第百六十一話 令嬢さんと世話係さんと:後編
遂に告白の時!恋双の初恋は実るのか!?
―ある年の八月三十二日―
色鮮やかな花火に彩られる透き通った夜空の下、デートスポットとして知られる湖の辺にて腹を括った恋双は、自らの想いを聖剣に向けてストレートにぶつけました。
あれこれと悩んだり迷ったりするよりも、こうして一気に行った方が案外上手くいくかも知れないと思ったからです。
ですが、その告白に対する聖剣の返答は、恋双にとって最も好ましくないものでした。
「……え? それって、どういう……」
「だから……その、だな。僕には以前から他に好きな人がいるんだ。
君には申し訳ないが、僕の事は諦めて欲しい」
「――?」
予想外の言葉に、恋双は言葉を失ってしまいました。今の今まで人生の大半を賭して、ただ一つの目標―聖剣の恋人になる事を目指していた彼女にとって、それら全てを否定される事は即ち、生涯そのものの否定にも等しいものでした。
しかしそれでも諦めきれない彼女は、背を向けてその場から立ち去ろうとする聖剣をどうにか引き留めようとします。
「あ、相手は? 相手は誰? 貴方をそうまでさせる相手とは、一体誰なの!?」
恋双は聖剣に問い詰めますが、聖剣は振り向きもせずに言いました。
「……知ってどうするんだい?」
「どうするって……今の今まで十二年間、ずっと貴方を愛していた私だもの。
どんなヒトを選ぶのか、幼馴染みとしてその位は知る権利が有るはずでしょ?」
必至で問いかける恋双でしたが、聖剣は動揺した様子も見せず淡々と言い返します。
「あらゆる意味で君とは異なる女性、とだけ言っておこう。これ以上知るのはやめておいた方がいい。
真実を知ったとして、それが必ずしも君にとって有利に働くとは限らない。僕が知っている真実は、きっと君を不幸にするだろう。そして僕がこの場に居続けても、きっと君を悲しませてしまうに違いない」
「そんな……」
「すまない、恋双。この事はもっと早くに伝えておくべきかとも思ったんだが、君がショックを受けて悲しむ姿を想像すると言い出せなくてね……」
それから聖剣は、その事を両親に話したところ、当主として引き継ぐ家督の全てをを実弟の魔剣に譲ることと、金輪際白家には微塵も関わらない事を条件に、その相手との結婚を認められたのだという事を話しました。
ショックの余り再び言葉を失う恋双に、聖剣はただ一言『さらば。どうか幸せに』とだけ言い残して、その場から姿を消してしまいました。
湖畔に一人取り残された恋双は、年不相応に小さな身体で砂地に泣き崩れました。
更にその後、所用で遠出していた璃桜が土石流の巻き添えを食らって行方不明になったとの悲報を受けた彼女は遂に精神を病んでしまい、その後一年半もの間酷い鬱病に苦しめられてしまうのです。
***
鬱病に陥って二度目の誕生日を過ぎた頃、毎日を無気力に生きていた恋双に大きな転機が訪れました。
鬱状態の深刻化を案じた真家の『恋双の鬱病を治せた者に、真家の有する財力の範囲内であらゆる願いを叶える権利を与える』との誘いに乗って現れたのでしょうか、身元の解らない霊長種の男は、どこからともなく現れると、恋双の両親に向かってこんな事を言ったのです。
「お初にお目に掛かります。私の名は樋野ダリア。これらを連れて各大陸を巡る放浪の精神科医に御座います」
「樋野ダリア……聞かぬ名だな」
「それはそうでしょう。私は生来より他人の注目や過大評価というものが少々嫌いなたちですからね。
さて、本日此方にこうして馳せ参じたのは他でもなく、ある噂を耳にした為です。噂に寄れば、こちらの国でこの上なくお美しいご令嬢が鬱病に冒されているとか……」
その言葉を聞いた途端、その場に居た貴族達のの目の色が変わります。
「まさか、治療を考えているのか!?」
一人の高官が言いました。首脳の後継ぎが鬱であるという一大事は、政府によって国家に隷属されている国民にとっては酒の肴になる程景気の良い話題でしたが、世襲制度に依存する貴族達にとっては深刻な問題だったのです。
『治療成功者には褒美を出す』という一見不謹慎に思える呼びかけも、藁にも縋る程に逼迫した状況故に思い立ったことであり、全ては独裁政治の中枢を担う真家の一人娘・恋双を鬱の脅威から救い出す事が目的でした(当然芳しい結果は得られていませんが)。
貴族達が期待の眼差しを向ける中、高官の問いかけにダリアは意気揚々と答えました。
「はい。私どもの目的とは、つまるところそれですのでね。噂に寄れば件のご令嬢は才知に溢れる御方であり、まさしく支配者の器であるそうで、何より美人と聞いておりますので。
序でと言っては何ですが、成功した暁には報酬でこれらによりよい生活をさせてやりたいですし……」
「そうか……では、お願いしよう。くれぐれも、無茶だけはしないようにな」
「お任せ下さい。必ずやご令嬢を元通りにしてみせましょう」
こうして精神科医を自称する男・樋野ダリアによる『治療』が始まりました。
ダリアの治療は口頭での交渉を軸に時たま微量の投薬を行うというもので、それまでどんな方法をも寄せ付けなかった恋双の精神は、日を追う毎にどんどん浄化されていきました。
そして二週間後、遂に鬱病から完全に立ち直った彼女は、公に出て元気に演説が出来るまでになっていました。恋双の回復に貴族達は歓喜し、庶民達は絶望しました。恋双の回復に貢献したダリアは真宝の法を司る法務大臣として、また彼の部下達はそれに付き従う『議会』として、新たなる人生をスタートさせたのです。
次回、恋双の身に再び悲劇が!




