第百六十二話 令嬢さんと世話係さんと:終編
恋双、鬱病より無事復帰!
―前回より―
「ねぇダリア、頼み事があるのだけれど」
ある日、恋双はダリアに言いました。あれ以来二人は鬱病治療を切っ掛けに縁を深め、今では心を許せる友人同士として交際を続けているのです。
「何でしょう、恋双様。私に出来る限りの事でしたら、全力を尽くしますが」
「前にね、聖剣と璃桜について話した事があったでしょう?」
「あぁ……恋双様にとっての初恋の殿方と、嘗て唯一心を許せた親友の方ですね?
聖剣様とは音信不通、璃桜様は嘗て亡くなられたと聞きましたが……」
「そうよ。その二人について、ちょっと調べて貰えないかしら?
ふと思い出して、あれからどうなったのか気になって仕方がないの。
聖剣は勿論そうだけど、璃桜だってもしかしたらどこかでひっそりと生き延びているのかも知れないわ。
あくまで『可能性』程度の話で良いのだけれどね、お願いしたいの」
「畏まりました。では早速、人員を手配しましょう」
人捜しなど、本来法務大臣のする仕事ではありません。しかし親友である恋双の頼みとあらば、例えどんな事でもやってのけるのがダリアという男のポリシーでもありました。
―一ヶ月後―
「恋双様、例の人捜しの件ですが」
「何か進展があったの!?」
「はい。良し悪しで言うとどちらか曖昧なのですが……まぁ『百聞は一見に如かず』とも言いますし、ひとまず此方をご覧下さい」
そう言ってダリアは高価そうなノートパソコンを起動しました。画面中央には、動画を再生するアプリケーションのウインドウが開かれています。
「私の部下が撮影に成功しました」
ダリアは恋双の耳元で囁くと、思わせぶりな仕草で動画を再生しました。
そしてその瞬間、映っていた映像を見た恋双は、思わず絶句しました。
「――……――……?」
画面に映りこんでいたのは、簡素な一室で仲睦まじく夕餉を共にする聖剣と璃桜の姿でした。
映像ファイルにはその他にも、二人がまるで夫婦であるかのように生活している様子が克明に録画されていました。
「更に調べを進めたのですが、璃桜女史の死亡事故は全くの出鱈目であり、聖剣様との結婚を真家に気取られぬよう、白家が意図的に仕組んだものであったようです」
「そんな……まさか……」
「悲しい事ですが、これが事の真相なのですよ……さて、恋双様。如何為さいましょう?
居場所を突き止め、祝福の言葉でも贈りますか?」
軽薄な問いかけをしてきたダリアを、恋双は信じがたいほど恐ろしげな形相で怒鳴りつけました。
「ふざけないで頂戴、ダリア! 幾ら貴方でもそれ以上軽口を叩くようなら容赦しないわ!」
「……これは失礼。では改めて――如何為さいましょう、恋双様」
淡々としたダリアの問いかけに、腸が煮えくり返るような思いの恋双は、憎悪と殺意の籠もった声で言いました。
「――誅罰よ。私の十二年間をコケにした罰を、世話係の分際で嘘まで吐いて私の思い人を奪い取った罰を、あの愚か者共に与えてやるわ! そしてあいつらに、私を騙し、裏切り、見捨てた事を、互いに愛し合っていることを、今こうしてこの世界に生きていることを、全ての根底から後悔させてやるのよ!」
鬱病の苦しみやありとあらゆる事に対する怒りの感情が混濁し熟成されつつある恋双の憎悪は、最早誰にも止めようがない程凄まじいものへと脹れ上がっていました。
「……畏まりました、恋双様。この世界の何より尊い貴女様をこうまで冒涜したこの世界に、いっそ我々が天罰を下してやりましょう」
かくして、怒りと憎悪に囚われた恋双主導の元に、恐ろしい計画はスタートしてしまったのです。
***
恋双は自分の周囲にあるもの総てが気に入りませんでした。
怒りや憎悪といったろくでもない感情に身を委ねていた彼女は、この世界に存在するあらゆるもの―取り分け、伝統的な文化や概念の類―を手当たり次第に冒涜し、破壊したいという衝動に駆られていたのです。それは復讐心にも似た感情であり、また彼女はそんな自分自身を最高に格好良いと思い込んでいましたから、その心が如何に邪悪であるかは言うまでもないでしょう。
手始めに自分の思いを無碍にした聖剣を見るも無惨な方法で殺させた恋双は、立て続けに自分を裏切った璃桜をも同じようにして殺害させようとしましたが、ダリアはそんな彼女に『璃桜を今殺すべきではない』との助言を施しました。
「何故!? 何故なの!? 私との22年の友情を裏切ったあの女を、何故殺してはいけないの!?」
「落ち着いて下さいませ、恋双様。確かに貴方のような御方との、22余年にも及ぶ友情を裏切り、世話係という本来の身分も弁えずに主の思い人を奪い取ったあの女の罪は重い……。
しかァし、だからこそこの大罪を償わせる為の刑罰が、単なる惨殺刑であって良いのでしょうか?
と、言う話でしてね」
「それもそうね……建逆璃桜、あの女の犯した罪は死以上の苦痛と屈辱を以て裁くべきだわ……。
でもどうすればいいのかしら?私が思うに、そんな都合の良い刑罰なんて―
―
「心配ご無用です、恋双様。どうかここはこの樋野ダリアめにお任せを」
「……解ったわ。あの女への制裁措置は、全面的に貴方に任せる事にするわ。
その代わり、私の意見を蹴ってまで押し通したからには徹底して苦しめるのよ?」
「お任せ下さい。私共めには秘策が御座います」
次回、ダリアの恐るべき秘策とは!?




