第百六十七話 フフフ…遂に奴の自我が戻ったか…って、消滅寸前じゃねーか!?:後編
高志の未来はどっちだ!?
―前回より―
「カーマインよ。お前さん、早く手ェ打たねぇと死ぬぜ?
――いや、『死ぬ』ってのは若干ニュアンスが違ェか。厳密に言うなら『消滅』だ。
まぁどっちにせよ、早く手ェ打たなきゃ取り返しつかなくなっけどな」
冷たく澱んだ空気の中、沈黙を破るように口を開いたのは、高志の身を誰よりも案じている高橋だった。
「どういう事ですか、プロフェッサー・ジゴール? 高志が死んでしまうって……」
「堅苦しい呼び方は止してくれや、バシロでいい――どういう事も何も、言葉の通りだ。
今のまま放置しておいたら、そいつは死ぬ――つか、消滅する」
「しかしバシロさん、僕は芽浦さんのお陰でこうして正気を取り戻せたんですよ? それは即ち、この身体の中に在る僕という存在そのものの安定性が高まったという事なのでは?」
その問いかけに答えたのは、バシロでなく春樹であった。
「うんにゃ、それは違うのだ。僕はただ、タンビエン因子でカーマインさんの精神へ直に介入して、その中で引き起こされていた情報回路の乱れをそっと正しただけなのだ。
つまり―こういう例えをするのは何か失礼かもしれないけど、看護士や保育士なんかが感情的になって暴れてる子供を優しく落ち着かせるような、そういう事をしただけなのだ。
仮にその子供が大きな病気にかかっていたとしても、それを治療するまでには至らないでしょ? 今のカーマインさんもそれと同じで、確かに自我は安定してるんだけど……」
「存在そのものは不安定なまま――いや、寧ろ前より酷くなってると考えて間違いねえだろう。そりゃ、かかった瞬間あんな事になるような粗末な術で変異したまま、そうとも知らず散々動き回ったんだ。
元より不完全で欠陥まみれのまま計画自体が途中で潰れちまったってのに、逆によくそこまで持ったな。あの時の様子からして、逃げ切るとか始末されるとか以前にどっかでくたばって溶けてるモンだろうと踏んでたんだがな」
「すみません……」
「や、謝る事あねえよ。お前さんがここまでやってこれたのは、多分お前さん自身が凄い何かを持ってたって証だと俺は思うぜ? もしかしたら俺の言ってる事も外れて、お前さんはそのままでも大丈夫だったりするのかもしれねぇ。
だが、そうだからって高ァ括ってっと痛ェ目見んのが世の中ってモンでよ、何事も用心に超した事ァ無ェ……そうだろう?」
「それは当然、その通りですが……僕は何をすれば良いのですか?」
「何をすりゃ良いかったって、そんな大層な事は要求してねぇよ」
バシロはまるで、百戦錬磨の中堅学生が後輩にアドバイスをするかのように、軽々しくあっさりと言った。
「依り代を探せ」
「依り代、ですか?」
「簡単に言やぁ、何か適当に相性の良さそうな動物に寄生しろって事だ。そうすりゃお前さんは肉体の主導権こそ失うが、その他諸々の欠陥は効率的に補えるだろうよ」
「相性の良い相手に寄生……ですか」
「ま、そう難しく考えんな。適当にひっついて『こいつと、合体したい……』みたいに思ったら『気ン持ちィィィィィィィィィィィッ!』って具合にどうにかなってっから」
「え!? 何ですかそれ!? 逆に不安になりますよ!」
「まぁ落ち着けBoy。騙されたと思って先輩の言うこと信じてみろよ」
「……それもそうですね。では早速、依り代の候補者を探して来なければ……しかしどうしよう、今の状態で僕の話を聞いてくれるヒトなんてそうそう居ないだろうし、はぁ……僕は一体どうすれば良いんだろう……」
頭(?)を抱え部屋の中を慌ただしくうろつく高志。色々と考えはするものの、決定的な名案というものは、こういった時に限って中々思い浮かばないものである。
「いや待て、そうであるならば……いや、それは無理だ。しかしそれなら、どうすれば――
「ねぇ、高志」
そんな高志の様子を見かねたのか、独り言へ割って入るように、高橋は問いかける。
「何でそんな簡単な事で悩んだりするの?」
その喋りようは自らの生死について真剣に悩む高志にとって、残酷なほどに軽々しかった。
「か、簡単な事!? 飛鈴、それはちょっと酷いんじゃないか? 冗談にしても度を超しているような……」
「冗談なんかじゃないわよ。だってあなたの寄生する相手なんて、探すまでもなく此処に居るんだもの」
「……え?」
「まだ気付かない?」
「いや、君の言いたいことは何となくだが予想できた。予想は出来てるんだ。だが……本当にそんな事を?」
「えぇ、構わないわ。高志、私の身体をあなたの依り代にして、そして生き延びて。
ねぇジゴールさん、それで問題は解決するのでしょう?」
「ん、あぁ。まぁ良いんじゃねぇの?お前らって確か高校時代からの付き合いなんだろ?
それでそこまで続いてるんだったら、多分相性も抜群だろ」
「有り難う御座います」
かくして同級生・高橋飛鈴を依り代として彼女の身体に寄生した高志・カーマインは、彼女の為にその生涯を捧げるとの誓いを立て、輝かしい未来へ向かって歩み出す。
「さて、と。それじゃあそろそろ帰ろうかしらね」
「ん、もう帰るのか? もう少しゆっくりして行けば良いだろうに」
「そうとも言ってられませんよ。一応これでも開業医ですし、私を必要としてくれてる人達の為にも早く戻らないと」
「そうか。まぁ何にしろ、気を付けてな。私達の方はさしたる予定も無いし、もう暫く繁達に同行する事にしようと思っている」
「それは凄いですね、応援してます」
「ふふふ、任されろ! 繁達に便乗して、あの甘ったるい空気で腐敗しきった真宝を更に汚染するロリコン共の尻の穴へガスボンベを――っぃっだだだだだだだだだだっ!」
話の途中でティタヌスに頭を(半ば握り潰されるかのように)捕まれた九条は、頭蓋骨全体に響く激痛に思わず悲鳴を上げる。
「おいティタヌス! 貴様私を殺す気かっ!?」
「殺すつもりなどありませんよ。それはそうとして、『さしたる予定も無い』とはどの口が言うのですか、九条博士?」
唐突に敬語になったティタヌスからは、威圧的なオーラがにじみ出ていた。
「この口に決まってるだろ。産まれてこの方散々口内炎に苛まれているこの口が言うぞ。何か文句でもあるか? どうせ暇だろう?」
「大有りだこのお馬鹿! 何が『暇』だ。そういう事はもう三週間も放置したっきりの仕事を全て片付けてから言え!」
「ええい、口答えするなティタヌス! あんな金儲けしか頭にないような連中に手を貸すより、変態紳士だらけの貴族政府を悉くぶっ壊す計画に参加した方が楽しいことは、お前だって理解しているだろう?」
「楽しいだけで生活費が稼げれば苦労せんだろうな。良いから帰るぞ」
「やだ。まだ帰らん。お前もまだ帰るな。ここで辻原達と一緒に真宝政府を倒すぞ。
なぁ、辻原! 仲間は多い方が心強いだろう?」
目を爛々と輝かせながらそう聞く九条に、しかし繁は残酷に言い放つ。
「いや、そうでもねぇよ?」
「え?」
「大事な仕事の時間削ってまでこんな事に付き合って貰わなくたって良いし、キャラ増えっと収拾つかなくなるし」
「……」
まさかのメタ発言に絶句する九条を抱え上げたティタヌスは、軽い挨拶を添えて屋敷を去っていく。
「離せティタヌス! そして止まれ!真宝政府を倒し、そしてドリームをッ、猫&周飾頭亜目的な果てしない夢を掴むんだッ!」
「誰が掴むか。というか『果てしない』はともかく『夢』って何だ?」
「何だも何も、感じ出して言ってみたまでだろう」
「妙な感じを出すな。早く行くぞ」
「いーやーだぁああああっ! とーまーれーっ!」
天才研究者から只の駄々っ子に成り下がった九条とティタヌスとのやりとりはその後20分にも及んだという。
次回、あの二人にも妙な進展が?