第十九話 君が死を断念するまで説得をやめない
繁が去った後、礼拝堂に取り残されたあの男は……
―前回より―
最早死体と炭の散乱する廃屋同然となった礼拝堂の中にあって、ただ一人生き延びた者が居た。今となっては壊滅したツジラ討伐隊の隊長・オップス大佐である。繁との戦いで深手を負い、更にエスティに突き飛ばされ重体に陥った彼は、生きることを諦め、このまま静かに死を待つ事を心に決めていた。
「(どうせ生きて帰ったところで、私は軍法会議にかけられた挙げ句投獄されて飼い殺しか、最悪死刑だ。
鬼頭種の誇りに賭けて、生きる喜びを享受できない生涯を送るなんてご免だ……それこそ、死んだ方がましというものさ)」
大佐の決意は固かった。それならば今すぐにでも舌を噛み切ればいいと、思う読者も居るだろう。しかしながら彼は、『どうせ死ぬのなら、せめて生きた目でもう少し、この景色を眺めていたい』という思いから、自殺を拒んでいた。その奇妙な心境は、徐々に命が果て往くその時間さえも、生きる喜びとして享受しようという、彼の先祖より代々続く哲学の結果であった。
そうして死を待つ彼だったがしかし、ふとその耳へ幽かに羽音のようなものを感じ取る。
「(これは……まさか……いや、そんな筈は……)」
オップス大佐が思考を巡らせる中、羽音はどんどん大きくなっていく。
そしてそれが突然止んだかと思うと、ガラスの砕けるような音が、礼拝堂の中に響き渡る。その後何者かが大佐の近くに降り立ち、そのまま歩み寄ってくる。
妙にゆっくりとした歩みに
一体何者なのか、傷の所為で瞼を開くことの出来ない大佐は傷付いた身体で身構える。
しかし、
「おいおい大佐、身構えるのはよしてくれないか」
その声を聞いて、オップス大佐は驚愕した。
「ど、ドライシス上級大将!?何故貴方がここに!?」
「おや、連絡していなかったかな?忘れていたのだとしたらすまないね。
何、少し同類の気配を感じ取ったので来てみたんだが……どうやらもう、姿をくらましてしまったようだね」
「はい。尽力こそしたのですが、やはりヴァーミンの有資格者相手では力及ばず……結果部隊は私を残し全滅。唯一の生き残りである私も最早この有様故、国王陛下を御守りすることも出来ず終い……」
「そうだったのか…」
「恐らくこのまま生きて帰っても軍法会議にかけられ、良くて投獄、最悪の場合死刑を言い渡されるでしょう。そんな末路は鬼頭種の誇りに反しますので、いっそここで静かに死んでしまおうかと、そう思っていたところで御座います」
大佐の話を聞いたドライシス上級大将の心の奥底から、得も言われぬ悲しみがこみ上げてきた。彼女にとっては、例え歩兵の一人でも大切な軍の仲間であり、家族同然に愛すべき者なのだ。
それだというのに、あんな身勝手極まりない王族如きを守るために、それ程にまで尊い命が散らされたという事がそもそも、彼女にとって怒りに値する事柄だった。
泣きそうになりながら、ドライシス上級大将は言う。
「そんな悲しい事を言うものではないよ、大佐。鬼頭種が生きる喜びを何より尊ぶ種族だというのは知っているし、君は本官の大切な部下だ。だから君を投獄だなんて、本官は是が非でもしたくない。でも軍上層部には王家支持派が大勢居るだろうから、彼らの意見を考慮すると確かに、君に罰を与えねばならないのは明白だ」
「そうで御座いましょうな……ですから上級大将、どうか私の事など捨て置いては頂けませんか?私はここで死ぬさだめなのです……ですから、私は――「だがしかし、だからと言って君を見殺しにする事は出来ない。そもそもだよ大佐、こうは思えないかね?ツジラ・バグテイル一味が今回のような事件を起こしたのは、十中八九アイトラス家の悪政が原因だ。如何に無能であろうとも、国家首脳が襲撃・暗殺されるような事などあってはならないし、それが推奨されるべき行為だとも本官は思わない。しかしだからと言って、国家首脳陣はその立場に甘んじることなく、『もしかしたら不安を募らせた国民が反逆を起こすかも知れない』『明日にでも自分は暗殺されるかも知れない』という意識を念頭に置き、それが現実にならないよう、国民を正しく導き守り通す事こそ、国家首脳のすべき事ではないのか、とね」
「確かに……そうですが……しかしならば何故…彼らはエクスーシアでなく、この国を…?」
「理由は簡単だよ、大佐。国家首脳は常に国民を正しく導き守り通すべきなんだ。だがアイトラス家は違った。彼らは王族である自分達に陶酔し悪政を行ってきた。無論エクスーシア程ではないがしかし、国民が不安を募らせ怒り狂う原因となるには十分なものだ。ラジオにゲスト出演していたニコラ女医の本を読んだことがあるのだけど、彼女は医学だけでなく政治にも詳しいようでね。指摘は的確だったよ。ただ、彼女がジュルノブル城を襲撃する暗殺グループに肩入れするとは全くの予想外だったがね。大佐、本官は思うのだよ。ツジラ一味の言うとおり、最早王政とは古いのかも知れない――否、古いのだろう。これからはラビーレマやイスキュロンを倣い、国民が直接選んだ面々が新たなる政府として一丸となって国を治めねばならないのだ」
「政府が……一丸と…?」
「そうだ。今までの王政では、政府はあくまで王家の命令に従い、王家を補佐するだけの存在だった。当然政治的な発言力など持ち合わせていないわけだが、それは実に効率が悪い。ルタマルスは――否、ノモシアは変わらなければならないんだ、きっと。これまでのように、王家だから、貴族だからと、ある程度先天的な血統で評価される文化圏ではなく、真っ当に努力して確固たる実力を得た者だけが評価される文化圏へとね。それこそが、この国に足りないものだと、本官はそう思っている。そういった意味では、ツジラ一味のしでかしたこの一件、必ずしも完全な害であるとは言い切れないと思うのだが、どうだね?」
「確かに……そうですが……しかしでは、これからどうするので?」
オップス大佐の問いに、ドライシス上級大将は答えた。
「そうだね……本官は――いや、『僕』は――軍を、去ろうと思う」
ドライシス上級大将の口から出た衝撃の一言!その真意とは!?果たしてこの二人の運命や如何に!?