第百六十八話 蠱毒のラブコメ(っぽい茶番)
あの蠱毒成長中が遂に正統派を書いた!?
―前回より―
「相も変わらず騒がしい奴らだったな」
「まぁ、良いんじゃないの。騒がしいのは私らも一緒だし」
九条ら四人組が十日町家の邸宅を去った夕暮れ時、バシロや春樹もそれぞれの自室に戻ったことで、部屋には繁と香織の二人だけになっていた。
「こうやって二人きりになるのって、何時以来だろう」
ふと、香織がそんな事を言う。
「いきなりどうした? 何時以来も何も、二人きりになった事なんて幾らでもあったろ」
「や、それはそうだけどさ。近頃の二人きりって、大体捜査とか出撃とかそういうのばっかりで、っていう」
「そう言われると確かに、こうやってゆったりした時間を二人きりで―ってのは無かったな。そういう時は大抵他に一人か二人は居たし、そうでなきゃお互い別行動だったしな」
「そうそう。だからなのかな、こうやって繁と二人きりで話すの、えらく久しぶりに思えちゃって」
「そいつは俺も同感だ。思い返してみれば結構な頻度で逢っている筈なのに、どうしてか恋しく思えてしまう。それも、必要以上とさえ思えるほどにな……」
「それだけ絆が強いのか、それとも何か引力みたいなのが働いてるのか……どっちにしろ、こういう時間は大切にしなきゃね」
等と良いながら、香織は繁の隣に腰掛けた。その動きは少々そわついていて落ち着きが無く、何かに怯えているか、緊張しているかのようだった。
「……言いつつ若干リラックスしてねぇじゃねぇか。一体どうした? 何か悩みか不安でもあんのか?」
「そ、そんなんじゃ無いよ? ただ、こうやって過ごしてると、何か不安になってきちゃうのよね。『こんな風に過ごせるのは、これが最後なんじゃないか』ってね」
原因不明の妙な照れ臭さで赤面する顔を、隣に座る従兄弟から背けつつ、香織はその場で適当に思い付いた言葉を必至で紡ぐ。それは実際しばしば思う事だったが、落ち着きを失うほど深刻な事ではない。
何故だか妙に照れ臭く、従兄弟から顔を背けたくなる理由は恐らく別にあるのだと、香織は確かに感付いていた。ただ、その明確な理由は全く見当たらないのであるが。
「落ち着けなくなる程じゃ無ぇが、確かにそうだな。掛け替えのないものを得たときほど、それを失う事への不安や恐怖も大きくなる。誰にでもあることだが、だからこそ侮れねぇ」
「え、あっ、うん、そうよねー。そのくらい誰でもある事よねー。
ごめん繁、何か今日私どっか変みたい。この程度の事で挙動不審とか馬鹿みたいだよね。というわけで少し部屋で休んでくるから、また夕飯の時にでも――」
言い表しようのない妙な(そして猛烈な)小っ恥ずかしさと得体の知れない胸の高鳴りに限界を感じた香織は、思わずその場から立ち去ろうと立ち上がる。
しかし去ろうとする彼女の左手首を、繁の右手がさっと(そしてしっかりと)掴む。
「へ? ――っ!」
一瞬戸惑う香織の隙を突くかのように、繁は掴んだ腕を引き寄せ、同時にソファへ仰向けに寝そべるような姿勢となる。
ぼふん。
ソファの上で仰向けに寝そべる繁の上へ勢い良く倒れ込む香織。二人の身長差故か、香織の顔が丁度繁の首筋か胸元辺りへ埋まる形となる。
「し、繁!? ちょ、他人ん家で何やって――っっ!」
向かい合うように寝そべる従姉妹を、喋る隙さえ与えないほどに力一杯抱きしめながら、繁は静かに言う。
「不安な時、怖い時は遠慮無く言え。そん時はこうやって、俺が精一杯抱きしめてやっから」
「……?」
「つってもまぁ、こんな俺だからよ。さして大それた事なんざ出来やしねぇけどな。
今みたいに俺の身体が動く時なら、抱きしめるなり頭撫でるなり、慰めて不安を紛らわすぐらいの事はしてやる。ガキの頃からちょくちょくやってたしな。それが今でも通用するかどうかは知らんが、『頑張ろう』だの『元気出せ』だの、そんな適当な言葉よりは幾分かマシだろ」
「……」
腕の力を少し緩めて、繁は語りかけ続ける。
「『絶対』とか『必ず』とか『何もかも全て』とか、そういう断言めいた事はやっぱ言えねぇし言いたくもねぇ。『何が何でも守る』とかも同義だ。
ただ、出来る限りの事はさせてくれ。お前の悩み、苦しみ、悲しみ、痛み、そういうもんだってある程度は一緒に背負わせてくれ。全部は無理でも、六割くらいなら何とか背負える筈だ。過信してもらっちゃ困るが、まぁ海馬の隅っこにでも置いといてくれや。な?」
普段の動向からは想像しがたいほどの優しい声色で優しく語りかける繁。
そんな従兄弟の思いを受け取ったのか、香織は自分を抱きしめる長身痩躯の男の背へ両手を回し、抱き返しながら、静かに一言だけ言った。
「……ありがとう……」
胸元で妙にしおらしくなった従姉妹、害悪の異能を宿す男は、普段の悪辣さからは想像もつかないような、穏やかで優しさ溢れる声で言葉を紡ぐ。
「いえいえ、こちらこそ」
―同時刻・部屋の外―
「ヒョォ、凄いわねェ……キスしてないのが残念だけど」
「残念って何ですか。恋人同士でも無いのにキスとか酔狂でしょう」
『近頃の女子は友人同士でもキスくらいするらしいと、噂で聞いたことが』
「それドコ情報だよ?」
「っべー、マジ羨ましいわ。香織抱きてーし繁に抱かれてー。つうかあそこで板挟みになりてー」
「ちょっと皆様? 覗きなんて悪趣味ですわよ」
「とか言いつつご令嬢さんも何か妙に2828しながらドアに貼り付いてたのだ。
名門で知られる十日町家の当主としてそれってどうなのだ?」
「だよな」
「そッ、それはですね芽浦様、『当主たるものやはり屋敷の中で起こるありとあらゆる些細な出来事に対して注意と警戒を欠く事無きように』という先祖代々より続く我ら十日町家が家訓に従っているだけでありまして、決してそんな――
「ぶげばっ!?」
「っ!?」
晶の言葉を遮るように、ニコラの頭に何かが突き刺さり、彼女の口から血反吐が吹き出る。
見ればそれは繁の持つ槍であり、ドアを突き破ってニコラの頭を貫通していた。
「し、繁の奴……」
「まさかこちらに感付いていたとは……」
『大丈夫ですか、ニコラさん?』
「一応、大丈夫……」
「流石不老不死なのだ」
「言ってる場合かよ。あの野郎、ドアにこんな穴空けやがって……悪ぃな十日町さん、あの馬鹿こんな高そうなドアに大穴空けちまった」
「いえいえ、良いんですよ。覗きは悪いことですし、この程度の事日常茶飯事ですらありませんから……」
「……マジで?」
次回、真宝政府に波乱が巻き起こる!