第百六十五話 この廃ビルは高志・カーマインを救い隊が占拠しました
えらくピンポイントな部隊だな(お前が言うな
―前回より―
真宝から逃げ出した璃桜が桃李と雑談している一方、とある廃ビルの最上階から十日町家の邸宅を見張る者達が居た。異形へと成り果てたある男を救うために立ち上がった者達―即ち、九条チエら『高志・カーマインを救い隊』の三人である(ユニット名は作者の即興)。
「九条よ、本当にあの家で間違いないんだろうな?」
「当たり前だ。この期に及んで誰が間違えたりするものか。列甲工学部の誇る最新技術を結集させて造り上げたこの追跡システムに抜かりの三字はそんなに無い」
「そんなに、なんですね」
「勘違いするなよ高橋。この場合の『そんなに』は、『殆ど皆無も同然』という意味だ」
「というかそこまで言う程の技術があるなら何故仕事をサボるんだ……」
「馬鹿を言え。列甲が世界に誇る崇高なる技術と英知を、あんな学問を毛ほどにも思っていないような拝金主義者のゲス共に端金で売り渡していいものではあるまい」
「だからって個人的な目的で独占するのもどうなんですか」
「例え個人的な目的の為であろうと、自分以外の誰かの為なら許されるさ」
「自分以外の……」
「誰かの為……?」
「何だその心底疑うような視線は。お前らがどう思っているかは知らんがな、私とて人並みの感性くらいあるんだ。純粋に高志を救いたいと思っているさ」
等と心にも無いような事を言いながら、九条は再びキーを素早くタイプしていく。
「よし、侵入ルートを割り出したぞ。これより地下水道を通ってあの豪邸へ潜入する」
「ついに潜入ですね……」
「機関部が熱くなるな」
高橋とティタヌスは、てっきり自分達にも出撃命令が下るのだろうと予測し、身構えた。
しかし、その予想は大きく外れることとなる。
「とりあえず偵察がてら私一人で行くから。お前達、適当に麻婆豆腐でも食って待ってろ」
「ゑ!? 一人で!?」
「はぁっ!? というか、何故麻婆豆腐なんだ……」
「カレーと麻婆豆腐は三咲町観光のお供だと聞いたぞ。麻婆豆腐は昔やってたテレビドラマの影響が大きいらしいがな。何でも人気の悪役が溶岩のような激辛麻婆豆腐を無我夢中で平らげるシーンのインパクトが凄いとかで」
「あぁ、そのシーンならリアルタイムで見ました。確かにあれは凄かったですねー」
「そうなのか……」
「出前を取るならさくら通りのアネン・ルエーベという店がお奨めだそうだ」
「アネン・ルエーベって喫茶店ですよ、九条さん」
「そうなのか?まぁ、頼み込めば出前くらいはどうってことないんじゃないか」
「頼み込んだとしても駄目なものは駄目だろう」
「仮にアネン・ルエーベが駄目だったとしても、他に良い店は沢山あるから飯に困りはしないだろう。普通に美味い定食屋とかあるだろうしな」
「じゃあ何でその店を最初に紹介しない」
「店員どものキャラが面白いらしくてな。ただ、何があってもわかめ通りの店にだけは頼むなよ。あそこは警察でも手を出せない悪人のたまり場らしいからな」
「言われなくともそんな怪しい通りの店には頼まんから安心しろ」
「ふむ……まぁ、この私の部下と後輩であるお前らにそんな心配は無用か。では、行ってくる」
「行ってらっしゃい、お気をつけて」
後輩の言葉に軽く手を振って答えた九条は、窓から飛び降りるようにして瞬時に姿を消した。
「九条さん……」
「心配なのか?」
「はい。あの人、あれで大丈夫なんでしょうか……」
物憂げな表情の高橋に、ティタヌスは優しく語りかける。
「大丈夫だ。何だかんだあったとしても、奴はきっと上手く―
―「いえ、そっちじゃなくて、ですね」
「ん?」
「私が懸念してるのは九条さんの情報源でして」
「情報源?」
「はい。さっき九条さんの言ってた『わかめ通り』って、今はもう原型留めてないんですよ」
「……どういう事だ?」
「三年前に三咲町を襲った台風10号で完膚無きまでに壊滅しちゃったんですよ。それで関係者も粗方行方をくらましちゃった結果『わかめ通り』という名前さえ廃れ、今では『がれき広場』という呼び名の方が有名なくらいで。そこに棲んでる浮浪者が名物だったりするんですって」
「そうだったのか……。そういえば九条の奴が時々ゴミ捨て場を漁っていたが、大方三年前より前の雑誌でも拾ってしまったのだろうか」
「でしょうね。あの人、昔からそういう所疎いのに無茶してる所ありましたし」
―十日町家邸宅内通路―
「へぇ、桃李ちゃんがねぇ」
「俺も最初は驚いたぜ。まさかあいつがあそこで立候補するとはな」
「変なこと教えてなきゃ良いけどねー」
「俺じゃねえんだ、その辺りは杞憂だろうよ」
適当に談笑しながら通路を進む繁と香織。様子見に向かった桃李からの報告で璃桜の無事を確認した二人は、屋敷のある一室に向かっていた。
二階の西端にあるその部屋は、春樹、リューラ、バシロの三名によって建逆璃桜と共に救出された高志・カーマインの休息に使われていた。粗悪な術により異形の化け物と化した影響で精神が崩壊しまともな言葉を発することさえ出来なかった高志もまた、タンビエン因子を用いた春樹の精神介入によってヒトであった頃の自我を取り戻しつつあった。
「んで、奴の様子は? 今は確かニコラの奴が見に行ってる筈だが」
「ぼちぼち安定気味だってさ。士官学校での暴れっぷりが嘘みたいなくらいに」
「会話は?」
「出来るらしいよ。あくまで単調な奴だけにしないと、こんがらがって泣き出すらしいけど」
「そうか。九条達にも報告しておいてやんねぇとな。多忙だろうから連絡が付くかどうかは解らんが―」
と、その時。高志が休憩している部屋の方から、どすん、という大きな音がした。
「何、今の?」
「わからんが、急いだ方が良さそうだな」
―二階西端の部屋―
「二人とも、大丈夫かっ?」
「ニコラさん、カーマインさん、無事なら返事して」
ドアを勢い良く開け放った二人は、ふと目の前の光景を見て唖然とした。
「おい、何なんだこりゃあ……」
「く、九条……さん?」
丸まって眠る高志の手前で仰向けに倒れ込んでいるのは、彼の様子を見張っていた筈のニコラ。
そして彼女の上に気絶状態で乗っかっていたのは、「下水道を伝い潜入する」等と宣っていた割に、何故か天井を突き破って落ちて来たらしい九条チエだった。
次回、高志・カーマイン存亡の危機!?