第百七十七話 ある日、(頭に)雷が落ちてきて
ニコラ・フォックス、生涯最悪レベルの目覚め
―白い異空間―
その日、ニコラ・フォックスは恐らく生涯の内で最も酷いレベルの起こされ方で目覚める羽目になってしまった。
「ぎゃばぇべぇぇ―!?」
如何なる原理か、巨大な落雷によって頭部を消し炭にされるニコラ。しかしその頭部は灰燼の状態からでも瞬く間に再構築され、彼女の意識を覚醒させる。というか、頭を消し飛ばすだけの落雷を受けた瞬間に叫ぶだけの余裕があるとはどういう事なのか。
「――っっっ……何これ……口約束なカツ丼の剣(エ●スカ●バー?)の衝撃波から必死で逃げてる夢見てたと思ったら、いきなり頭に雷落ちてきたとか意味わかんないんだけど……っ、頭痛が……気分性の頭痛がっ」
気分性のものとは到底考えられない程に激しい頭痛に見舞われたニコラは、思わず頭を抱え込む。当然ながら、自分が今現在真っ白な異空間に居ることなど知る由もない。
―同時刻―
「そんな、まさかっ!? ジランちゃんの雷撃を受けてまだ立ち上がるなんて……」
「俺のフルバーストを喰らって無事たあ……あのバケギツネ、不老不死ってのを超えてんじゃないですかねえ」
魔術で身を隠しつつ遠目から苦しみ悶えるニコラを見張っていたのは、デーツの部下である尖耳種の少女アリサ・ガンロッドと、青白いアーク放電のような光で象られた飛竜のような彼女の使い魔ラジ・ジランは、敵である女の常軌を逸した不死性に驚かされていた。
「ヤムタ神話に伝わる異星の神でさえ、その不死性は頭部が無事なことが前提なのに……」
「違法魔術で悪魔と契約して不老不死んなったって噂にも納得ですぜ、こいつぁ。問題はそんな奴をどうやって仕留めっかつー事で」
「うーん……縛り上げて生け捕りにしちゃうとか?」
「無茶言わねーで下さい、聖女。相手は自分を殺す実験を何百回と繰り返しやがったイカレトンチキだ。骨の十本や二十本へし折るぐれえどうってこたあねーでしょう」
「それもそうですね。では……」
「いっそ俺の超☆フルバーストで毛筋一本薄皮一枚さえ残さねーように焼き尽くしてやりましょうや。そうすりゃ幾ら不老不死だろうと、多分一溜まりもありますめぇ」
「それはそうかもしれませんが、もし仮にそれをしても生きていたらどうするんです? 民間伝承レベルですけど、『例え深海に沈めようとも別の安全な場所で衣類込みに再生される』という不老不死だってあるでしょ?」
「うあー……」
「それにですよ、あの身体を一気に焼き払うだけの雷撃なんて放ったらジランちゃんの身体に悪いです。近い内にダリアとの戦いも控えてるんですし、電力は大切にしないと」
「聖女にそう言われちゃあ諦めざるを得ませんやな」
「ですです。だからもっとこう、確実な作戦で行かないと。
例えばそう、息の根を止めるのは不可能なんですから、ここは拘束と痛覚刺激の魔術を最大出力で使って痛みで屈服させちゃいましょう」
「や、その作戦もどうなんスかね。確かに術なら縄抜けは効きませんが、しかし奴なら手足や胴体を引きちぎって抜け出すくらいやりかねねぇ。それをこっちが止めに向かおうもんなら、タセックモスが火を噴きやがるでしょう」
「うーん……それもそうですねー……」
等とアリサが頭を抱えた、次の瞬間。
「聖女、危ねぇっ!」
「へ?」
何かを察知したジランによって突如突き飛ばされたアリサが次に見たものは、肩から上を削り取られたまま静止する使い魔の姿であった。
「ジ、ジランちゃんっ!?」
突然起こった予期せぬ事態にアリサは酷く取り乱したが、そんな主の心配を余所にジランは雷電のエネルギーで構成された身体を直ぐさま再構築する。
「怪我ァありませんかい、聖女? いきなり突き飛ばしちまってすいません」
「いえ、助かりました。ありがとう……しかし、この攻撃は……」
「どうやら気付かれたっぽいっスねぇ……」
「ですね」
―同時刻―
「……ったく、何で隠れてんだか知らないけどピーチクパーチク五月蠅いのよ。擬態魔術で隠れたまま喋るんだったら、もっと距離取るなり消音なりしなさいな」
精一杯の蛾型弾幕を虚空に放ったニコラは、そのまま身構えて虚空を睨み続けながら言う。
「曲がりなりにも禽獣種、五感にはそれなりに自信があるのよ。そん近距離からろくに蓋もしないでくっ喋ってるなんてね、攻撃してくれと言ってるに等しいのよ」
などと言われるのと同時に、擬態魔術で隠れていたアリサとジランが姿を現した。
「一応消音の魔術も使っていたのですけど、ばれましたか」
「狐の聴力ナメてじゃないわよ。その程度のお粗末な防音設備、本気の禽獣種相手には無いも同じなのよ。それと、あんたらには色々聞きたい事もあるからねぇ」
「聞きてぇ事だと? この状況で今更何を聞き出すんだよ?」
「とりあえずはあんたらの名前と目的、ここが何でどうやれば抜け出せるのか……この四つくらいは知りたいねぇ」
等と軽々しく言うニコラだったが、その周囲には無数の黄金色をした蛾型弾幕が舞い踊り、右手には注射器のような柄と伸びる黄色いプラズマのような光の刃から成る短刀が握られていた。
「そう、ですか。まぁ、名前くらいは名乗っておかないと失礼ですかね。
初めまして、アリサ・ガンロッドと申します」
「使い魔のラジ・ジランだ……それ以上の事を知りてえんなら、俺らをぶちのめして吐かせてみせな……聖女!」
「わかってますって。ほっ」
そう言ってアリサが投げたのは、魔力で構成されたピンポン球程の光球であった。
放物線を描いて飛ぶ球体の飛距離はそれほど長くもなく、アリサの手前2m程に落ちたかと思うと――底面と接触する寸前で爆発。サイズの割に大きな爆発音を立てながら、空間を構成する白を吹き飛ばしていく。
「!?」
突然の事態に慌てふためくニコラを尻目に、真っ白だった異空間は雲の上に浮かぶ巨大な石造りの神殿へと姿を変えた。
「さぁ、準備は整いました。私たちを邪魔立てするものは何もありません」
「『いざ尋常に~』って奴? 今時口上つきの一騎打ちなんて時代遅れだとは思うけど……悪くないわっ!」
腹の底から搾り出すような叫びと共に、無数の蛾型弾幕がアリサ目掛けて襲い掛かる。が――
「……?」
ニコラは一瞬目を疑い、後に絶句した。
蛾型弾幕が、消えている。
眼前にいて、微動だにしない二人の敵の眼前で。
「……なん……で……よッ!?」
はっとした所で正気に戻ったニコラは、自棄になって更にタセックモスの蛾型弾幕を放った。
素早く、複雑に―正しく弾丸の『幕』とでも言うべき勢いで、立ち尽くしたまま一切動かない尖耳種の少女と雷の竜とに飛来する、黄金色の蛾型弾幕。
しかしそれらもまた全て、訓練用の的のように動かない二人に衝突する手前で消えてしまう。
それでもめげずに執拗な集中砲火を続けたが、やがて無駄だと諦めて、弾幕を撃つのをやめた。
「驚きましたか?」
暫くして、アリサが口を開いた。その顔には明るく無邪気な笑みが浮かべられている。
「素晴らしいでしょう?弓矢でも、機関銃でも、魔術だって、この空間で私達に放たれる『攻撃』は全て無力化できちゃうんですよ」
「時空間系最上級魔術『ブランク・ディメンション』が基礎の一つ『聖霊の神殿』って奴でよ。
この空間に居る限り、『聖職者』『宗教者』と定義される奴への『攻撃』は全て無力化されるんだぜェ、ワイルドだろォ?」
余裕綽々と言ったような面構えの二人を前にして、ニコラは黙り込む。
「(……なんてこったい……こりゃあ相当厄介なのを引き当てちゃったらしい……さてさて、どうしたものか……)」
攻撃無効って……どうやって勝てと!?