第百六十六話 フフフ…遂に奴の自我が戻ったか…って、消滅寸前じゃねーか!?:前編
まぁ、色々とあって後……
―前回より―
「成る程、そういう事だったのか」
「すまんな、まさかあの少女がお前達の連れだったとは気付かなんだ。
ああいう無駄に派手な作戦を実行している時点で、お前達の手の者だという事は明白だったろうに」
あれから数分。繁達との情報交換を終えた九条は、外部で待たせていたティタヌスと高橋を十日町家の屋敷に呼び付け、客間で茶菓子を片手に語り合っていた。因みにこの場に居合わせているのは九条達四人の他、繁と香織、並びにバシロの計八名である(リューラは仮眠中。ニコラは別件で外出中。小樽兄妹は璃桜と雑談中)。
「しかしまた何故天井なんだ。私は確かに地下水道からの潜入を試みた筈なのだが……」
「ごめん九条さん、それ多分私の所為だわ。新しく買ってきた魔術具を適当に試してみようとしたら座標設定間違えちゃったみたいで。本当は新しい魔術薬品の材料に使うドブネズミ捕まえるつもりだったんだけど」
「失敬な、私は猫だぞ」
「まぁ、罠に掛かってしまえば猫も鼠も関係ありませんからね。
ところで、高志……あなた本当にもう大丈夫なの?何処も調子悪くない?」
高橋の問いかけに、高志は静かな声で答えた。
「あぁ、飛鈴……大丈夫に決まってるじゃないか。最初に彼女―あの、天使のような女の子に出会ったときは、最初どうして良いのか解らなかったけれど、この奇妙な身体の扱いにも慣れてきた気がするんだ」
「そう……良かったわ。あなたが自我を取り戻したって聞いたとき、正直不安だったのよ。その姿のままで元の心を取り戻してしまったら、きっとショックを受けるんじゃないかって」
「それは杞憂だよ、飛鈴。自分という存在がどんどん薄れていくような、このまま行き過ぎれば身体が崩れて死んでしまうような、そんな謂われのない恐怖に抗いながら、形振り構わず嫌と言うほど暴れ回ったんだ。今更そんな事で落ち込んでなんか居られない。ゼリーメンタルのままじゃ駄目なんだ」
「ほう。言うようになったな、高志。ヒトの身体を奪われ、その代わりに得たのが人並みかそれ以上の勇気と覚悟だったとは、何とも愉快な話だな(*´ω`*)」
「確かに愉快な話だがな九条、その顔文字は流行らんぞ」
等と四人が適当に語らっている所へ、ふと話題を振る者が居た。バシロである。
「お取り込み中の所すまねぇが、少し真面目な話を聞いて欲しい」
「何でしょう?」
「まぁ……その、何だ。感動的な再会の最中に切り出していい話じゃあねえだろうが、そいつ自身の将来に関わる事だからな」
「将来に関わること、ですか?」
「それは一体何なんだ?」
「勿体ぶらずに早く教えてくれ。そういう不安を煽るような話し方をするのは好きだが、されるのは好きじゃないんだ」
九条達四人どころか、その場に居合わせた全員がバシロに注目する。
嘗て自らの手で造り上げた技術によって異形へと成り果てた科学者が、さも当然のようにさらりと言い放ったのは、とんでもない一言であった。
「カーマインよ。お前さん、早く手ェ打たねぇと死ぬぜ?」
その言葉を聞いた一同は絶句した。
更に続けて、バシロは無情にも付け加えた。
「いや、『死ぬ』ってのは若干ニュアンスが違ェか。厳密に言うなら『消滅』だ。
まぁどっちにせよ、早く手ェ打たなきゃ取り返しつかなくなっけどな」
―同時刻・大闘技場―
「おーおーおぅ、こりゃひでえなぁ。確かにこんだけぶっ壊されてるんじゃ、そりゃ俺だってキレるぜオイ」
破壊されたまま放置されている大闘技場―嘗て処刑大会の会場として使われていたその施設を見上げながら、学ランの竜属種・デッド・イスハクルは軽妙に言う。
「あぁ。あの時は本当に凄かったからな。俺も一瞬何が起こったのか全く解らなかったぞ」
そう言ってデッドの隣に座り込むのは、彼より大柄で肩幅の広い鮫系鰓鱗種の男、レノーギ・シェリアンであった。
「ほぉ、枕元でロケランが炸裂してもビビんねぇって評判のお前が――ってオイィ、お前何に座ってんだ!?」
驚いた様子のデッドが指差しているのは、レノーギが椅子代わりにしている巨大な箱形の物体であった。木製もしくは樹脂製であろうその箱には、黄色と黒の縞模様の塗装が施されており、中央に赤いゴシック体で『危険物』などと書かれている。
「何と言われてもな、今回の作戦で使う爆薬だが? というか、お前も早く取って来たらどうだ。流石に俺一人だと時間が掛かりすぎるし、他の奴らの体力などアテにならんぞ」
「いや。それは解ってるし爆薬は後で取ってくるけどよ、そうやって椅子代わりにして大丈夫なのかって話だろ」
「大丈夫だ、恐らく問題ない」
「恐らくって何だよ、恐らくって……」
「生憎さして爆発物に詳しい訳でも無いのでな。何にせよ早く終わらせるぞ」
「おうよ。高え所は任せとけ」
縞模様の箱を抱えたデッドとレノーギは、中に詰められた小型爆弾を手際よく設置していく。
用意された爆弾を粗方使い切った二人は、目立たないようそそくさとその場から立ち去っていった。
―二分後―
「しっかし、見れば見るほど浮いてるよなぁ、アレ」
「全くだ。国全体がこうも胸焼けのするような風景だというのに、あの闘技場は真宝黎明期からそのままだった……一体何のために?」
現在二人が立っているのは、闘技場から遠く離れた巨大魔法少女像(現真宝に於いて国宝級の扱いを受ける品の中でもかなり高価な代物の一つ)の頭の上だった。
当然国からすれば大変貴重な代物であり、傷一つでも付けようものなら処刑台送りにされてしまう。しかし、真宝政府を心より忌み嫌っている二人にとってそれは心底どうでも良い事であり、故にその上を土足で踏み歩き、武器や尾の端々で傷付ける事に躊躇いや罪悪感などありはしなかった。
「さぁな。だが、あの気違い政府があそこまで維持したがるシロモンだ。
連中にとって、他人の命より大事なブツなのは確かだろうよ」
等と言い、デッドは懐から派手な色合いをした箱形の機械を取り出した。
例によって爆弾が入っていた木箱と同じく黄色と黒の縞模様であるそれは、煙草の箱と同じか少し大きいくらいのサイズであり、中央には照明の電源などによく見られるような山形のスイッチが取り付けられている。
「ま、そんな大事なブツとも今日でオサラバして貰うことにしようぜ。
俺達の大いなる計画の為に、よ」
人差し指で思わせぶりにスイッチを押したデッドは直ぐさまその場から飛び去り、続いてレノーギも素早く姿を消す。
そして、次の瞬間。
大闘技場は幾重にも連なる凄まじい爆発音を伴って悉く崩れ去り、やがて只の瓦礫の山へと姿を変えた。
次回、高志・カーマイン消滅の危機!バシロが語るその真相と打開策とは!?