第百八十二話 魔術師キイチ・悦楽編
魔術師同士の決闘、決着!
―前回より―
「ぐッ、ぬぁふっ!」
ノッテ・スパーダの剣から放たれた衝撃波は、生一を障壁ごと吹き飛ばした。
「どうしたの?確かその姿になったあんたを止めるのはかなり難しいんじゃなかったっけ?」
よろめきながら蹲り、左肩の切り傷を押さえながらも不敵に笑む生一の身体は、最早尾で立ち上がることさえ不可能なほどに追い詰められていた。発動条件や肉体への負担などから即効で勝負を畳み掛けるのに適する『傷痕臨界』は、当然ながら長期戦向きの技能ではないのである(更に、生一自身が元々高火力の攻撃系魔術に体術のサポートを織り交ぜた攻撃型戦術を好むという点が、彼女に追い打ちを掛けていた)。 一方の香織は、多少疲弊しながらも十分に余裕を保ったまま、倒れ伏す生一を軽々しく嘲ってみせる。
「……」
「あれまぁ、戦う前と後で立場が逆転しちゃったかな?あんなに饒舌だったあんたが、まさかこの程度の事にも言い返せないなんて……何とも哀れだよねぇ」
倒れ伏した生一は、ほぼ無表情のままあれこれ言ってくる香織を黄金色の単眼でひたすら睨み続ける。
「さ、て、と。そんじゃ無駄話も程々ににして、そろそろ本題に移ろうか。
約束したよね?私があんたを倒せたら、私の質問に全部答えるって」
「……えぇ、確かに」
「ならとりあえず、あんたが何者なのかを――「お断りしますわ」
余りにも予想外の返しであるが、しかし香織はそれでも顔色一つ変えずにノッテ・スパーダの鎧を解除する。
「……理由を聞こうか」
「まだ条件は満たされていません。それが理由ですわ」
「とは?」
「決闘で相手を倒すということは、相手の戦う意志と能力を完全に封殺すること……私はこの通り立つこともままなりません。けれどしかし、まだ戦いの意志と能力は尽きていない……」
「普通そこまで追い詰められたなら、自棄を起こした他殺志願者でもない限りこの場で戦おうとはしないはず。
ましてあんたほどの魔術師がそんな真似に打って出るとは到底思えないんだけど」
「フッ……甘いですわね、青色様。確かに私は死にたがりなどではない……しかしだからこそ、ここで立ち上がらねばならない……」
「は?」
「判りませんか?痛みですよ」
そう言って無理に立ち上がった生一の体にある無数の傷から赤々とした血がどくどくと流れ出し、身体の節々は木材の軋むような音を上げている。
「痛み?」
「そう。私、快楽による生の実感というものを享受することが生き甲斐になっているフシがありましてね。その『快楽』の源として最適なのが、この世に存在するあらゆる肉体的な苦痛なのですよ」
「……とんだマゾヒストね。それも、変態呼ばわりが妥当なくらいの」
「フッ……その程度、むしろ褒め言葉ですわっ」
生一は今にも倒れそうになりながら、なけなしの魔力で手の中に渦巻く雷電を巻き起こす。
「よくやるねぇ、あんた。下手したら死ぬわよ?」
「承知ですわ。この身に常世全ての痛みを受けきるまで、死ぬつもりは毛頭ありません」
「それは何より。ならこっちも、派手さ重視で行こうかねぇ」
僅かばかり沈黙が続いて後、生一は未だ背を向けたままの香織目掛けて、手元にて巻き起こした逆巻く雷電を槍の如し形状に変化させ放つ。
それより僅かに遅れ、香織は振り向きざまに列王の輪を作動させる。
「起動要請、『アッヴェント・ティラトーレ』」
《Open up-Iron Arrow》
機械的な音声が鳴り響き、足首に装着された列王の輪が素早く展開。瞬時に全身を覆い尽くす、刺々しくも風格溢れる黄金の鎧へと変形した。
「さっさと済ませてしまおうか」
黄金の鎧を着込んだ香織の背後上空が揺らぎだし、虚空に円または球体と思しき巨大な光の渦を出現させる。これこそ列王の輪が持つ形態の一つ『アッヴェント・ティラトーレ』が持つ機能の一つであり、この渦を通じて使用者の記憶に存在する武器として扱えるものを召喚することができるのである。
普通そこから召喚される武器と言えば、例えば刀剣や槍といった刃物の他、銃器などが主なのだが、今回渦の中から刃先を覗かせていた物体を見た生一は、拍子抜けの余り魔術を維持できなくなってしまった。
「……フォーク?」
そう、香織が光の渦より召喚したのは、全長15から20cm程の一般的な食事用フォークだったのである。
そのシュールな光景に思わず目を疑う生一であったが、直後に射出された数十本のフォークは、彼女に物事を考える隙さえ与えず容赦なくその身を刺し貫き、切り裂いていく。
それは並大抵の者にとって死に匹敵する程に凄まじい苦痛であったが、生一にとってはこの痛みさえも快楽による生の実感を得るための源として認識。不敵な笑みを浮かべ、悦に浸りながら仰向けに倒れ込む。
そして光の渦からフォークの射出が終わった頃、生一は意識を失った。
次回、あの男が本領発揮!?