第百八十六話 すり抜けはただのトリックです
すり抜ける衝撃波の種明かし
―第百七十九話より―
幾ら時間が経過しようとも夕暮れの風景ばかりが続く『ワイバーン・ラヴィーン』での戦いは、尚も熾烈を極めていた。
「デェアッ!」
「エォリァッ!」
鋭い金属音が鳴り響き、赤と黒の刃がぶつかり合う。
燃え盛る赤色と西洋悪魔を思わせる意匠を持つ肉厚の大剣『赤鬼剣アトラス』がデッドの怪腕によって振るわれれば、リューラの振るう『炎骸刀スカルバーナー』の脊椎を思わせる曲がりくねった黒い刃がそれを巧みに受け流す。
そうして発生した隙を突くようにして、リューラの右半身から這い出たバシロがデッド目掛けて様々な攻撃を仕掛けるのだが、それらの攻撃はろくに直撃することもなく避けられたり防がれたりと、大概不発に終わってしまう。
そしてそういったデッドの怪力以上に二人を苦しめていたのが、赤鬼剣アトラスという武器の持つ『隠しギミック』と思しき謎の衝撃波であった。
隙の大きい構えを取らねば発動できず、連発もできないなどの弱点を抱えたこの衝撃波。しかし、それら諸々の弱点を補って余りあるほど絶大な破壊力と一切の防御をもすり抜ける特性は、リューラとバシロを苦戦させるのに十分過ぎる程であった。
「ヘァアッ!」
「シャェイ!」
再び二つの刃がぶつかり合い、火花でも散りそうな勢いで鎬を削る。
パワーを一点に集中させて叩き斬らんとするデッドに対し、リューラはそれを受け流すように刀を動かす。そうして生まれた隙を突き、バシロがインヴェジョンブラスターでの砲撃を試みる。
「食らえや!」
「ぬをっ!?」
白いエネルギーから成る弾丸は目にも留まらぬ速さの直線弾道によってデッドの防御をかい潜り、彼の胴体を穿つのと同時にバシロへ生命エネルギーを供給する。
「ぐッ……ぬぉぅ、がァ……」
デッドは大きく跳び下がり、空いた左手で腹部を押さえ付けるのと同時に、何を思ったのか右手のアトラスを小刻みに振り回す。
その行動は、当然ながらリューラとバシロにとって理解しがたいものでしかない。精々大きな隙が出来た程度にしか思わなかった二人は、ガルグイユの姿となって上空から攻撃を仕掛けんとする。しかしその攻撃は瞬時に感づかれ、二人は空高く舞い上がったデッドにより叩き落とされてしまった。その衝撃は身体が岩の地面に減り込む程に強烈だったが、咄嗟の判断で衝撃吸収に特化した形態へ化けたバシロの防御が功を奏し、二人は致命傷を免れた。
「スゲーな、そうやってガードすんのか。流石黒物体V、データ通りのインチキ効果じゃねーか」
「褒めるか貶すかはっきりしろよ……つか、ガード無効な衝撃波のがインチキだろが」
「そうだそうだ。お前ただ単にインチキ効果って言いてーだけだろ。つーかお前、さっきの傷はどうした?まさか親戚にプラナリアかイモリでもいんのか?」
リューラがそんな事を言うのは、先程デッドがバシロの砲撃によって負った傷が学ランの穴を除いて綺麗に消え失せていたからであった。
「インチキ効果云々は否定しねーが、傷が治ったのは別に俺個人の力じゃねーよ。イモリやプラなんとかの親戚もいねーしな。つーかそこは普通トカゲじゃね?」
「トカゲのは尻尾だけ、それも一回きりだ。そもそも不完全な上、再生のコストで本体が死ぬなんて事もザラだしな」
「あ、そうなの?マジか、知らなかったわー。まぁどうせ俺ぁそのどれでもねーけどな」
「じゃあ一体どうやって再生させた?まさかお前に魔術の心得が―
―「あるわきゃねーだろ。こいつは俺個人の能力じゃねぇ。『ワイバーン・ラヴィーン』にデフォルトで備わってる機能の一つで、俺みてぇに軟化の形で『竜の因子』を持ってる奴だけが使いこなせんだよ。まぁタダってわけじゃねえ、結構スタミナ持ってかれるがな―っと」
デッドは手元の赤鬼剣アトラスを逆手に持ち替えると、あえて隙を見せるような動作でそれを地面に突き立てる。衝撃波発生を覚ったリューラは咄嗟に大きく飛び下がり、同時にバシロが防御形態に移る。しかしながら、当然の如くアトラスの衝撃波はバシロの防御をすり抜け二人を吹き飛ばした。
「(……やっぱ、駄目か。一体どういう事だ……)」
杖代わりの炎骸刀とバシロの補助で立ち上がって持ち直しを計るリューラは、砲塔を展開し周囲を警戒するバシロの分も含めて尚も考えを巡らせる。
連発不可能という弱点を補って余りある絶大な威力、如何なる防御をもすり抜けるという奇妙な性質、大振りで隙だらけの動作。これらの点を踏まえて様々な可能性を考慮した彼女は、熟考の末遂にある一つの『答え』を得るに至る。それが確定的な正解だという確信は無かったが、今の彼女にはそれで充分だった。
一方未だ余裕綽々といった具合のデッドはというと、持ち替えたアトラスを一定のリズムで振りながらゆっくりと二人に歩み寄る。そして再び剣を逆手持ちにすると、刃先を地面目掛けて大振りな動作で振り上げる。それを目にしたバシロが防御形態に移行しようとした、その時。
「クソ、またかよ!だが今度は絶対に防いで――ってォオイ、嶋野ォ!?何スカルバーナー構えてんだぁ!?」
「攻撃すっからに決まってんだろ」
「バカ言え!ガードしねぇであの威力を素で受けてみろ!木っ端微塵だぞ!?」
「かもな」
「か、かもなって……おま――「だがよ」
「な、何だ?」
「負け確定の定石と、結果不明の賭けならよ……賭け取るっきゃねぇだろうがァーよッ!」
刃先が地面に触れて衝撃波が巻き起こるのと同時に、リューラはほぼ水平な跳躍でデッドに向かっていく。その勢いはバシロの介入はおろか顕現さえ許さない程のものであり、終いには難攻不落と思われたアトラスの衝撃波を難なくすり抜け、衰えることのない勢いでそのままデッドの身体を袈裟切りにし、立て続けに精一杯に蹴り飛ばす。
「おぐぇッ!―――ガふぁっ!」
腹を蹴られて吹き飛ばされ仰向けに倒れ込んだデッドはすぐさま立ち上がるが、スカルバーナーによる傷はかなり深いようで、先程のようにすぐさま再生というわけにはいかないようだった。
「ぐ……くそッ、てめえ、さっきのその構え……漸く気付いたようだな、アトラスの持つ『弱点』にッ!」
「おうよ。思えば至極単純な事だったが、ついさっきになってやっと気付けたぜ」
「弱点だぁ?おい嶋野、どういうこった?」
「わかんねぇか?先入観だよ。私らは『攻撃は防御するもの』っつう先入観に囚われて、奴の衝撃波を防御してた――いや、防御させられてたって方が正しいか。なぁ、そうだろ?学ラン系ドラゴン君よォ」
「そう、だぜ……嶋野二十五番ッ―あんたの、言う通りだっ……」
誘い込むかのようなリューラの問い掛けに、デッドは呼吸を整えながら返す。
「俺の『赤鬼剣アトラス』が撃てる衝撃波ってな風変わりでな。普段は単に風が吹いた程度の効果しかねーんだが、こと防御対策は完璧でよ。防御の構えを取ってる奴の懐へ、空気で出来たどでかい散弾みてえのをぶち込むんだ。そーすっと、喰らった奴ぁ大抵自分のガードが甘ぇばっかりに衝撃波が漏れ出たんだとかと思うよーになる。普通に回避すりゃいいのに、広範囲へ広がるもんだからそれすら出来ねぇと諦めるわけだ。
そうなりゃ後はこっちのもんだ。わざとガードできるだけの隙を与えて衝撃波を撃っちまえば、連中は高い確率でダメージを喰らう。そしてまた『ガードが甘かったのが悪いんだ』と思い込んでいき、上手く行きゃあ無限ループに陥る。
ま、この柄ん所にある星マーク八つ光らせてようやく一発っつー仕様なんだが、それもこの使い方じゃメリット同然ってェわけだ。因みに星マークは振り回すと溜まるんだが、分量がランダムなのが難点でよ」
「つまり、私達はお前の仕掛けたループに見事ハメられたって訳か……」
「しっかしまぁ、随分と潔くベラベラ喋るもんだな。こういう場合だろうと、そこまで細かく明かす必要性はねーと思うが」
「答えを知られた以上、もうこの手は通用しねぇんだから別にいいだろ……誰かに口外されようが、バレた時点で俺に残された手段は腕力しかねぇ」
傷の再生を終えたデッドは、静かにアトラスを掲げその刃先をリューラに向ける。
「来いよ『フォスコドル』……そっちの黒いの共々、小細工無しで語り合おうじゃねえか……」
「お前……何故私の名前を?」
「気付かねーとでも思ったのかよ?全盛期のアンタは世界的な大スター。まして大ファンだった俺だ。半身が化け物になってようがその面見りゃ大体気付くわ」
「ほほォ、大ファンとは嬉しい事言ってくれるじゃねーの」
「アンタの書いた本は全部持ってる。寝る間も惜しんで暗記する程読んだぜ。ま、最初は他人の空似とも思ったが……そっちのバシロとかいう黒いのが名前言ってて確信した」
「そうか……あんな本でもそう言ってくれんなら書いた甲斐があったってもんだ」
デッドの言葉に応えるように、リューラはバシロに引っ込むよう伝え、スカルバーナーの刃先を彼へ向ける。
直後、ほぼ同時にスタートを切った二人の斬り合いは壮絶を極め、時間にして約12分にも及んだ。
回避と再生により泥仕合になるかと思われた決闘であったが、結局は両者のスタミナ切れによる相打ちという形で、静かに決着したのであった。
あ……あっけねぇ……(書いた作者でさえ呆れるレベル