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ヴァーミンズ・クロニクル  作者: 蠱毒成長中
シーズン5-ヤムタ編-
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第百七十六話 馬と妹と影の薄い私




一方その頃、小樽兄妹は……

―白い異空間―


 突如十日町邸から消え失せた繁達の内、謎の白い空間に飛ばされてしまったのは何も香織だけではなかった。様々な意味で数奇な運命を辿った挙げ句、どうしようもなく狂ってしまった(少なくとも出生率的な意味では)奇跡と言うべき双子―基、小樽桃李とその兄・羽辰もまた、目覚めると謎の異空間にいたのである。

 最初は予想だにしない状況に戸惑っていた二人だったが、幼い頃から生粋のラビーレマ民として学術に傾倒していた彼らは直ぐさまその場の調査を開始した。


「ヘァッ! はぁッ! セイッ! たぁッ! レイヤッ、とぉ!」

『んー……まだ壁に辿り着かないとは……一体何ヘクタールなんだ……?』


 赤い鎌を用いて底面を斬り付ける桃李と、壁に向かってひたすら青い分銅を伸ばし続ける羽辰。

 一見暇を持て余しているかのような二人だったが、これこそ彼らが思い付いた『手っ取り早い調査法』であった。

 こんなややこしくて読み辛い文章を丹念に読み、その内容を忠実に記憶することが出来ている読者の方ならば知っている事であろうが、カドム・イムによって創られた武器には常軌を逸した特殊能力(通称『隠しギミック』)が付与されている。

 例えばリューラの持つ背骨型の長剣『炎骸刀スカルバーナー』は柄の先端部にある装飾から赤い髑髏型のエネルギー弾を連射し、バシロの持つ大砲『インヴェジョンブラスター』は砲撃による破壊分に応じて一定の生命エネルギーを装着者に分け与える。繁の手甲鉤『爪牙虫-愉悦-』は振り翳すだけで対象をある程度弱体化させ、香織のアンクレット(として用いられているが、本来はブレスレットであるべき金属の輪)『列王の輪』などは、独自のエネルギーシステムによる実質的な永久機関らしきものまで実現してしまっている。

 そしてそういった『隠しギミック』は、当然二人の持つ武器にも隠されていた。

 まず桃李の持つ小振りな赤い片手鎌『ソレイユ』の隠しギミックとは、あらゆる魔術を切断によって打ち消し、また切断面を分子レベルに破壊するというものである。桃李はこのギミックを用い、魔術によるものであろう白い空間の底面に穴を開けようとしているのである。

 続いて羽辰の持つ青い分銅『リュヌ』は、鎖の部分が無限に伸び続け、また持ち主の意のままに対象へ飛んでいくことから実質的な飛び道具として扱うことが出来る。羽辰はこの(一応隠しギミックではない)性質を利用し、白い空間が何処まで続いているのかを調べている。


「どうです兄さん、距離は計れていますか?」

『えぇ、計測そのものは成り立っていますよ。しかしもうかれこれ直線距離で500m以上も伸ばし続けているのに、未だ壁面に接触したようには思えませんが』

「そうですか。こちらも状況は似たようなものですよ。魔術と思しきこの底面、幾ら斬り付けても傷一つ付きはしない……というよりも、『切断した実感がない』というのが正しいのでしょうか。

兎も角(かんば)しい結果は得られそうにありません。その上視点を変えて調べようにもこの虚無っぷり……触角を縛られたような気分ですよ」

『なるほど。「手も足も出ない」ばかりか「まともに動くことさえできそうにない」という事ですか』

「そういう事です。しかもこの結び方はかなり複雑で、自力で解こうものならちぎれてしまうでしょう」

『ならば、どうするというので?』

「どうするかって? 嫌ですね兄さん、そんなのわかりきったことでしょうに」


 突然響き渡る甲高い金属音に遮られながらも、桃李は淡々と言う。


「この空間内にいる我々以外の誰かを死なない程度にたたきのめし、触角の安全で確実な解き方を無理矢理にでも吐かせればいいんです」


 真上から落ちてきて底面に突き刺さった刃物を引き抜きながら、桃李はさらりと言い放った。


 そしてそんな彼女の言葉へ最初に言い返したのは、彼女の兄・羽辰ではなく、


「いやぁ、凄まじい。流石あのツジラと行動を共にしているだけはある。騎士道なんて意識していたら、二分で達磨にされそうだ」


 二人の背後数メートルの位置に佇む細身の馬系禽獣種・五真刻十(いつまこくと)であった。


「……馬? 禽獣種でしょうかね」

『えぇ、恐らくは。馬にしては細すぎる気もしますが、しかしあれは確かに馬――それも中々の名門筋でしょうねぇ、毛並から見て……そして、我々に向かって出刃包丁を投げ付けたのも恐らくは……』

「ブロードソードと言ってほしいなぁ。スクラマサクスならまだしも、包丁なんてあんまりじゃないか」

「何をおっしゃるお馬さん、斬り殺される側からすればどちらも同じようなものですよ」

『そこに明確な差は存在しない。ただ、大振りの刃物が肉を裂き、命を絶った。それだけのことでしょう』

「んー……面白い答えだねぇ、気に入ったよ。

それでこそ全力で斬り掛かる価値があるというものだ」


 刻十は虚空から剣を抜くと、刃先をまっすぐ桃李に向ける。


「いえいえ、こちらこそブロードソードを向けられながら褒められるなんて貴重な経験をありがとうございます」

「これはファルシオンだよ。まぁ、いきなりこんな場所に閉じ込めた挙げ句一騎打ちをさせようとしてる僕が一々そういう事を言うのもどうかと思うけど」

『それを理解してるんなら一騎打ち挑むのやめてここから出してくれませんかね。それと脱出方法を教えて頂きたいんですが』

「それは無理かなぁ。だってほら、僕ってどうあがいてもやっぱり刀とか剣ぐらいしか持ち味ないじゃない?」

「いや知りませんよそんなあなたのプライベートはっ」

「だからこの手の魔術とかそういうの、からっきしでさぁ。

こういう空間の中を歩くことは出来ても、君らを出してあげることは出来ないんだよねぇ」

 刻十は大振りなファルシオンを片手で変則的に回転させながら言う。

『だとしても我々に話す事くらいあるでしょうが。あなたの名前とか、目的とか色々と』

「名前に、目的、色々ねぇ……そうだなぁ、こういうベタな台詞はあんまり言いたくないんだけど……」


 相も変わらず爽やかで軽妙な態度を崩さないままの刻十は、暫く思わせぶりに頭を右へ傾けると、同時にファルシオンを水平に構えながら呟いた。


「この空間で僕と戦って、僕を再起不能・無抵抗まで追い詰める事が出来たのなら……教えてあげないこともないよ」

「ふむ……」

「いや、待って……一応騎士道に則って名前だけは名乗っておこうかな。

僕の名は五真刻十……またの名を『首刈り()の陶酔と妄執』」


 ざすり、という音を立ててファルシオンを突き立てられた白の底面は、その傷口を起点に己が持つ『白』の一切を瞬時に破砕。白い異空間は古風な闘技場へと姿を変えた。


「……覚悟は良いかい?僕は出来てるけどさぁ……」

次回、ニコラを悲劇(?)が襲う!

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