第百七十四話 VANISH-ヴァニッシュ-
かくして救いを得たかに思えた璃桜だったが……
―前回より―
「しかし驚いたな……夜魔幻なんざとっくの昔に絶滅してたとばかり思ってたんだが、まさか今になって生き残りが居るとはな。正直今でも信じらんねぇ」
「しかも只のニンニクが夜魔幻にあれほど効くとはね……そりゃ確かに、一般に夜魔幻の始祖とされる『アールキュルース・リュヌスタトフ』も、恋人が手料理に入れたニンニクのせいでぶっ倒れたって逸話があるらしいけどさ」
「確か麺類でしたっけ? 一説には現代でいうラーメンなのではないかという説もありますが」
『それって確か二次創作の神話小説が初出じゃありませんでしたっけ?』
「んにゃ、二次創作で広まったのは確かだけどそのエピソード自体は原典にあるのだ。その神話小説の作者っていうのが後に蒼刃伝説書いた人らしいんだけど」
三上の投げた白い物体―皮さえ剥かれていない生のニンニクによって意識を失った璃桜。意識が戻り、軽い会話程度なら差し支えない程には回復したものの、箸を持つ事さえままならないなど、その身体は衰弱しきっていた。
「驚かれるのも無理はありません。私自身、今の今まで夜魔幻など半ば架空の存在のように思っていましたから。それにしたってまさか自分がそうなってしまっていたなんて、今でも信じがたい事ではありますが……」
「まぁ、な。そんなんすぐに受け入れろって方が無理な話だろ。それが普通な反応だ、そう気ィ落とす事ぁ無ぇ」
「そうそう、こういう問題は焦ったってどうにもならないんだから。落ち着いてゆっくり解決策を探していくのが一番だよ」
落胆する璃桜に励ましの言葉をかける繁と香織。その内容は至って普通の激励で、この二人にしては珍しい言動に仲間達は少々驚かされた。
「お心遣い、痛み入ります」
「気にすんな。今の今まで散々苦しめられてきたんだ。せめてこれからは人並み以上の幸せを享受したって罰は当たらんだろ」
「そうそう。とりあえず肩の力抜いてさ、調子よくなったら元の身体に戻る方法とか考えたら良いし」
「……有り難う御座います」
かくして璃桜はニコラから最低五日間の安静を義務づけられ、小樽兄妹や使用人達が世話した甲斐もありその体力は順調に回復していくかに思われた。
しかし、現実とは時として相手を選ばぬ嗜虐的なサディストとしての本性を露わにすることがある。
そして今回その凶悪な本性を露わにした現実が目を付けたのは、不幸にもやっと救いを手にすることの出来た璃桜(並びに、きっと読者諸君もよくご存じであろういつものメンバー)だったのである。
―明くる朝―
禽獣種・十日町晶はその日も予定通りに起床。日課の朝風呂と朝食を済ませ、いつものように仕事を始める。
さしたる異変も無い、極めて平凡で平和な平日の午前であった。
「……ふぅ、大体はこんなものかしらね。」
納期の近い書類を片付けた晶は、休憩がてら紅茶を啜り背伸びする。
そして物思いに耽る中、ふと重大な事を思い出す。
「……そういえば、辻原さん達は……?」
思い返してみれば、今朝方から繁達の姿が全く見当たらない。元々それぞれ好き勝手な生活リズムで動き回っている事は百も承知だが、それでもその内の誰一人とも顔を合わせることが無く、声も聞かないというのはおかしい話である。
「そういえば見てませんねぇ。お出かけ中でしょうか?」
等と暢気に割って入るのは、割烹着を着た鬼頭種の少女であった。
身の丈は晶と同程度であろうか。赤紫色の肌や灰白色のショートカット等、霊長種を乖離した特徴は数あれど、その中でも特に目を惹くのは瞳孔が山吹色をした大小六つの眼球であった。
そんな彼女の名はアルバ。幼少期より十日町家に仕える陽気で明るい使用人である。
「ちょっとアルバ、そんな暢気な事言ってる場合じゃないでしょ。一度招き入れたお客様の身に何かあったらどうするの」
「はぁ、そんなに心配するほどの事でしょうかね? 並大抵の方々ならまだしも、あの辻原様ご一行でしょう? よっぽどのことがない限り命に関わるような事はないと思うのですけど」
間の抜けたような、しかし何処か謂われのない悪辣さや狡猾さを感じさせるような物言いのアルバに、晶は頭を抱えながら呆れたように言う。
「……だからこそよ」
「はい?」
「だからこそ心配なのよ。あの方が――いえ、あの男がもし仮に外部で活動中何かのトラブルに巻き込まれたのだとしたら、きっと大変なことになるわ」
「え? でも晶様『ツジラは隕石でも核爆弾でも殺せない程しぶとい』っておっしゃってましたよね?」
晶は再び頭を抱え込む。この女がわざとらしい物言いで理解していないふりをするのは何時もの事だが、この期に及んでまだ面白がっているとなると、流石に苛立たざるを得ない。
「だから、私が言ってるのはそういう事じゃなくて――
「『巻き込んだ側を中心に取り返しのつかない被害が及ぶ』……ですよね?」
昌の背後からぬっと現れてそう言ったのは、露出の控えめなメイド服を着た鬼頭種の少女であった。
体格や皮膚・頭髪の色はアルバと似ていたが、その眼球は顔面上半分中央にある緑色の巨大な一つだけ―則ち俗に『単眼』とか『モノアイ』などと呼ばれるそれ―であった。
アルバの双子の妹にして、姉同様幼少期から十日町家に仕えてきた鬼頭種の少女は、名をジェディと言った。
「ジェ、ジェディ……?」
「お早う御座います、晶様、姉さん」
「お、お早う」
「あらあらジェディちゃん、今朝方から見えないと思ってましたがどうしたんです?」
「詳しい事情説明は後回しにさせて下さい。一大事です」
「一大事?」
「はい。辻原様達の姿が見えない件についてですが、彼らは――」
ジェディによって告げられた衝撃の事実に、二人は―晶は勿論、状況を面白がっていたはずのアルバでさえも―絶句した。
「消失しました。跡形もなく」
次回、繁達はどこへ消えたのか!?