第百八十五話 星界のカノンスフィア
春樹VS聖、決着!
―第百七十八話より―
密林の中に存在する石造りの闘技場『獣帝監獄』での戦いは、壮絶なものとなっており、状況は春樹が劣勢であった。というのも、両者の戦闘スタイルというものは根本から異なっており、有り体に言えば春樹にとって聖のような相手はとことん相性が悪い為であった。
そもそもカドムが繁を通じて春樹に託した多段変形機構を備えた武器『星界を這う砦』に備えられた機能とは、障壁や身体強化等の持続的に行使される様々な術を打ち消し吸収したエネルギーを用いて砲撃を行うといったものであり(しかもこのエネルギーは、香織の持つ『列王の輪』と違い基本使い切りであるため長持ちしない)、聖のような『術そのものを使わない』手合いに対しては極一部の例外を除き、基本的に接近して戦わざるをえないのであえる。
「闘獣拳四ツ星型、独眼熊ッ!」
引き絞られた聖の右腕が、春樹の顔面目掛けて勢いよく繰り出される。
しかし春樹はそれをすんでの所でするりと回避し、必要最低限の動きで横っ腹を平手で突こうとする。
だがその動作さえも驚異的な動体視力によって見通していた聖は空いていた左手で春樹の細腕を掴み、投げ上げながら叫ぶ。
「甘い!体術を極めた禽獣種相手にそんな動作が通用するものかッ!」
春樹を追うように垂直に跳び上がった聖は、空中で思うように動きの取れない春樹目掛けて身体を大きく捻り、右脚を鉞のように振り上げ腹目掛けて強烈な膝蹴りを放つ。
「闘獣拳四ツ星型、人馬脚ッ!」
「ンぐっ!?」
聖の鋭く強烈な膝蹴りは小柄かつ細身故に肉の薄い春樹の腹に深々と叩き込まれ、彼女に深手を与えながら叩き落とす。当然為す術の無い春樹は自棄を起こした稚児によって投げ落とされた着せ替え人形のように落下していく。
そして当然、同じように落ち行く聖は春樹にトドメを刺さんと新たな技の構えを取る。
再び獣特有の身体能力で体勢を整え、真下の春樹目掛けて垂直の飛び降り蹴りを放とうとする。
「闘獣拳四ツ星型、白岩犀ッ!」
しかしその攻撃を事前に覚った春樹は、咄嗟に籠手を構え防御態勢に移る。
「育て幼子!」
指示に従うかのように、籠手は足を広げた蛸のようなデザインの盾へと変形。淵から四本の機械的な触手を伸ばし地面に着地すると、聖の蹴りを受け止める。
「何ッ!?」
「隙有りっ!」
一瞬怯んだ聖を、束になった触手が叩き飛ばす。パワーが増幅されており、また比較的壁際での戦いでもあったため、吹き飛ばされた聖の身体は壁にめり込んでしまった。
何とか壁から抜け出した聖は、盾を籠手に戻しつつ身構える春樹に言う。
「……なんだ、その武器は?いきなり姿を大きく変えたようだが、どんなカラクリだ……?」
「あー、これはカラクリっていうより隠しギミックなのだ。カドム・イムさんっていうヒトが作ったらしいんだけど、さっきの通りその変形ぶりが頭おかしいんじゃないかってレベルで」
そう言って春樹は、『星界を這う砦』を様々な形に変形させて見せる。
籠手である基礎形態の『星界を這う幼子』から、巨大な盾となる『童』を経て、ヌスッター一味討伐の際に披露した機械的な触手を備えた胴部を覆う人面を備えた鎧から成る『兵』、更にその上を行く人間大の不気味(丁度『幼子』が成長したよう)な意匠のあるバズーカとなる『将』等である。これらはいずれも先程解説した『無力化・吸収した術のエネルギーを使っての砲撃』という機能を立派に備えている。
「カドム・イム……だと?まさか、あの『五龍刃』を造り上げたという伝説の……」
「何の話か知らないけど、多分そのヒトなのだ。何かこのご時世に自営業で武具職人とか信じられないけども」
「そうか……そうだったのか……礼を言うぞ、角を生やしたチビ」
「どういたしまして。何のことか解らないしチビ発言はお前が言うなだけど」
「細かいことは放っておけ。それにこの際だ、お礼に私の取って置きで貴様をぶちのめしてやろう」
「わぁ、それは凄いのだ」
「おいおい……闘士ならばそこはもっと感情を込めるのが筋だろ?」
「別に僕ぁ闘士になった覚えはないけどー。でも、そっちがその気ならこっちもそれに答えるのが筋なのだ」
そう言うと春樹は籠手である『星界を這う幼子』を掲げ、指示を下す。
「幼子よ、超えよ」
その指示の元、籠手は再び閃光を放ち、流体のようにその形を変えていく。
対する聖もまた、彼女が覚えている内で最も強力な技の構えを取ると、そのまま助走も無しに跳び上がる。
「闘獣拳六ツ星型ッ、翠鎧鳥破突!」
空中で構えを取った聖の叫びに呼応するように、その身体は孔雀石のような若草色の鳥を模したオーラに包まれ、ミサイルのような勢いで春樹目掛けて飛び蹴りを放つ。
対する春樹はというと、まだ『幼子』の変形が終わっていないらしく、飛び蹴りを放つ聖そっちのけで何やら手先を動かしていた。やがてそれは空中に浮遊する、球形の枠に囲まれた航空機か何かの操縦席のような形状へと姿を変えた。そのカラーリングは相変も変わらずメタリックな水色であり、前面中央には『兵』の形態で備わっていた薄気味悪い人面の装飾が鎮座する。
聖はそれを怪しんだが、しかしこの技の火力は大抵の防御を破る事が出来たため、今回も上手く行くだろうと考えそのまま突き進む。
そして、春樹と聖の距離が3mを切った、その瞬間。
「構え」
座席に座り込んだ春樹が正面のスイッチを押したのと同時に、前方中央を横断する幅広で分厚いラインが展開。内部から直径5cm、長さ10cm程の赤い砲台が等間隔でざっと12門ばかり繰り出され、立て続けに砲台と同じ色をしたミサイルが装填される。
「(んなッ――しまッ!)」
聖はすぐさま己の判断ミスを悔やみ飛び蹴りを解除しようとしたが、威力増強の他体制を整える役割をも果たす鳥形のオーラは指一本曲げることさえも許さず、蹴りの軌道は寸分たりとも狂わないまま春樹目掛けて直進する。
そして、それから五秒後。前方中央にあった装飾の両目が薄気味悪く聖を見据え、
「照準からの―――発射」
春樹が操縦桿についたトリガーを引いた瞬間、空中の聖目掛けて12本の赤いミサイルが発射された。
それらは人面型の装飾により照準を定められた標的に向かって一切無駄のない動作で飛んでいき、目標に触れ次第ほどよい威力で炸裂。聖の身体を覆うオーラだけを都合良く破壊していく。
「っぐあああああああああああ!」
爆炎が収まるのと同時に獣帝監獄は瓦解し、一時的に再起不能なレベルまでダメージを被った聖は白い底面に落下。かくして、未亡人対格闘猫の勝負は決したのであった。
「いやぁ、この終齢形態『星界を這う砦』が無かったら確実に負けてたのだ。
何でこれだけ定期供給なんてアバウトな方法でエネルギーを得るんだろうって思ってたけど……納得。
ちゃんと有事の事も考えてたなんて、何か一本取られた気分なのだ」
次回!赤鬼剣アトラスの衝撃波に秘められた謎が明らかに!?(そんな大したもんじゃないが)