第二百九話 ゼイアーザフロムアナザーワールド:飛姫種編-起
―前置き―
古来、その存在が仮定された『神』という概念は、世界各地で様々な解釈と改変を受け、凡そヒトの空想によって成り立つ『力ある存在』としての形質を粗方獲得し尽くしたと言ってよい。
ある地では『ヒトは神に似せて作られたものだ』という考えからヒトと同様の姿で描かれ、またある地では『自然に起因するものである』との理論から動植物或いはその形質を一部に持った姿で描かれる(近年では更に拗れた結果ヒトの常識を逸した姿で描かれることもある)。中には『大いなる神が我らヒトに視認可能な姿を持つはずがない』という意識から姿無き知性或いは宇宙そのものと考えられるという例外もある。
しかしその全てが共通して何らかの『信仰』或いは『畏怖』の対象であり、信仰を持つ者(即ち『信徒』)によって『宗教』というものが形成される点は同じである。
宗教の多くは、世界へ無数に多数存在する概念・存在の内、単一もしくは少数を司る『神』が複数で世界の根源を成すとした『多神教』だが、中には単一の神が全てを司り全宇宙を支配していると考える『一神教』という例外も存在する(一応ヒト以上神以下の力と権限を持つ存在として『御遣い』や『聖人』という存在が認められている場合もあるが、その場合でも彼らに向けられるのは『敬愛』であり『信仰』とは定義されない。但し『聖人』の中には例外的に神そのものと定義される人物もいる)。
一神教の神は決まった姿を持たず、故に一神教は偶像崇拝を禁じる傾向にある。徹底したものには宗教画さえ禁じる場合さえあるが、この辺りまで語り出すと只でさえ長い話が余計長くなるので割愛させて頂く。
このような点をまとめると、要するに『神』という存在はヒトにとっての『逆らえざる絶対のモノ』全般であるとも定義できる(かなり乱暴だが)。
そしてこのように浸透した『神』という概念について考える内、ある者はこう思うだろう。
『神の力を扱う異能とは、如何なるものなのか?』
―解説―
陸方蓮。一見普遍的な現代型モンゴロイドでしかない彼がその身に宿す異能は、まさに『神力の異能とは如何なるものか?』という疑問への回答に相応しいものの一つといえる。
その異能とは『心理状態を神の姿として具現化する』という極めてアバウトで謎めいたもの。事前調査でデータとしてそれを目にした香織は、好奇心故に彼を戦場へ放ち真宝軍と戦わせてその謎を探ろうと召喚交渉を開始。結果として、彼とその相方を呼び寄せるに至る。
そんな彼の相方である剛磨は、僧兵のような中年の巨漢である。法衣に包まれたその巨体は極めて屈強であり、穏やかで落ち着きのある表情を含めてもヒトならざる雰囲気を漂わせている。
直接出会った事で彼らへの好奇心が更に高まった香織は、より詳しい情報を得ようと独自のルートで調査を進めた―――が、結果として得られた情報は絶望的なまでに少なかった。
調査で得られた情報は、以下の通りである。
・陸方蓮は元々無鉄砲で明るい性格の単なる民間人であり、その異能は後天的なものである。
・彼と同系統の異能を持つ者は複数存在し、何れも未成年者である。
・剛磨の正体はホモ・サピエンスに擬態したある種の神格である。その本性は爬虫類めいたものであるとされ、亀や肉食恐竜のような姿にに化けることもできる。
その実力は確かであり、先程機動兵器の群れを叩き潰した"質量"の正体もまた、大木のような大蛇に化けた剛磨であった。
―前回より―
尚も真宝軍との激闘が続く中、例外的に兵士や機動兵器の現れないエリアをホバークラフトのように進む物体があった。それは4m程の蟹を思わせる角張った紡錘型の胴体に、蟷螂のような短めの前脚とゲンゴロウとワタリガニの中間が如し長めの後ろ脚をそれぞれ二本持つ、全身青い外骨格に覆われた四ツ脚の甲殻類めいた得体の知れない飛行生物であった。
その背に三人の人影―小柄な少年、女学生と思しき身なりの少女、法衣姿の巨漢―を乗せた生物は、軽乗用車程度の速度で進んでいる。
「いやはや、何とも驚きだわい。お前さんのようなのがあんな力を軽々扱うとはなぁ。この剛磨、浮世に立ってざっと三千年にはなるが、お前さんのような手合いと会ったのはこれが初めてだ」
「それは買い被りやよ、剛磨殿。わっちはあくまで一介の軍人に過ぎません」
謙遜がちにそう返すのは、将校服とブレザーを掛け合わせたような身なりの少女・如月巴。
その服装から解るように、彼女は軍人と学生という二つの身分を持つ。だが、その肩書きは何れも16歳という年齢にそぐわぬものであり、箇条書きでまとめると以下のようになる。
・近衛国家元帥(近衛予備役准将)
・海軍上級大将
・空軍大将
・学徒総帥管理官
・帝國學院白蓮会司令兼学院議会議長
・日本國近衛府都督兼技術研究所所長
・第二一七代大御巫
……恐らく読者諸君の殆どが何が何なのか理解出来ていないかと思うが、どうか安心して欲しい。作者でさえこういった階級が何なのか半分程度しか理解出来ていないからである(どころか、一部にはどう読み仮名を振るべきかさえ理解出来ないものさえある)。
こういった肩書きだけを見ていると、どうにも彼女という存在は威圧的で近寄りがたく思えてしまうかもしれないが、それは違う。
確かに彼女は最も偉大な高等魔法使用者とされる『九頭龍師』なる精力の番外に位置し、術式さえ組めば何でも出来てしまうというが為に『固有の技』を持たないのだという(よって、先程兵士達を消し去ったレーザーのようなもの―厳密には『魔導素子』なるものを収束しての攻撃だとか―さえもオマケ程度のものらしい)。更にかの有名な『金毛九尾の狐』を式神として使役する(有能かつ冷静だが若干怠惰な性格らしい)。その上軍人だからか銃器や刀剣の腕も立つようで、愛用する刀は『兗州虎鉄』なる銘刀とのこと。亡き両親の莫大な遺産を相続している事から経済力も高く、こうして設定だけ見ていると『お前のような16歳が居るか』とでも突っ込みたくなってくる事請け合いである。
ただそんな彼女も基本的には年相応に温厚――というより、面倒事を嫌う事なかれ主義者であり、能動的に他者へ争いを吹っ掛けるような真似は決してしない。ならば何故今回の依頼も面倒の一言で断りそうなものであるが――その真相は本日活動報告にて投稿予定の『召喚ゲスト解説・第八回』にて明かさせて頂くこととする。
因みに彼女のどこか独特な喋りは名古屋弁であり、今回は読みやすくするためにふりがな付きで表記させて頂いている。
「謙遜しなくたっていーじゃんか、巴ねーちゃんは凄いよ。あんな凄いビーム、俺じゃそう撃てないし。他にも色々できるんだろ?」
「ビームじゃなくて魔導素子の収束攻撃なんやけど……まぁええわ。でもそれ言ったら陸方君こそ、神格呼ぶとかてもねえじゃないか」
「んー、そうなのかなぁ?あんま考えたことないや。神ったって俺の気持ちとかが形になって出てくるだけだし、基本こいつみたいに変なのしか出ないし」
そう言って、蓮は自分達を背に乗せて運ぶ奇妙な生物を指し示した。
「だいたい剛磨のが俺より断然強いからさ、何か自分が特別なんだって気がしないんだよなぁ。俺だけの力ってわけでも――ん?」
ふと胸ポケットから小刻みな振動を察知した蓮は、中に入っていたもの―香織から手渡された地味な色合いの携帯電話を取り出し通話に応じる。
「こちら陸方、そっちは――あぁ、あんたか。――うん、うん、うん……は?え、何?そっちで何が――解った、解ったって。すぐそっち行くから、うん」
通話を切った蓮の表情が曇る。
「どうした、蓮?」
「北にいる季周から連絡、現場に変な奴らが現れて手も足も出ないって……」
「変な奴ら?」
「何か空飛んでて、武器とかどんどん出してくる奴らだって」
「空を……手練れの羽毛種か、外殻種といったところか」
「竜属種かもしれェへんな。翼がないなら魔法で浮いておるか、エンジンでも背負っておるのやろう」
「それだけならまだしも、奴らはでっかい剣とか銃なんかを何もない筈の所から出してくるらしい。やばいって事は確かだけど、何でそんな事が……」
「何はともあれ早く援護に向かわねばなるまいて……」
「もし負けたらあの女との契約が……急げ陸方君ッ!」
「急かすなよ巴姉ちゃん。大丈夫だって、本部に連絡入れたから」
蓮が指差す先にあったのは、クルトアイズによって開かれた"門"であった。
次回、遂に平仮名以外を喋る真宝兵が登場!




