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ヴァーミンズ・クロニクル  作者: 蠱毒成長中
シーズン5-ヤムタ編-
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第百八十九話 苦戦を強いられた二人は同時に同じ選択肢を実行しました





デーツの持つヴァーミン『チック』の実態とは……?

―第百八十話より―


 ブランク・ディメンションの貌が一つ『一万と二千の蜘蛛を宿す創聖樹海魔境』に於けるヴァーミン持ち同士の戦いは、お互いの持ちうる力が拮抗し合う状況にあった。

 そもそも『一万と二千の蜘蛛を宿す創聖樹海魔境』の機能は『ワイバーン・ラヴィーン』や『獣帝監獄』などという他の"貌"とは明らかに異なるものである。

 その名の通り広大な空間に潜む一万二千匹を超える不死身の蜘蛛共は、発動者の意志に従い多彩に動き回る。外骨格は貧弱で毒牙もないが使い方次第では戦力として申し分ないレベルのものであり、相手によってはこれだけでどうにかなってしまうことも多い。

 しかしその真髄と単なる蜘蛛の大量使役ではなく『心象を写す蜘蛛糸の鏡面』という機能でのフィールド変成にある。

 これはその名の通り蜘蛛共が読み取った発動者の心象を元に『一万と二千の蜘蛛を宿す創聖樹海魔境』そのものを発動者にとって戦いやすい形状に作り替えるというものであり、実際『女郎蜘蛛の手芸細工』はヴァーミンによる遠距離攻撃を主軸とするデーツにとってこの上なく有利なフィールドであった。


「(クソ!こんな糸如き溶解液で簡単に溶けるし大丈夫だと高括ってたが、甘かったか……)」


 接地面積を最低限に留めるよう右手と左脚で這うように槍を構えた繁は、周囲にダニのような物体を幾つも浮かべたデーツと向かい合う。平均的な成人の拳骨程度にまで脹れ上がったそれらはゆっくり回転しており、動くべき時を見計らっているかのようだった。

 さて、ここまでお気に入り登録を解除したりせずに根気強く読み続けていた読者諸君ならばお判りかと思うが、この脹れ上がったダニのような物体こそデーツの能力であった。


 第九のヴァーミン『チック』の能力は、能動的な攻撃手段を殆ど持たず身体能力もそれほど高くないデーツにとって、攻撃の要と呼ぶに等しいものである。

 その能力を単純に言い表すならば『空中を浮遊する機雷』と言えるだろうか。ツメダニのような極小の活動体はモスキートのそれと違って機動力が低く、どうあがいても空中を漂う程度の速度しか出せはしない。しかしその腹はほぼ無限の容量を誇り、あらゆる物体を形状を無視して吸い取り自らを爆弾に変えてしまうのである。爆弾と化した活動体はデーツの意志に従って動き回り、爆発と同時に吸い取った物体を散弾のように飛散させる。

 また(サイズや吸い取った物体によって区々ではあるが)その破壊力も絶大で、ピンポン球ほどの大きさまで空気を吸い込めば大口径の散弾銃にも匹敵する威力が発揮できる。その攻撃はあくまで爆破でありアサシンバグの溶解やリーチの消滅に比べれば精密性や確実性で劣るが、反面汎用性や燃費は大きく上回っていると言っても過言ではないだろう。


「(性質はデザルテリアで相手した小僧のリーチに似てるが、弾道はニコラのタセックモスも上回ってやがる……)」


 繁は試しに手甲鉤『爪牙虫・愉悦』を繰り出しデーツの活動体目掛けて軽く振ってみる。武器にある隠しギミックを使い活動体を弱体化させようと考えたのだ。

 しかしながらヴァーミンの活動体は魔術などと同じような扱いであるため、その効果が及ぶことはなかった。


「(あれを弱体化させんのは無理か……一応ガードが有効で動きも遅いが、問題はそれをカバーする破壊力とこのフィールドか。幾らガードできようが壁ごと吹き飛ばされちまえば無意味だし、一瞬でも相手の動きを止められりゃロックパーツはそれだけで十分に仕事すっからな。それにこの面積、恐らくは簡単に抜けられる事を想定して敷き詰めてあるんだろうぜ。こうなったら……)」

「(幾ら私の持つチックの破壊力が絶大でこのフィールドでは大抵の者が一瞬でも足を取られるとはいえ、アサシンバグの溶解液が強力なのは確かなことだわ。防御を貫通し精密に任意の物体を精密に消し去る――破壊が遅くても一度あれで死にかけた私にはその恐怖が手に取るように解るのよ……そう、あの時ラケーリーと直に戦ったのだもの。怖いわよ。さて、かくなる上は……)」


 冷静に思案した二人が結果として下した決断は、全く同じものであった。


「「((破殻化する っきゃねぇ!)」 しかないっ!)」


 思い立った二人は全く同じタイミングで破殻化を決行。

 瞬く間に身体を変異させ、それぞれの象徴である生物種―サシガメとダニの意匠を持つ異形へと姿を変える。何時も通りのサシガメ型ヒューマノイドである繁に対し、流体種であるデーツの破殻化は一風変わったものであった。

 その姿を一言で言い表すならば、ヒトの形を成した微細な赤いツメダニの集合体とでも言うべきか。一見破殻化前とそう大差なく見える見て呉れだったが、よくよく見れば確かにそうかと繁は納得する。

 群れを成して一つの生物然として振る舞う無数のツメダニは、ある意味流体に見えないわけでもない。有資格者の種族や性格によって様々な姿をとる破殻化ならではの特異な形態と言えた。


「セァッ!」

「ッシェアォゥッ!」


 僅かばかりの沈黙を経て、二人の戦いは奇声めいた叫びと共にスタートした。

 寸分の差で先に動いたのはデーツであり、量産可能な活動体のように扱える自らの体組織数粒に大気を吸わせてサッカーボール大の爆弾を創りだし、それらを一斉に繁目掛けて飛ばす。

 しかし繁はそれらを溶解液で打ち消すと、跳躍するように飛び上がる。空中に仕組まれた蜘蛛の糸が外骨格に絡み付くが、それからも素早く抜け出した繁はデーツ目掛けて溶解液の塊を連続で放つ。

 対するデーツも負けじと群体である身体を最大限に活用したトリッキーな動きでそれらを避けながらツメダニ型の爆弾を飛ばし続け、また繁がそれを回避する。


 そんなこんなで戦況は泥仕合と化し、自滅を恐れた二人は更なる打開策を考える。


 暫し飛び道具を撃ち合った後、先に打開策を考えついたのはデーツであった。その差を決定付けたのが異空間に張り巡らされた蜘蛛の糸なのは言うまでもない。


 一旦攻撃を止めたデーツは繁の溶解液をものともせずに自身を一塊に纏め上げ、まるで元に戻るかのように液化すると、今だ白いツメダニのような形状をした頭蓋骨を中心に液状の体組織を細長い八本の節足へと変化させる。

 その姿はまるで、脚が異常なまでに発達し腹部の退化した蜘蛛のようであった。

 しかし昆虫学に傾倒する繁は、すぐさまそれが蜘蛛でない別の生物であることを見抜くに至る。


「(ありゃあ……ザトウムシか?)」


 そう、その姿こそはまさしく座頭虫ザトウムシであった。

 節足動物門鋏角亜門クモ綱ザトウムシ目に属するザトウムシは一見蜘蛛のような外見ではあるが、その系統的はむしろダニに近い。


 赤いスライムで形作られたザトウムシとなったデーツは、すぐさま口から自身の体組織と同じものから成る小さな球体を幾つも吐き出す。

 まるで機関砲のような勢いで飛ぶそれらは空中で瞬く間に膨れ上がり、サッカーボール大の大きさで繁に飛来する。

 対する繁は溶解液で球体を溶かそうと躍起になるも、それらの勢いに押し負けてしまう。

 球体は繁の身体に接触するや否やシャボン玉のように破裂。スライムの膜となり外骨格の巨体へと張り付き、みるみる内に「外道サシガメの赤スライム漬け」が完成した。

 こうなってしまえば結果は目に見えている。元より鰓など持たない繁は手も足も出ないまま、デーツによって溺死する事はほぼ確定したようなものである。


 しかし、そこは曲がりなりにも主人公。窒息しそうになりながらも咄嗟の機転でスライムによる拘束を打ち破り、何とか大気中へと脱出する。苦戦しているかと思わせて案外あっさり苦境から脱して見せる様はまさしくいつもの繁と言えるであろう――その容姿を除いては。

 というのも、スライムから抜け出した繁の見て呉れは彼の破殻化した姿であるサシガメの化け物とはかけ離れていたからである。


 その身体は細長く、長い両腕はカマキリのようだが、大顎のない貧相な頭部は三角形ですらない――という説明をすれば、大抵の読者が思い出すことだろう。

 その姿とはつまるところ、かつてアクサノで溺死しかけた際に得たミズカマキリの姿であった。

『ヴァーミンズ・ジェーヴィャチ チック』

ダニの象徴を持つ第9のヴァーミン。モスキート同様象徴生物に似た極小の活動体を操る。

活動体は空気中を漂うように移動し、様々な物体を吸飲する事で多種多様な爆弾へと姿を変える他、対象物から情報を吸い取り保有者の元へ持ち帰ることで保有者の姿をその物体に変える事も出来る(但し生物の場合、それの持つ異能や細かな身体機能までは再現出来ない)。

本来能動的な攻撃手段を殆ど持たないデーツにとってはデッドを初めとする我が子同然の部下達共々重要な役割を担う攻撃の要である。

破殻化すると赤いツメダニの群れとなり、一個体であるかのように振る舞う。

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