第百六十九話 〈法務大臣〉の爪
一方その頃……
―前回より・議事堂内―
「まったくきさまというやつは、どこまでおのれのむのうさをあぴいるすればきがすむのだ!」
「ほんとうにしんじられないわ! あれだけじしんありげにまかせろといっておきながらこのざまだなんて、あなたばかなの!? しぬの!?」
「……」
「だまっていないでなんとかいったらどうだ、ひのほうむだいじん!」
老害達による烈火の如き怒りは、ただ一人の男―法務大臣・樋野ダリアへと向けられていた。
その詳細な理由については最早言及するまでもあるまい、先日起こった『真宝大闘技場爆破事件』についての事に他ならない。
というのも、デーツの部下達によって何の気無しに吹き飛ばしたこの巨大な建造物、爆破した張本人の片方が百六十六話で言及していたように、ダリア達『議会』の面々を除く真宝の政治関係者達にとって、極めて価値のあるものだったりするからである。
***
ヤムタ大陸で最も優れた法治国家(※1)・真宝の五千年(※2)という、壮絶にして華やかであり、尚かつ清く気高く美しく澄み渡ったかのような由緒正しき在り方(※2)は、まさしく華麗なる戦いの歴史であった(※2)。
そしてそんな真宝の栄光(※3)に満ち溢れた歴史と絶大なる権威を象徴するものこそ、人里離れた辺境の地を開拓し建てられた『真宝大闘技場』である(※4)。
カタル・ティゾル黎明期より六英傑をも凌ぐ偉大なる支配者(※5)の家系としてその名を方々に轟かせていた真家。その初代当主・全帝の持つ神秘の力(※6)によって一晩にして建設されたとの伝説(※7)が残るこの建造物は、以降国民(※8)にとって掛け替えのないものとなる。
あらゆる祭事や催し物の舞台として、その都度様々に姿を変えながら国民(※8)を楽しませ、時としてその華々しい日々に彩りをもたらし続け、何時しか神聖視されるようになっていった。
***
こういった事もあり、この場に集う老害達もまた、皆が皆その生涯を闘技場と共に歩んできたかのように考えていえるフシがあった。特に思い入れが強い者に至っては、闘技場そのものを家族のように溺愛していたり、或いは神同然に崇拝している者まで要る始末である。
それはダリアによって毒された今も変わらず彼らの心に残り続けており、加えて思考が稚拙で古臭い傾向にある老害達にとってみれば、当たり散らしたくなるのも無理のない話であった。
「申し訳ございません」
「あやまったていどですむとおもうのかっ!?」
「そうだそうだ! なにごともすまんのひとことでことがすむようなら、けいさつもほうりつもひつようないわっ!」
「闘技場爆破事件の一件は完全に私の過失が招いたこと……この罪、犯人逮捕という形で必ずや成し遂げて――
「もうよい!きさまのいいわけなどききあきた!」
「……」
環境大臣・裳炎に怒鳴られて尚、ダリアは何も言い返さず押し黙る。
「はんにんたいほだと!? ばかをいえ! こうもしっぱいつづきのきさまごときに、そんなだいそれたことができるわけがないだろう!」
「……」
「まったくだ! よそもののくせに、できもしないことをいけしゃあしゃあとぬかすでないわ!」
「……」
「あなたたちとちがって、このくにでうまれそだったわたしたちにとって、あのとうぎじょうはかぞくにもひとしいのよ! それをうしなったかなしみが、ほんらいよそものであるはずのあなたたちにわかる!?」
「……」
「やまいにたおれこのよをさったわたしのそふぼなどは、とうぎじょうをかみのようにあがめていたというのに! これではごせんぞさまにかおむけできぬではないかっ!」
「……」
「おいひの! ひのだりあ! よそもののくせにこむすめひとりすくったていどでほうむだいじんにまでなりあがり、われらのけんげんをもだましとったがいあくよ! だまっていないでなんとかいえ!」
「……――……」
「ん!? なんだ? なにをいった? きこえんぞ! もっとはっきりとしゃべらんか、つかえんやつめ!」
「……――まれ……」
「だからはっきりとものをいえと――
「黙れっつってだよ、てめえのケツも拭けねえ耄碌爺」
突如ダリアの口から飛び出した思わぬ暴言に、老害達は絶句する。
「なっ……き、きさまっ、いったい……」
「たかがほうむだいじんのぶんざいで――
「だから黙れっつってんだろ、口から小便垂れる乾物婆が」
立ち上がり、片手で椅子を持ち上げながら、ダリアは言葉を紡ぐ。
「お前ら、何なんだよマジで。こっちが下手に出てりゃいい気んなってくれてさぁ。伝統、歴史、栄光、家督、誇り……おめえ等、この期に及んでまだそんなもん信じちゃってんの?」
「なにをいうか! われらはほこりたかきぜんばおとくとうきぞく! でんとうをおもんじ、れきしをあいし、えいこうとともにあゆみ、かとくをかかげ、ほこりをみにまとうのはとうぜんではないか!」
「……『誇り高き真宝特等貴族』ねぇ……僕の教育的指導でまんまと染まってくれやがった木偶の分際でよくそんなことが言えたもんだわ」
「な、なにぃ!?」
「何だよ、その『初耳だぞどういうことだ』みたいな口ぶりは。まさか忘れちまったってのかい? まぁ、若い頃からろくに使いもしなかった脳細胞だ。黒タイツの暗殺軍団よろしくガンガン死にまくったんだろうぜ。そんなんじゃ認知症が末期にキちまったって無理ねーよな。第一、お前らみてぇな耄碌老害共の記憶なんて、何があっても80分より長続きするわけないしな。はーあ、馬鹿の相手ってつらいわ。マジつらいわー」
「くっ……そ、そこまでにしておけよ、ひのだりあ……このうらぎりものめっ!」
「裏切り者? 止してくれよ。お前らはとっくに忘れてるんだろうが、僕の教育的指導を大喜びで受け入れたのは他でもないお前ら自身なんだぜ?」
「な、なにぃっ!? どういうことだ!? このわしがきさまのしどうをのぞんだなどと、そんなばかげたことが――っ、ぶグぼヴェっ!」
大臣が言い終わるより先に、そのやせ細った貧相な腹を刃物のようなものが刺し貫いていた。
見ればそれはダリアの右手の指先から生えている刀剣のような爪であり、つい先程までは影も形も無かったはずのものであった。
ダリアは瞬時に爪を抜き去ると、老害の死体を素早く蹴り飛ばし、残る貴族達を不気味かつ悪趣味な笑みで睨み付ける。その目はネコ科動物のような大きさで鋭く釣り上がっており、大きく裂けた口の中からは鋭く細長い犬歯が顔を出す。
「う、うわああぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!」
「きゃあぁああああぁぁぁああぁああっ!」
凄惨な光景を目の当たりにしてパニック状態に陥った貴族達は、我先に議事堂から出ようと出入り口や窓に群がっていく。しかしそれらの扉は固く閉ざされたまま、一向に開く気配を見せなかった。
その有様を見て満足げな様子のダリアは、ただ一言だけ声を発する。
「……みゃうん☆」
全く似ても似つかない上に不気味な言この上ない猫の鳴き真似を合図にして、ダリアは凄まじい瞬発力で議事堂を飛び跳ね駆け巡り、鋭い爪や牙で老害達を惨殺していく。
合図からの鳴き真から二分半が経過した辺りで、議事堂内は法務大臣ただ一人だけの貸し切りスプラッタールームへと姿を変えた。
※1……ではない。確かに国力自体は優れていたのかも知れないが、それでも単なる独裁国家である。
※2……何れも老害貴族達が勝手にそう主張しているだけ。当然確証も根拠もありはしない。
※3……そんなもので満ち溢れてなどいない。真宝という国を満たすのは、私利私欲と悪意と慢心ばかりである。
※4……らしい。
※5……実際にはヤムタに文明をもたらした六英傑が一人・イルシュの言いなりだったらしく、気まぐれで去っていくまで長い間苦しめられていた模様。
※6……ではなく、単なる金と権威と家柄の力。
※7……言うまでもないが、真っ赤な大嘘である。実際は三十年くらいかかった。しかも全帝は全体の三割も完成しない内に梅毒・痛風・腎虚・ウイルス性の風邪などを併発しあっさり死んだ。
※8……ただし貴族に限る。