第百八十八話 アカボーネ!~思案する鮫と謎の化け物~
果てに待つのは、微妙な結末!
―前回より―
その不気味でおぞましい姿を言い表すならば『竜属種の白骨死体か骨格標本へ赤の塗料を塗りたくったよう』というのが適切だろうか。
華奢で細長い体躯をしたそれはどこか女性的なフォルムであり、両腕はヒト寄り、両足は竜寄りな形状をしている。
細く鞭のような尾は身長よりも長く感じられ、背中より生えた一対の翼はその大きさで見る者をとことん威圧する。
しかし何より不気味なのはその頭部であり、くぼんだ眼窩には眼球がなく、側頭部からはカーブを描くように湾曲した山羊のような角が生え、口の中には木工用の釘を思わせる鋭い歯が隙間無く並ぶ。
黒い頭髪か鬣を思わせるものもあったが、それの正体は水流によって波打つ海藻のように蠢くどす黒い触手のようなものであった。
故にその全体的なシルエットは竜を通り越して得体の知れない魔物然としたものであり、あまりにも異質なその姿はこれ以上なく深海底の風景にそぐわぬものであった。
「……」
翼を広げ海中に浮いたまま動かない"それ"(以下、赤骨と仮称)は、以前としてレノーギとデトラを掴んだまま放さず、一言も喋らない。声も出さず、海中でありながらどんな生物でも空気呼吸が可能なはずのREA-Qの中にあって呼吸している様子さえなく、それはただただ浮き続ける。
「(クソ、何なんだこいつは……いきなり現れて掴みかかったかと思えば、締め上げも噛み付きもせずにただぼーっとして佇んでいやがる……)」
首を捕まれながらも何とか意識を保っていたレノーギは、冷静に思考を巡らせる。その喋りからは先程の不良めいた激しさや軽妙さが抜け落ちており、読者諸君にとっては本当に同一人物なのかと疑いたくなるほどに印象が異なることだろう。
というのも彼は、どういうわけか生まれつきの癖で言動というものが今一安定せず、その時の気分や精神状態によって本人にも無自覚のままにコロコロ変わってしまうのである。
例えば親しい間柄の者には陽気な不良学生のような軽い喋りになるし、今のように冷静であるべき場面では知的で堅苦しい喋りになる。主に戦いなどで気分が高揚すれば好戦的で血の気の多い賊を思わせる野蛮で荒々しい喋りになり、恨み辛みや殺意・憎悪を抱いた相手に対しては(状況次第でオブラートに包み自重することもあるが大抵は)相手を根底から冒涜するようなおぞましい罵りの言葉を惜しげもなくぶちまけたりするのである。
「(相変わらずデトラは無数の腕に捕まれて身動きが取れないようだし、さてどうするか……)」
レノーギは思考を巡らせ、熟考の末に至極単純でアバウトなことこの上ない作戦を思い付く。はっきり言ってそれは愚策という他なかったが、今の彼に最早迷っている隙はない。
「どうなるかはわからんが……『愚策実行良策不実行に優る』とも言うしな……」
締め付けに耐えながら、レノーギはに感づかれないよう慎重に足を構え、赤骨の膝へ強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
レノーギの膝へ肉のような感触が伝わり、蹴りを喰らった赤骨は予想外の攻撃に思わず掴んでいた二人を離してしまう。
隙を突いて拘束より脱したレノーギは海中を漂うデトラを素早く回収すると、揺さ振って意識の有無を確認する。
「デトラ!おい、デトラっ!しっかりしろ!この俺の声が聞こえるか!?」
レノーギは必死に呼びかけるが、やはりデトラは目覚めない。体温や脈はあるため、単に締め上げられて意識を失ったのであろう。デトラを担ぎあげたレノーギは、腹を抱えて悶え苦しむ赤骨を尻目に防水・防魔加工のされた携帯電話を取り出した。外部にてブランク・ディメンションを制御している仲間に連絡し、緊急脱出用のゲートを開かせる為である。
幸いにも電話はすぐに繋がることとなる。
―数分前・魔術で作られた異空間―
薄暗い中を所狭しとコンピュータ等の精密機器が埋め尽くす部屋にて、その空間の主は頭を捻っていた。
「マスター・デーツとレノーギさん達以外は全滅か……みんな一応生きてるらしいけど、もういっそ回収しちゃおうかな……」
デーツの部下である小柄な尖耳種のシャラ・ペルットは、七つのモニターに映ったそれぞれの表やグラフ等のデータ―自身の制御する空間系魔術『ブランク・ディメンション』に関する諸々のもの―を眺めながら呟いた。ノモシア出身であるシャラは、制御の難しい上級の空間系魔術をコンピューター等と併用することで巧みに使いこなす、言わば『新時代の魔術』たりえるスタイルの持ち主である(しかも魔術を4歳で、コンピュータを6歳で使いこなすようになったというのだから尚恐ろしい事この上ない)。
しかしながら王制国家の貴族として絶大な権力を誇っていたシャラの両親は他大陸由来のものを忌み嫌っており、故に近代機器を扱うスタイルの彼(或いは彼女)は幼くして親や親族から謂われのない迫害を受け続けていた。
更にその迫害に拍車を掛けたのは、彼女(或いは彼)が産まれながらに有していた奇妙な体質であった。『彼(或いは彼女)』だとか『彼女(或いは彼)』などという曖昧な三人称から解った方もいらっしゃるだろうが、シャラ・ペルットという人物は産まれながらの両性具有であった。
それもリューラのような『先天性生殖機能合併症』とは異なり、男女どちらが基盤とも言い難い構造の、まさに純然たる両性具有なのである。
しかし貴族特有の下らないプライドから魔術と迷信に依存しきっていたシャラの両親に当然まともな医学の知識などあるわけもない。我が子の体質を呪いか何かの類と思い込んだ両親は呪いの伝染を恐れ若干10歳のシャラを奴隷商人に売却するも、その商人はデーツの仕込んだ偽物であった。
結果として名門貴族と呼ばれたペルット家の評判は急落し家系は没落。一方のシャラはデーツによって保護され、彼女の部下となって今に至るのである。
ふと、シャラの手元にある携帯電話のバイブレーションが作動する。どうやら着信があったらしい。
「―――はい、もしもし?」
『シャラ、俺だ!レノーギだ!』
「レノーギさん?酷い慌てようですけど、何かあったんですか?」
『緊急事態だ、至急脱出ゲートを展開してくれ!詳しくは戻ってから話す!』
「わ、わかりましたっ!早速座標設定に入りますので、一分程持ちこたえて下さい!」
『よっ、しゃあ!任せ――っぐぇぅぁぁあ!?』
「レ、レノーギさん!?レノーギさんっ!?」
シャラは必死で兄貴分の名を呼んだが当然その声が届くことはなく、絶望の余りふさぎ込んだ少年は机に突っ伏し静かに泣く。
一方のブランク・ディメンションでは、レノーギとデトラが真っ白な空間で赤骨に叩きのめされ、REA-Qも消え去っていた。
次回、繁VSデーツ!前後編でお送りします!