第二百二話 ゼイアーザフロムアナザーワールド:暴虐編-1
思わぬ強敵出現!
―前回より―
桁外れの身体能力と性欲を誇るロップは、確かに歩兵達への対抗手段として抜群の効果があった。しかしそれはただ単に『捕まれば犯され殺される』という恐怖心で志気を下げ戦力を衰退させているに過ぎず、効率的でない為結果としては単なる攪乱にしかなっていなかった。
だがしかし、だからといってロップが役立たずかというと断じてそういう訳ではない。
彼女の引き起こした混乱は、多くの猛者達が太刀打ち出来ない"ある障壁"を取り除くことに一役買っていたからである。
―ある部隊の臨時作戦基地―
「ふぅははははははははぁっ!ぎゃくぞくどもめ、いくらころしがうまかろうとも、このふじんにはかなうまい!」
赤い着ぐるみの部隊長は傲慢に、確定されたわけでもない自軍の圧勝がさも前であるかのような態度でそう言った。
「そりゃあそうでしょうとも。やつらめはしょせんたいじんせんとっか、とびどうぐといえばけんじゅうやまじゅつぐらいがせきのやまっ」
「となれば、ぐんたいしきのたいまじゅつしょうへきとけはいしゃだんのまじゅつをてんかいしたしゃりょうでえんきょりからせめちまえば、なんということはなくぜんめつってわけだぁ」
黄色着ぐるみの副官と水色着ぐるみの補佐官が、部隊長の言葉に続く。これらの発言からも解る通り、彼らは戦車や装甲車、トラックなどといった車両部隊の構成員である。人数自体は歩兵よりも少ないが、その総合的な火力・防御力・機動力は歩兵達を遙かに上回る。
更に言えば二人目の兵士が言うように、全ての車両には魔術部隊の手で持続型の対魔術・気配遮断型の魔術障壁が張り巡らされており、魔力の絡んだ攻撃はほぼ無力である上に、並大抵の探知機や多くの動物が持つ感覚器官ではその気配を察知することさえ不可能に等しいのである。
そんなほぼ不可視に等しい敵からの砲撃は、異界より呼び寄せられた猛者達を苦戦させるに充分過ぎる程であり、射撃の精密さで苦境に拍車がかかってさえいた。
「ぬぅふはははははっ!あわれなものよ、ほへいだけがぜんばおぐんのちからだとおもったか!」
「くくくくくっ!あまいな、あまあまだなぁ!じょうはくとうでねりあげたれんにゅうよりさらにあまあまだなぁっ!」
「たいちょう、これはもうしょうりかくていです!ここいらでかんぱいしましょう!」
そう言って副官の一人が取り出したのは、可愛らしいデザインのコップ三つと、これまた可愛らしいデザインの紙パックであった。世に言う「苺牛乳」という奴である。
「おぉ、それはせいふこうにんのちょうこうきゅういちごみるくではないか。しかもさいしんばーじょん。いったいどこでてにいれた?」
「いやはや、しょじじょうあってでどころはあかせませんがね、しかしひんしつはたしかですよ。ささ、どうぞどうぞ」
「おお、すまんな」
「ほれにった、おまえものめ」
「おう」
黄色着ぐるみの副官は人数分のコップに苺牛乳を注ぎ終えると、コップを掲げて乾杯しようとした――が、そこで基地に備わった通信機の着信音が鳴り響く。ひとまず最初の一杯を飲み干した副官は、通信機の受話器を取った。
『こちらせんしゃたい5ごうしゃのひがしや!しゃりょうたいほんぶ、おうとうねがいますっ!』
「どうした、いったいなにごとだ?」
『ひじょうじたいです!みうごきがとれません!』
「なに、ひじょうじたいだと?えんすとか?えらーか?じゃむか?くうちょうにふぐあいでもしょうじたか?なんにせよまにゅあるどおりすばやくしあげろと――
『ちがいますよっ!おことばですがしもまつふくたいちょうほさ、そのていどのとらぶるでわれわれがつうしんをいれるとおおもいですかっ!?』
「ん、それもそうだが、ならなにごとだというのだ?いったいなにがおこった?」
『てきしゅうです!かんぺきであったはずのぎたいがなにものかにみやぶられ、つぎつぎとやられておるのです!』
「なに、てきしゅうだと!?ばかをいえ、われらぜんばおぐんのじつりょくはやむたずいいち!ましてまじゅつぶたいのせいえいが、ぎゃくぞくごときにさっちされるようなぎたいしょうへきをつくるものかっ!」
『しかしながらふくたいちょうほさ、われわれがてきしゅうをうけているのはまぎれもないじじつです!』
「……ひがいは?」
『せんしゃよんわりと、とらっくななわりです。ぜんめつはじかんのもんだっうぁぁあああああ――』
通信機越しに兵士・東谷の悲鳴が響き渡り、やがて通信は途切れた。
「ん、どうした!?おい、ひがしやごちょう!おうとうしろ、ごちょうっ!」
―同時刻―
「ぅー……あぁ~……」
魔術障壁で巧妙に擬態した筈の車両の前へ突如現れた"彼女"を一言で言い表すならば、『気味の悪い巨人』といった所だろうか。所々ボロボロになった男物の衣類を着た彼女の身の丈はゆうに3mを超える。長い黒髪と女性的なボディラインさえ隠してしまえば、そのまま男性としても通用しそうでさえある。人種の特定出来ない顔面は大きな秋刀魚傷で斜めに区切られており、左側の約3から4割の皮膚の色が残りと明らかに違う。
常に見開かれた瞳は赤く、全体的に無機質でどこか機械的な雰囲気―というか、生気がまるで感じられない。両目に入った十字と渦巻きの模様は、その巨体をより一層無生物的に見せていた。
極めつけは何と言っても側頭部や頭頂部へ突き刺さった大小様々なネジであろう。頭頂部に三本刺さったトラス小ネジは差詰め新手の髪飾りのようだったが、側頭部の若干上側を貫通しナットで固定された極太のボルトは、髪飾りというよりある種の電極のようでもあった。
呻き声を上げながら黙々と戦車やトラックを破壊していく彼女の名はレダの亜人。その名の通り生命蘇生に傾倒したレダなる魔術師によって"製造"された存在であり、その巨体は数多の死体を繋ぎ合わせてできている。
巨体故にその動作は極めて鈍重だが、反面生体感知能力に優れており、その性能は魔術障壁をもすり抜けるほどに鋭敏である。また、製造者レダの意向により戦闘に関係しないあらゆる部分が限界レベルまで排除されているため、まともな言語能力や自我を持たず知能も低い。香織は彼女と感覚を共有することで車両部隊の擬態を見破りつつ、鈍足を補うため転移の魔術で目標へピンポイントで移動させ『目の前にある物体を破壊しろ』という至極簡単な指示を送る事で車両部隊の駆逐に向かわせていたのである。
「なぁっ、なんだこいつはぁっ!」
「うすきみわるいやつめ、さっさとうせろっ―って、なんだぁ!?」
「ぁあ~ぅー……ぅるぁあああぁぁぁぁああああいッ!」
「おい、なに、を――っぎゃああああああああああああ!」
巨体故に凄まじい怪力を誇るレダズ・ヒューマノイドは、香織に案内されるがまま次々と車両を破壊していく。多くの兵士達はその段階で事故死したが、中には奇跡的に逃げ延びた者も居るらしい。
しかしだからといって、生存が必ずしもポジティブな結果を招くとは限らない。
「ひっ、ひっ、ひぃっ、なんなんだよあいつはっ!」
「ちくしょう、こんなのきいてねぇぞくそったれっ!」
ひっくり返された戦車から何とか這い出た二人の兵士がその場から離れたい一心で、それぞれ正反対の芳香へと必死で走っていた。武器を捨て、手荷物を捨て、着ぐるみさえも脱ぎ捨てて必死で走っていた二人だったが、ふとした瞬間に脚がよろめき転んでしまう。
それでも尚生きることを諦めない二人は、それぞれの思いを胸に立ち上がろうと顔を上げる
そして、出会ってしまった――今の彼らにとって最大にして最悪の"絶望"に。
「……なんだ、着ぐるみの中はそうなってるのか。遊園地でガキが見たら卒倒だなぁ…」
「どうせ中身は下劣で汚らしいものと予想してはいましたが、まさかこれほどとは……」
片や、正中線を境に白黒で分断された悪魔か道化師のような身なりの少女――ウルスラ・アストル。
片や、澄まし顔で典型的な聖職者風の身なりをしたコーカソイドの少女――リコリコ・ラードーン。
対称的な存在であるが故にお互いを激しく嫌悪・憎悪し合う間柄でありながら、ある意味でその本質は極めて似通ってもいる二人は、必死の形相で硬直したまま動かない兵士を見て、ただ静かに―そして邪悪に―その口元を歪ませた。
次回、ウルスラとリコリコが大活躍!