第百七十九話 深海底の鮫巨漢(シャークガイ)
今回唯一の被害者だった璃桜が辿り着いた異空間とは……
―前回より―
「(何だ? 何なんだ? どういうことだ!? どうしてこうなった!?)」
ツジラジのメンバーでないにも関わらず、何故かブランク・ディメンジョンの作り出した異空間に吸い込まれてしまった璃桜。
彼女は現在、正体不明の脅威から逃れようと、異空間内を必死に泳ぎ回っていた。
「(ああ……度し難く理解不能なことだらけだっ……朝起きたと思えばいきなり水の中。しかし呼吸には不自由しない。きっと夢なのだろうと思っていたらいきなり何者かに背後から掴み掛かられ、振りほどいてみれば突然現れた鮫の化け物と頭の悪そうな鳥がわけのわかない事を言い出し、何の事だと問い掛けてもまるで相手にしないばかりか『とぼけるな』の一言で集中砲火……)」
手頃な岩影に隠れた璃桜は、腹立たしげに尻尾をくねらせる。ふと蟹が側を通りかかれば、捕まえて生きたまま口に放り込み、荒々しく噛み砕き殻ごと飲み込んでしまった。
「(そもそもあの態度は何だ? いきなり現れたかと思えば、名乗りはおろか挨拶もせず、あまつさえ初対面の相手に向かって『生け捕られろ』だと? ふざけるのも大概にしろよ低脳軟骨魚類が――」
璃桜の背後にあった岩を盛大に吹き飛ばす程の爆発は、当然彼女の口から漏れ出ていた毒づきをも遮った。
「――ッッッッ!!??」
璃桜が慌てて振り返ると、遥か上の海中に自分を追い回していた鰓鱗種と羽毛種の二人組が佇んでいた。
その片方、鮫系鰓鱗種の大男は鱗や鰭のような意匠のある無反動砲のような武器を掲げており、恐らくその武器の砲撃が岩を吹き飛ばしたのであろう事は容易に予想がつく。
「見付けたぜェ、トカゲちゃんよォ」
「どんなに上手に隠れても、そんな独り言ダダ漏れじゃあ意味ないわよね~」
「低脳軟骨魚で悪かったなぁ、オイ。まぁ態度悪ぃのは勘弁しろや、産まれも育ちも底辺の低学歴なんでな」
等と言いつつ、デーツの部下レノーギ・シェリアンは自嘲気味に笑う。
「……出生や学歴を言い訳に自己を正当化するのは頂けんな。
他人に対する態度くらい、何らかの形で社会生活を送っていれば身に付くだろうに。そんな余裕もないほど荒れた環境で育ったのなら別段文句はないが……まぁ、何にせよ学歴とは世間一般で言われるほど崇高なものでもないし、気に病む必要性は無いのではないかね。あと私は一応トカゲじゃなくて竜だ」
いつもの至極落ち着いた雰囲気で諭すように話を進める璃桜だったが、その発言に食って掛かる者が居た。レノーギの傍らに居た少々小柄な羽毛種の女である。
「はん、そう言うアンタはどうせ大学院とか有名国公立大学でも出てんでしょ? でなきゃそんな事言えるわけ――
「かく言う私など、家の方針で学校はおろか保育施設にさえ入っていないがな」
「は?」
その一言を聞いた二人は絶句する。
「……気付かんか? 家系だよ。私の家は代々ある貴族に仕える血筋でな、物心ついた頃から貴族の世話役兼実質的な護衛として育てられたんだ。まぁ、今ではその肩書きも何処かへ行ってしまったが……」
「――……だけど、あんたがツジラの関係者である事に代わりはないわ。そうでしょ、レノーギ?」
「確定じゃねーが、過去の前例から見て間違いはねーと思うぜ。ニコラ・フォックス然り、三回目で加わった四人然り、行く先々で人員増強すんのはツジラの十八番っぽいからなぁ」
「おい待て、だからそのツジラとは何だ? 私はそんな奴など知らないし、第一そうだったとして何故お前達はそのツジラという奴を狙うんだ? お前達は何が目的なんだ? というかこの空間、この変な海底遺跡は何なんだ!?」
「あんた……この期に及んでまだトボケようっての!? いい加減に――
「落ち着けやデトラ。どうも怪しいと思ってたんだが、こいつぁもしかして素で知らねーんじゃねぇか? ボケ方がどう見ても演技とは思えねぇし、仮にそこまで達者な演技が出来るんなら俺ら今頃唐揚げとカマボコんなってんぞ」
「……そう、かなぁ?」
「もしかしなくてもそいつの言う通りだ。お前も一々わざとらしく頭を抱えるなっ。加熱処理やすり身は無理でもこのまま下手に動けばお前ら二人とも切り身か活け作りにしてしまいかねん。いや、もっと酷いか?」
「はぁ、何よそれっ!? あたしらがアンタより弱いっての!? 手加減してなきゃ殺しすぎるって!? ってゆーか今時料理とか古いんじゃないのォ!?」
などと怒鳴り散らすデトラの剣幕は凄まじく、周囲を泳いでいた小魚が一斉に逃げ出す程だった。
「あー、そういう意味合いではなくてだな……何にしろ目的を言ってくれんか、そういうポジションのキャラなんだから説明責任くらいは果たさんと話が進まんだろうが」
「それもそうだなぁ。アンタが何も知らねぇってんなら、言えるだけ言っとくか」
「ちょっとレノーギ! そんな易々とこっちの情報をバラしちゃっていいの!? そこはこう、『聞きたきゃ俺らを倒してみな』とか言う所じゃないの? 流れ的に!」
「流れって何だよ。つーか今はそういうシャレたこと言いたい気分じゃねーんだよ。
いいか姉ちゃん、俺は鮫系鰓鱗種のレノーギ・シェリアンてモンだ。こっちは嫁のデトラ・アイラー、ミサゴ系の羽毛種だ。まだ入籍してねーから、正式な夫婦じゃねーがな。
俺らはとある大物に飼われてる身の上でよ、訳あってあるクニを陥とさなきゃなんねぇんだわ」
「国……?」
「そうだ。んで、影ながら着々と準備を進めてたは良いんだが……ここいらでチト厄介な事になってな。
噂なんだが、どうやらその『あるクニ』を攻めようとしてんのは俺らだけじゃねえようでな。調べてみると、どうやら方々で派手に好き勝手やらかしちゃあ毎度毎度軽々と何十人も殺しまくってるキチ害虫野郎のツジラ・バグテイル率いる海賊ラジオもこの辺りに潜伏中らしいときた」
「そこから先は何となくだが予想できるな。そこからそのツジラ率いる海賊ラジオ、だったか? 私はよく知らないが、それによる妨害を危惧したお前達の飼い主とやらは、先にツジラ一味をこういった異空間へ引き込みその中で始末しようとしている……と、こういう訳だろう?」
「御名答。点数で言うなら文句なしの95点、評定はAだ」
「そうか、それは何より。では早速、ここから出して貰いたい。私はそのツジラとかいう奴の事なんてまるで知らな――
その瞬間、璃桜の右隣にあった岩盤が轟音と共に吹き飛んだ。
「オイオイ、つれねー事言うなよ姉ちゃん」
「そうそう。こんな滅多に出来ない珍体験、ここで終わらせるなんて勿体ないわよ?」
どうやら抜け出すには本当にこいつらを倒すしかないと覚った璃桜だったが、彼女にはある心配事があった。
「(厄介な事になったな……漸く落ち着いてきたというのに、これ以上下手に動けば恐らく……)」
高鳴る胸の鼓動を何とか押さえ込む璃桜の脳裏に、あるイメージが浮かぶ。
吸血衝動を抑えきれずに暴走し、再びあの日々を過ごした忌まわしい身体へと逆戻りする自分自身の姿を。
「(……恐らくもう、後戻りは出来なくなる……。
だが、やるしかあるまい……どうせ死ぬんだ、せめてこいつらも道連れに……)」
次回、遂にヴァーミンの有資格者同士が対面!