛇の魔女、黒服眼鏡、白黒悪魔に卵食いの白い娘、色魔の黒兎とその飼い主、魔女レダが作ったという傀儡の八人ではないのか?」
「いや、私がそっちから呼んだのは確かに貴女達八人だけだよ。あれは窟弩丸本人じゃない、スイッチに内蔵されてた魔力が窟弩丸を真似て勝手に作ったコピーって奴」
「す、すいっち?こぴい?……何のことかさっぱりわからんが、要するにお主がやった事ではないのだな?」
「そう、敵軍が出してきたあのでかくてダサい何かを潰すのにあれを真似るのが丁度良いって判断したんだろうね。っていうか、あの女は何か話通じなさそうだし……」
「まぁ、人間など餌程度にしか見とらんからな……」
戦場へ放たれたコピーの原型となった"馬鹿でかい鬼"こと窟弩丸は、中世極東は温帯域の山地を塒に活動する恐るべき食人鬼である。約20mにも及ぶその巨体は先天的なものではなく、元々は一般的に"等身大"と呼ばれるサイズ(推定180cm程度?)であったものが、長い年月を経て巨大になったのだとされる。
先に述べたとおりの恐ろしげな容姿をした彼女は女性ながらその種族と見て呉れに違わぬ豪傑であり、隠れ家である山地周辺の集落を常習的に襲っては大勢の人々を喰い殺すのだという。
この他にも特筆すべき点はまだまだあるのだが、それについては本日更新予定の解説に回させて頂こうかと思う。
―同時刻・外部―
「ゲァハハハハハハハァッ!どうしたァ、その程度かッ!?」
窟弩丸(を、原型に作られたコピー)の暴れぶりは、まさしく鬼の血を引く者に相応しいものであった。手にした刺々しい長刀を振るい、内蔵魔力による空中浮遊で素早く動き回る巨大国宝達を圧倒していく。
鉄骨と魔力の籠もった強化プラスチックから為る巨大国宝は外見以上の硬度を誇り窟弩丸(を、原型に作られたコピー)の長刀による斬撃をも受け付けなかったが、衝撃や加圧には比較的弱いのか、峰打ちや関節技などでどんどんボロボロになっていった。
「弱ェ……弱ェなァ、おい!この程度で鬼を殺ろうってか!?甘ェんだよ、ゴミがッ!」
窟弩丸(を、原型に作られたコピー)の怪力によって引き抜かれた巨大国宝の頭が、平原の大地にクレーターを作らんばかりの勢いで転がった。
―同時刻・真宝軍司令部―
「ぁあああああア゛ア゛ア゛ああっ!っがあああァ゛ァ゛ァ゛ッ!クソッ!クソクソクソッ!」
凄まじい剣幕で怒り狂ったダリアの八つ当たりは、激しいという次元を通り越して恐怖さえ感じるものであった。
壁紙を引き剥がし、机をひっくり返し、床に椅子を叩き付け、給湯器を壁に投げつけ大穴を開ける。
そんな酷い暴れっぷりの所為で、くまなくダリアの趣味によって彩られていたはずの軍部司令室はものの一分にして見る影もなく荒れ果ててしまった。
「お、おちついてくださいませだりあさま!」
「止めるな司令官ッ!あの角豚は我が国の国宝を汚したんだぞ!?そのショックにより恋双様も卒倒なされた今、これに怒り狂わずして何が愛国者か!何が政治家かッ!」
「おきもちはいたいほどわかります!しかしながらだりあさま、ここでやつあたりしてもなにもかわりますまい!ぎかいのみなさまはあなたがてきのじゅっちゅうにはまりくるわされたのだときめつけてしまいました!」
「……!?」
その言葉を聞いたダリアは、驚愕の余り絶句する。よもや付き合いの長い議会の面々からもそう思われていたとは、流石に予想外だったのである。
「このままではあなたさまのしんようがうしなわれるばかりか、ぎかいのぶんれつやこっかのほうかいにもつながりかねません!ですからどうか、おちついてください!」
「――……それも、そうか」
司令官の諭しをすんなり受け入れたダリアは回転椅子に力無く座り込み、脱力気味に言葉を紡ぐ。
「すまなかったな、司令官。お前の言う通り、今は荒れるべき場所ではなかった……」
「きもちがとどいたようでなによりでございます」
「ああ、有り難う。お前のお陰で眼が覚めたよ……ここはもっと、冷静に行くべきだった」
そう言ってダリアが懐から小さなリモコンのような物体を取り出した時、司令官は着ぐるみの中で青ざめ凍り付いた。
「んなっ……だ、だりあさま……それはまさか……」
「最早これを使うほか無いだろうよ……」
「お、おやめくださいだりあさま!それはまさしくわがくにをまもるさいごのとりで!うしなえばただではすみませぬぞ!?」
「構うものか。破壊される前に殺しきればいいだけのことだ。あの裸ゴリラの腕がこれらに届くものか。飛び掛かってきても避けてしまえばいい」
「し、しかs――むげらっ!?」
必死で止めようとする司令官を殴り飛ばして気絶させたダリアは、リモコン中央に設けられた白いスイッチを力強く押し込んだ。
―同時刻・外部―
「何だよ……まだ殺れるんじゃねえか……」
破壊し尽くした筈の巨大国宝が謎の光によって徐々に再生されていく様は、窟弩丸(を、原型に作られたコピー)を驚かせ、奮い立たせるに十分であった。
「そりゃあそうだよなァ……こんなデケー癖にそんな直ぐくたばるなんざ、そりゃ笑い話にもならねぇわなぁ……ッ」
窟弩丸(を、原型に作られたコピー)は、恍惚の表情を浮かべながら長刀を振り上げ身構える――が、しかし。
「精々楽しませてくれよ、鬼の餌ァ安かねぇん―――だッ!?」
尖った右耳をまるで虫食いのように削り取る、一発の光弾。背後から放たれたそれは、窟弩丸(を、原型に作られたコピー)の視界から音もなく消え失せたが、しかし彼女の聴覚はそれの放たれた方角をすぐさま読み取り振り返った。
「……アレか。ったく、クソ忌々しい真似しやがって……」
腕力同様我々ヒトより遙かに優れた鬼の五感は、空高くに浮かぶ"点"の正体さえも的確に視認した。
真宝軍が国防のため、態々ラビーレマから技術データをくすねてまで製造・導入・実装したその兵器は、名を『アイアン・シースル』と言う。『鋼鉄の薊』を意味するその名は、ダリアに仕える侍従の一人が、紫色で棘だらけなデザインを見て考案したものである。
詳しい解説は尺の都合上省くが、見た名状に高性能なこの兵器は物体修復光線・障壁・プラズマ兵器等を備えた『国防の要』であった。
「……眼にゃあ見えるが手は届かねぇ……跳びゃあギリギリ届きそうなもんだが、捕まるかどうかは運次第……めんどくせぇ……」
一気に戦意を殺がれた窟弩丸(を、原型に作られたコピー)は『仕方ねぇ』と呟くと、左手に持った長刀を地面に突き刺し、事も有ろうに手放してし背を向けてしまった。
「あの寸胴共は素手で何とかなっからよ、そっちのトゲマメ頼んだぞ」
その声に応じるように、地面に突き刺さった長刀が徐々に溶け始める。長剣から緑色の英数字から成る流体へと姿を変えた魔力の塊は、空へ昇りながら空中戦に対応した新たなるコピーを作り出す。
細長い身体をくねらせるようにして完成したのは、オパールのような輝きを放つ緑色の鱗を持った長大な龍であった。
この龍の正体とは即ち、シーズン4にて登場したアクサノの都市セルヴァグルが市長たる竜属種・ムチャリンダ(の、別次元に於ける同一存在)である。
別次元のムチャリンダは、ヒトと同等の知性を持ち言葉を話す獣達の暮らす島・小蓬莱島を管理・統制する蛇神―即ち、歴とした神格の王であったりする。
現在映美平原に姿を現しているのは彼の性質を模倣して作られたコピーであり、その実力は本家の足下にも及ばず全体的なサイズも三分の一程である。
とはいえそれでも強大な力の持ち主であることに代わりはなく、空中に浮遊する鋼鉄薊の放つ光弾を華麗に回避しながら、神通力(を、模倣した魔術のようなもの)による雷撃でそれらを次々と殲滅していく。
鋼鉄薊という修復の手立てを失った三つの巨大国法らは窟弩丸(を、原型に作られたコピー)により悉く破壊され、その光景を目の当たりにしたダリアはショックにより司令室で卒倒。役割を終えたコピー達は溶解し緑色の英数字から成る流体へと戻り霧散・消失。
かくして21話にも及んだ映美平原の戦い―もとい、ゲスト召喚編は終幕となった。
異次元より召喚された猛者達がその後どうなったのかは、本日公開予定の活動報告にて詳しく書かせて頂く。
次回、軍備の殆どを失った真宝へツジラジが攻め込む!