第百七十三話 使用人ミカミの考察
三上によって見出された答えとは!?
―前回より―
「切っ掛けはふとした事でした。
ホームセンターからの帰り道、治療の話が脱線して『建逆様とは一体何者なのか』という事になりましてね。そこで芽浦様が、闘技場にて彼女の精神に介入した際の事を話して下さったのです」
「ほう」
「なんでも芽浦様曰く、彼女の内面はひどい荒れようだったそうで、色々な感情が混濁状態で渦巻いていたのだそうです。主立って散見されたものは『私は何をしているんだ』『どうしてこうなってしまったのだろう』『私は何と愚かなんだ』など、現状を悔い自らを卑下するようなものであったらしく、この事から芽浦様は彼女が不本意な殺戮を強いられている……即ち、その本質は至極真っ当な人物であることを理解したそうです。そして同時にこうも言われました。『彼女は是が非でも救わねばならないと、その時確信した』とね」
「流石は春樹ちゃん。伊達に12歳で子持ちになったわけではないと」
「やはりそう思われますか。しかしその後、芽浦様は更に興味深いことを言われたのです」
「興味深いこと、とは?」
「曰く――『彼女は重度の血液中毒のようだ』『彼女は日の光と妙に相容れない』との事。これを聞いた途端ピンと来ましたよ、儂ぁ」
「ピンと来……まさか、あなたの言う持論とは……」
「お気づきになられましたかい?」
「えぇ……でも三上さん、それは持論と言うより仮説ですわよ?」
「へ? あら、そうなんです? あいや、こりゃ失礼。
で、儂の持論改め仮説の方ですが……お二人とももうお判りでしょう?」
「えぇ、勿論」
「しかし奇妙な仮説ですね。何となく予想は出来ていましたが、『建逆璃桜が夜魔幻である』などとは……」
「えぇ。しかし血液中毒で日光が苦手となれば、このカタル・ティゾルではほぼそれしかありますまい? まぁ、まともな奴からすれば暴論という奴でしょうがね。夜魔幻などとうの昔に絶滅したと思っていたい者共ならばそこで『種族故の特性』とか『精神障害や呪術弊害』などと言い返して来ようものですが、芽浦様が精神介入の結果得た情報に、それらを実証するものは含まれていなかった……。
そこにあったのは得体の知れない狂気と、それを忌み嫌い抗う自我、日光への不快感、そして性欲や薬物依存症にも似た歪で凄まじい吸血衝動……これらの点から見て、建逆様は夜魔幻――それも、既存個体の体液によって変異した後天性であると考えたわけです」
「なるほど。確かに」
「それで、夜魔幻の傷を癒すのであれば魔術――取り分けノモシア聖教の信徒であった退魔師達の間で広く用いられた魔術具が最適と判断したのです。実際にそれで解決するかはわかりませんが……」
「ま、そこはあの連中なら大丈夫でしょう。それより問題は璃桜ですよ。何とかして奴を止めなくては……」
「その件についても心配はいりません。彼女が夜魔幻である以上、止める手段も出来ています」
そう言って三上は、懐を漁りながら西端の部屋―現在璃桜が暴れている部屋の方向へ走り出す。
「み、三上さん!?」
「ちょ、何処行くんです!? そっちは危ないですって!」
「ご心配なく! こう見えても悪運は強い方でしてなっ!」
妙に早い三上を追って、繁と香織も走り出す。
―西端の部屋―
「Aaaaaah......Haaaaaa,uaaaaaaah,aaay......hyyy......」
天井に張り付き、渇いた呻き声を上げながら辺りを見渡す璃桜。
発狂により自我や理性を失ってしまった彼女であったが、本能的な冷静さ―即ち自衛を考える余裕はまだ残されているらしく、対峙しているリューラ達共々、お互い拮抗状態のまま時間だけが経過しつつあった。
「おいおいおいおい……一体何なんだよ? あの女ってあんな三白眼だったか?
つーか台詞がアルファベットの時点でまともな気配がしねーんだけど?」
「まぁ三白眼だったんじゃねぇの? 気のせいか、闘技場で見た時より生き生きしてるようにも見えるがよ」
「笑えない冗談は止めて下さいな、フォスコドル様。発狂して目の据わった竜属種という時点で既に恐ろしい事この上ないというのに、それが更にパワーアップだなんてどんな苦行ですか」
「気にすんな、この程度ならまだ私の母校で世界中教えてたマーシュ・マーク先生の75%にもギリギリ及ばねーから」
「それはほぼ75%なのではなくて!?」
「そこを気にしたら負けかなと思ってるんだZE☆」
「気にしろよ! つかその先生何モンだよ!?」
「確か首の長ェ地竜種だったかな。甲羅の無い海亀みてーなオッサンなんだが」
「そこ聞いてねぇー! あとその先生多分有鱗種だろ! つか長頚竜系有鱗種の教師とか妙にレアだなオイ!」
「だが他の先生はそんなレアでもないZE?」
「だから聞いてねぇよ! つか俺ら何で漫才やってんだよ?」
「ふえぇ、話が脱線してしまいましたわ><」
「アンタもボケてねーで突っ込みに回ってくれや! ――っとぅおぅ!」
「クヒゥッ!」
璃桜そっちのけで漫才のようなやりとりを繰り広げる三人に、痺れを切らした璃桜が襲い掛かる。
しかしその攻撃はバシロのカウンターによって弾かれ、吹き飛んだ璃桜はヤモリのように壁へへばり付く。同時にリューラの身体にも凄まじい負荷がかかったのか、女性としては比較的大柄で筋肉質な部類に入る筈のその身体が大きくぐらついた。
「うぉっとぃ!?」
「オウ、大丈夫か? チィと手荒んなっちまったが、まぁ許せ」
「や、有り難うよバシロ。お前が居なきゃ私もお嬢も今頃挽肉だ」
「有り難う御座います、バシロさん」
「いいって事よ。それより問題はあの女だ。あいつめ、とんでもねぇぞ……防御ついでに手足の一本ぐれぇは確実に切り飛ばしてやろうかと思ったんだが、その分さえも瞬時に弾いて反動で飛び退いて壁にへばり付きやがった……何でかは解んねぇが、闘技場で見たときとはまるで違う。ただ何かに向かって無差別に暴れ回るだけじゃねえ、接近戦での基礎って奴をモノにしてやがる……いや、理性を得つつあんのか……?」
「どっちにしろ止めなきゃやべぇのは確かだろうよ」
「そうですね。ああいう手合いは、早急に然るべき手段を持って対処しなければ」
かくして三人が身構えた時、薄暗い部屋にどこか間の抜けたような中年男の声が響き渡る。
「お嬢様っ!」
「み、三上!? どうしてここへ? 私は近付くなとあれほど――
「話は後にございます! 兎も角これをお受け取り下さいまし!」
そう言って三島が晶に投げ渡したのは、樹脂の枠に太いワイヤーの網を張り巡らせたような杓文字型の物体であった。
「これは……テニスラケット? ちょっと三島、幾らあなたでもこの非常時に笑えない冗談は――
「何が冗談なものですか! 良いからそれをお振りなさい! これより私が投げるものを、襲い掛かる璃桜様の口内へと叩き込んでやるのです!」
「えっ――
「そうら、行きますぞい!」
「ちょっ、三上!?」
三上の介入という予想外の事態に、晶は思わず構えを崩す。そしてその隙を璃桜が見逃すはずもなく、鋭い牙の生え揃った大口を開けながら、彼女の頸動脈目掛けて飛び掛かる。
それを見た三上は、すかさず懐から何やら白い物体を取り出し、晶に向かって放り投げる。
「そらッ! お嬢様、頼みましたぞ!」
「……――仕方ないわね……」
晶はテニスラケットを構え、三上の投げた白い物体を璃桜の口に入れるのに最適な角度を瞬時に計算する。嘗てジュニアテニスで世界を制した程の達人である彼女にとって、その程度の所業など容易いことであった。
「(この角度なら……行けるッ!)」
絶好のタイミングを見出すに至った晶は、右手に持ったテニスラケットを力一杯振り抜いた。
三上によって投げられた白い物体が、璃桜の口の中へ勢い良く叩き込まれる。璃桜は戸惑い慌てながらも、どうにか物体を吐き出そうと反射的にそれを噛み砕く。
その瞬間、彼女の口内におぞましい味と悪臭が広がった。
口の中を通じて呼吸器官を汚染した凄まじい悪臭は、彼女の精神を摩耗させ、内に潜む狂気を浄化する。
かくして凄まじいダメージを被った璃桜は床へと倒れ込み、そのまま意識を失った。
璃桜を止めた物体の正体とは……?
次回、着々と真宝襲撃計画を練っていた繁達に異変が!