第百八十一話 魔術師キイチ・臨界編
魔術師対決、遂に決着か!?
―百七十五話より―
時空関係最上級魔術『ブランク・ディメンション』の貌と表現される形態の一つ『聖都大魔術領域』での魔術師二人による戦いは熾烈を極めていた。
「有り得ない……まさかそんな……ものの数分で『列王』をそこまで使いこなすだなんて……」
酷く怯えた様子の生一は、震える声で言った。漆黒の鱗に覆われたその身体はどこもかしこも傷だらけであったが、当人の表情に苦痛はなく、喜びや快楽で覆い尽くされていた。
「あんたこそ大した火力じゃない。攻撃一辺倒の魔術師とやり合ったことがあるから言うけれど、あんたほどのやり手はそう居ないよ」
等と軽々しく言い放つ香織の見て呉は、何時もの一般的な現代型民間魔術師然とした平々凡々たる服装ではなく、まるで特撮ヒーローものかSFバトルもののサブカル作品の善玉キャラを思わせる鎧或いはパワードスーツらしきものを身に纏っていた。
全体的に青と銀のカラーリングであるそれは、さしずめ西洋騎士の甲冑を思わせるデザインであったが、装着者に合わせて女性的なボディラインが形成されていた。
「ご冗談を……その若さで古式特級魔術を扱い、半年と待たずに『列王の輪』をそこまで使いこなすあなたの才能は、最早神話級っ……とても正攻法で敵う相手ではない……」
震えながらそう言う生一であったが、それでも彼女の口元には微かながら笑みが浮かんでいた。
「(え、何? 何言ってんのこいつ?)あのさ、何か勘違いしちゃってるみたいだから言うけど、私はあんたが言うほど立派な人間じゃない。神話級なんて以ての外だし、多分ちょっと本気を出されたらあっさり負けると思うよ。っていうか、この輪っかってそんなに凄い代物なの?
確かに使いようによっては実質的な永久機関に成りうるだろうし、この常識外れな変形機構も驚きではあるけどさ。今の時代こういうのって大体、各業界の専門家とかがすぐに技術確立させちゃうもんじゃん?」
「いや、それとこれとは全く別次元の話ですわよ……? よくそれで列王十四精霊と同調出来ましたわね……」
「そもそもさぁ、この武器のどこが何なのよ?列王十四精霊ってのも取説に全然無かったし、そこまで言うほどの代物ならせめてこれが何なのかは教えて欲しいんだけど」
呆れ返ったような香織の問いかけに、生一は少し考え込んでから答えた。それも、やっぱり例の如く不敵で怪しげな笑みを浮かべて。
「それを知りたいのなら……やはり私を倒して頂くほかありませんわ。それも、条件付きで」
「条件付きぃ? 何よ? 制限時間内に足腰立たないようにしろとか?」
「そんな難しい条件なんか定めませんわ。そうですわね……魔術を一切使わず、ほぼ原則として『列王の輪』による攻撃でのみ私を倒す……というのは如何かしら?」
「魔術使用禁止か……まぁ元々攻撃系なんて持ってないし、逆よりはマシかな……。
解ったわ、その条件呑もうじゃない。但し、約束は守ってもらうわよ?」
「勿論ですわ。これはあくまで決闘……そう、魔術師同士の決闘ですもの……」
「魔術師が決闘ねぇ――「但し」――?」
「私も勝たねばならぬ身の上……まして相手が『列王の輪』を操る希代の天才とあらば、使わざるを得ませんわ――」
何処からかカミソリの刃を取り出した生一は、それを手首に押し当てながら言い放つ。
「――私なりの『切り札』というべきものを!」
「ちょっとあんた、何をっ!」
予想だにしなかった生一の行動に驚く香織だったが、しかし彼女はそのまま勢い良くカミソリの刃で自らの手首を凄まじい勢いで斬り付けた。
カミソリの刃は生一の手首にその大きさや厚みに見合わぬ切り傷をつけ、大量の血が噴水のように噴き出し宙を舞う。
「んなっ、嘘でしょ!? ただカミソリで手首を切っただけなのに、あんな風に血が吹き出るなんてっ!」
驚く香織を尻目に、吹き出した血が自身に降り注ぐ中でふらつく生一は、恍惚の笑みを浮かべ何かの詠唱を始める。
「我は蛇、地を這うもの。神罰により四肢奪われし呪われた者。
細き躯、川の如し。輝く鱗、虹の如し。鋭き眼、魔の如し。
我は身の汚れと老いを脱ぎ捨てる者。我は再生者にして、転生者……」
詠唱が進むにつれて生一の身体にある生傷が怪しく蠢き、鱗に覆われた身体は小刻みに気味悪く痙攣を引き起こす。
「(一体何が始まるというの……?)」
全く予想外の出来事に戸惑い立ち尽くすばかりの香織を尻目に、生一の詠唱は尚も続く。
「されど我は命を投げ捨てる者に非ず。我は生故の逆巻く快を享受せし者。
斬られ悶えて殴られ喘ぐ。皮膚を裂き骨肉に及ぶ傷こそ我が生の証。
痛みこそ誇り。苦しみこそ栄誉。苦痛とは至高の快楽也……さあ傷よ傷よ、我にその痛みの果てを教え給え―――いざ」
その瞬間、生一は黄金色の単眼を目一杯に見開き叫ぶ。
「傷痕……臨界ッ!」
「っ!?」
その瞬間に生一の身体より発せられた凄まじい波動は、『列王の輪』に宿る精霊アルトゥーロの力を有する形態『ノッテ・スパーダ』の鎧を身に纏った香織を5m程も吹き飛ばした。
「……っ、く……ふ……」
《マスター! ご無事ですか!?》
鎧の右肩部分に備わった青い宝玉―各形態で対応精霊が主との通信や外部の視認に用いるものから、アルトゥーロの声が響く。
「……ん、大丈夫。あの程度ならまだ何とも――」
ないから、等と軽々しく答えようかと思ったところで、彼女は先程自分が居た辺りに広がっている光景を目にし絶句した。
《あれは……一体?》
遅れて主と同様のものを目にしたアルトゥーロも、目に映ったものの衝撃には言葉を失わざるを得なかった。
少しして、視線の先に鎮座するそれはゆっくりと瞼と口を開く。
「……そういえば、この姿になるのも何時以来かしらね……。随分と久しいはずなのに、ふと思えばつい数日前の出来事のように思い起こされる……」
漆黒の鱗に包まれた艶やかなプロポーションや背中から生えた三対の翼、そして巨大な黄金色の単眼を持つ、人とも蛇ともつかない外見のそれ―基、魔術師・生一花音の姿を一言で言い表すなら、魔物のような女神の一言に尽きる。
「では参りましょうか、青色様。準備は整いました……これこそが私の切り札『傷痕臨界-陽負いの蛇-』……全身に受けた傷から来る苦痛をエネルギーに作り替え、それを飲み干すことで力の底上げを行う……」
「そんな術があったんだ、知らなかったわ。それに、翼の生えた蛇……か。あんたの方がよっぽど神話っぽいじゃない。それなら多分、どっかの神殿とかお寺で御神体のアルバイトとか出来たりするかもよ?」
「ふふん、相変わらず面白い事を仰有いますのね。しかし―自分で言うのも何ですけれど、こうなった私を止めるのは至難の業ですわよ?そんな事を口にしている余裕が、果たしてあるのかしら?」
「そう、自分から言うって事はよっぽど自信があるのねぇ。まぁ、余裕あるなしはともかくとして……何にせよ全力で行くまでよ」
「上等、ですわッ」
次回、魔術師生一に秘められた衝撃の本性!