第百六十三話 ふりーくす・はーと!
恐るべきダリアの秘策とは!?
―前回より―
「おぉ、これはこれは。ダリア様ではありませぬかェ」
「上地、指示しておいたものは用意出来ているか?」
ダリアがそう問いかけるのは、長身で長胴短足の細長い男・上地でした。
「出来ておりますが……本当に宜しいのですかェ?」
「当たり前だ。元よりこの計画はあれの使用を前提としていただろうが」
「それはそうですけれども……下手をすれば我々にも被害が及ぶやもしれませんェ……」
「構うものか。対策は万全だ。もし仮に通用しなかったとしても、その時は一思いに殺してしまえば丸く収まる。恋双様には悪いが、『女が思った以上に弱っていて、計画の最中に死んでしまいました』とでも言って誤魔化せばいい」
「……」
「おいおい、何を躊躇う事がある? 私と共にこちら側で生きて行くと誓った以上、ここで躊躇っていてはこの先どうにもならんぞ?」
「……畏まりましたェ。即時準備を開始致しますェ」
***
ダリアの手で仄暗い地下牢に監禁された璃桜は、かれこれ一ヶ月以上も飲まず食わずのまま何も出来ずに居ました。眠ることもなければ目覚めることもなく、周囲で何が起ころうと何の反応も示しません。
普通なら餓死していなければおかしいような状況下で尚、彼女は生き続けていたのです。
ふと、地下牢の中に乾いた足音が鳴り響きます。妙に早足なそれの主は、ダリアの部下・上地華丸でした。
「それにしても凄まじい生命力……正直な所巨乳なのが惜しいくらいだェ――っと、そんな事言ってないで早いところ終わらせるェ」
上地は部下達を呼び集めると、起きていながら何をされても無抵抗な璃桜を担架に乗せ、何処かへ運ぶよう指示を出し、それに続く形で地下牢を去りました。
―二十分後―
「それでは只今より、実験を開始するェ。
この実験はかなりの危険を伴うから、くれぐれも心して掛かる事だェ」
『『『はい。心得ております、上地教授』』』
「うむ、みんな良い返事だェ。それでこそお前らを拾った甲斐があるというものだェ。
まぁ何にせよ、今回の実験台は地下牢で四十五日間飲まず食わずのまま放置されて尚生き残るような規格外の代物だェ。結果がどうなるとは断定出来ないが、少なくとも今まで用いてきた並大抵の木偶よりはマシな結果になると思うェ」
手術室のような部屋の中、上地と彼の部下達が囲んでいるのは、照明器具で集中的に照らされた手術台でした。当然その上に乗せられているのは、全裸に剥かれ革製のベルトで拘束された璃桜でした。
「奥秋、例のものを持ってきて欲しいェ」
「畏まりました」
上地の指示で部屋の奥へと向かった奥秋は、部屋の奥から台車を押しながら戻ってきました。
台車の上に乗せられていたのはドラム缶ほどの太さで、大人の膝より少し低いくらいの高さをした円筒形のアクリル水槽ににたものでした。
普通ならば魚や小動物の飼育に用いられるであろうその水槽の中は、何やら赤く濁った得体の知れないゼラチン質の流体で満たされており、その中心部で何か球状の物体が蠢いていました。
「改めて、実験を開始するェ……」
その後実験は順調に進み、死傷者は殆ど出ませんでした。
―四時間後・ダリアの自室―
「上地、実験の成果はどうだ?」
「はい。成功も成功、大成功ですェ。ただ、最終段階で予想外のアクシデントが発生し、研究員を二名失いましたがェ」
「そうか。では、気が向いたら墓の一つや二つでも建ててやらねばならんかもしれんな」
「でしょうねェ。しかし今は、そんな事よりもっと大事な案件があるのではありませんかェ?」
「そうだな。この件を恋双様に報告したら、そちらにも取りかからねばならんか。この計画に於ける一区切りとなるであろう、『国家改革』に」
飲みかけの缶コーヒーを一気に飲み干したダリアは、続けて言いました。
「あれからというものの、恋双様はあらゆるものを忌み嫌い、憎しみ、怨んでおられる。
自分を裏切った者、自分を虚仮にした者、自分を縛り付けた者、自分を軽んじた者……そして彼女の憎悪は、最早人に限ったものではなくなっている」
「と、言いますとェ?」
「わからんか?つまり今の恋双様は、自分をあんな目に遭わせたクズ共のみならず、それらを産み育て、守り続けるもの―――即ち、貴族社会というものを、古くから続く貴族の伝統や仕来りというものを、ひいては真宝というこの国そのものに対し、心の底から怒りと殺意を滾らせておられるのだ。
ならば、恋双様にお仕えする我々の使命はただ一つ」
ダリアは右手で鉄製の空き缶を縦に握り潰し、言いました。
「―――彼女の御心のままにこの国を新たなる姿に作り替え、その暁に『計画』を完遂する事だ」
***
その後、ダリアは『国家改革』の前段階として、恋双を除く真宝の貴族関係者の内、彼女の両親を含む上位十数名を暗殺し、その代理として余った貴族関係者を洗脳し、空いたポストへ適当に繰り上げました。
これは恋双の個人的な復讐であるのと同時に、『国家改革』の障害へとなりうる者達を抹殺し、その代理として知能・判断力の低い貴族を擁立する事により、計画の進行をよりスムーズに行わせる意味もありました。後々反乱を企てる者が現れようとも、恋双やダリアは動じません。なぜなら彼等には、そんな民間の反乱分子程度ならすぐに消し去る事のできる『力』があったのですから。
―そして、現在―
波乱に満ちた『国家改革』によって、真宝はすっかり姿を変えてしまいました。
そこには歴史ある絶景も、伝統的なあらゆる文化も、ヤムタ独自の発想や技術の粋を凝らして創られた建造物や工芸品も、かつて悪なりにも気高く華麗に生き続けた独裁者達の姿もありません。
あるのはいびつな欲望と、それを正当化する為の極端で理不尽な悪法、浅はかで短絡的な小物に成り下がった傀儡達だけです。
更にそれでも飽き足らない恋双は、罪人への刑罰を月一のショー仕立てにする事で、恐怖政治による支配をより強めると共に、刺激に餓えた金持ち相手のビジネスへと昇華させました。
そして今、恋双とダリアによる悪政の被害を最も受けているのは、かつて恋双の臣下であり、親友同然の扱いを受けていた世話係・建逆璃桜でした。
上地華丸らによる実験の末に、体内へある恐るべきものを宿すこととなった彼女は、肉体を蝕まれ、精神を犯され、今にも壊れそうになりながら、独裁者の悪意と強欲の為に虐殺を強要されているのです。
愛に生きたが為に終わりなき苦痛に苦しめられている彼女に、果たして救いはあるのでしょうか?
次回、処刑大会を荒らし回った「白と黒」の正体に迫る!