第百七十八話 白の山猫とドラグーン
新たなる戦いの幕開け!
―前回より―
若干17歳にして未亡人かつ経産婦という肩書きを持つ少女・芽浦春樹。
心地良く眠っていた彼女がふと目覚めると、そこは一面白い異空間――ではなく、何処とも知れない石造りの闘技場であった。
風化して崩れ落ちた岩肌には砂埃が積もり、崩れ落ちた天井の大穴からは暖かな日の光が神々しく降り注ぐ。
きっとこの場所で、ペットボトル入りの冷えた麦茶や、コンビニで売っているような握り寿司の詰め合わせ、唐揚げ入りのカレーなどを傍らにのんびり出来たとすれば、きっと幸せな気分になれるだろう。
目覚めた時はそんな事を思いながら適当に散策していた春樹だったが、彼女はすぐさまそんな余裕は無いという事実を思い知らされることになる。
「――ッヅァアッ!」
「ひぃっ!?」
突如上空から飛び掛かってきた何者かの拳が、石畳の床を破砕し土煙を巻き起こす。
春樹は繁を通じてカドムから贈られた砲塔つきの籠手『星界を這う幼子』を掲げて攻撃を防ぎつつ素早く飛び退いた。
「(籠手が無ければ即死だったのだ……とりあえずありがとう……)」
春樹が左手の籠手をひと撫ですると、水色をしたミズダコの眉間からアホロートルの頭が生えたようなデザインの武器は、嬉しそうに表面を波打たせた。
「(しかし、どこかも解らない場所で正体不明の敵に襲撃されるなんて……DJデビューが控えてるのについてないのだ……)」
等と春樹が思案していると、程なくして土煙の中から何かが飛んできた。
森育ち故の動体視力でそれを捉えた春樹は、咄嗟に籠手から数本の鋭利な触手を伸ばし、飛んできた物体―嘗て石材であったであろう岩石―を弾き飛ばす。
「(――っと、危ない危ない。あんなの当たったら致命傷なのだ……)」
等と思案しつつ、春樹はどこかに居るであろう相手を警戒しつつ身構える。
暫くして、未だ晴れない土煙の中から、その向こう側に潜んでいた襲撃者が姿を現した。
「……」
全身を覆う純白の短毛や独特の骨格から判断するに食肉目系の禽獣種であろうか。その独特な姿は、耳と尾以外霊長種と大差なく見えるニコラは勿論、霊長種の骨格に獣の頭と尾をつけ皮を着せたようなチエとも違う。
純然たる獣人と言うに相応しい姿の彼女―デーツ一味が一人・風戸聖の体格は、春樹と同じかそれより小柄でありながら、確かな獣の風格を持っていた。
「……」
土煙の中から歩み出た聖は、そのまま少し歩いてから音もなく立ち止まると、無言のまま春樹を睨みつける。
対する春樹もまた、表情を面に曝すまいと聖と眼を合わせ続ける。
そのまま一分程続いた沈黙を破ったのは、聖の一言だった。
「……そこのお前、見ない顔だがツジラの手先だな?」
「そうだけど、何?」
「……ならば話は早い……お前にはここで、再起不能以上になってもらう……」
「再起不能以上?」
「……そうだ……」
聖は体の正面に右手を掲げるような構えを取りながら、冷酷な一言を言い放つ。
「……有り体に言うならば……死ね」
その瞬間、聖の右手から食肉目特有の鋭い鈎爪が飛び出した。
「……この『獣帝監獄』に入り込んだが最後、お前の身は『獣』によって引き裂かれる……」
「にゅう……いきなり死ねだの引き裂くだの、ちっこい割に血の気の多いにゃんこなのだ」
「……『血の気の多いにゃんこ』か……大きさ故か、甘く見られたものだな。ならば『教育』せねばなるまい……この『永遠禁忌個体』こと風戸聖が、直々になぁ……」
―同時刻―
一方その頃、美しい夕日に彩られた渓谷にて目を覚ましたリューラとバシロは、待ち構えていたデッドの猛攻に苦戦を強いられていた。
「ェエァァアアッ!」
「ぬをっ!」
「チぃッ!」
学ラン姿の赤い竜属種によって振り上げられた巨大な剣が、堆積岩の大地を大きく吹き飛ばす。
しかし相手の霊長種は、右半身に寄生している黒い存在の手助けもあり斬撃を回避。そのまま左足にバネを形成し、跳躍で距離を取らんとする。
それを見たデッドは再び剣を振りかざすと、今度はその切っ先を足元の地面へ垂直に突き立てた。剣の切っ先から生じた僅かな空気振動は、やがて視認可能な程に巨大かつ濃密な衝撃波となり半球形に広まっていく。
「な、何だありゃあっ!? 波っつーか塊じゃねーか!」
「野郎、接近戦しかねえ純剣士かと思ってたが、波動でリーチの無さを補うたぁやるじゃねえの」
「感心してる場合かっ! ひとまずバネ引っ込めて着地、盾展開して防御に入る! 構えろよリューラ!」
「おうよ!」
衝撃波からある程度距離を取った辺りで着地したリューラが右腕を翳し、続いてバシロが手の甲を起点に漆黒の防御壁を展開する。
「歯ァ食いしばんぞ!」
「おうよ! ガードからのカウンターラッシュで一気にキメてやらァ!」
等と意気込んでいた二人であったが、しかし直後に彼等を予想外の事態が襲う。
「来いよ衝撃波ァ! 運動エネルギーなんぞ捨てて――どぅぼぇぁっ!?」
「けぅふべぁっ!」
破裂か爆発にも似たエネルギーが二人を吹き飛ばしたのは、衝撃波の接触とほぼ同じタイミングであった。
そのエネルギーは強大にして奇妙でもあった。というのも、このエネルギーは有機生命体たるリューラのみならず、体組織の性質上この程度の物理的攻撃ならばほぼ無に等しい筈のバシロにも深手を負わせていたのである。
「ガ……ぁ……クソっ、どうなってんだぁ……?」
「……ッ……バシロっ! 大丈夫かっ!?」
「オウ、何とか意識は保ててらァ……しかし妙だな……あの程度でダメージくるなんざまずねえ筈なんだが……」
「すり抜け……いや、なんかの術か……?」
「わからねぇ……だが、何かしらの突破口はあるはずだ……それを見出ださねー限り、俺らに勝機はねぇ」
二人は何とか持ち直し巻き返しを図る。
一方のデッドはというと、さして何をするでもなく座り込み、遠目から二人の動向を伺っていた。
「……答えを得るのが先か、それとも死ぬのが先か……面白ぇ。とくと見させて貰おうじゃねーの」
次回、建逆璃桜に鬼畜な現実の魔手が迫る!