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ヴァーミンズ・クロニクル  作者: 蠱毒成長中
シーズン5-ヤムタ編-
160/450

第百六十話 令嬢さんと世話係さんと:中編



庭園探索

―前回より―


「こちらが屋敷の中庭になります」


 聖剣の案内で二人が訪れた庭園は、確かに勝剣が自慢するだけの事がある美しさでした。

 春先の暖かな日差しを受けて輝く草花はまるで宝石のように美しく、小鳥や羽虫が宙を舞う姿は差詰め空想世界の精霊を思わせます(カタル・ティゾルが既に地球人からしたら空想世界だろとか言わないで下さい。流石のカタル・ティゾルでもファンタジーでよく居るような妖精とか天使とかそういう種族は居ないんです)。


「素晴らしいお庭ですわ、聖剣様。一体幾つの草花が植えられていますの?」

「庭師の方によれば約1000種類以上だそうですが、色々な人が色々なものを持ってくるので、詳しい数は解らないそうです」

「花壇などは無いのですか?」

「はい。父上の方針で、植物や動物を意図的に管理し過ぎるのは自然の摂理に反するとの事で、必要最低限の基盤構築をする以外は手を加えない取り決めなのですよ」

「『自然を支配するのではない。自然と共に歩むのだ』――林霊教で最も偉大とされる神官にして初代『書架』ケララグの遺した格言ですわね」

「おや、彼をご存じなのですか?」

「えぇ。璃桜に薦められて、彼の著書を読んだことがありますの」

「ほう、そうですか。それは素晴らしい。恋双様は良いお世話係様をお持ちのようで」

「恐縮です」

 聖剣に褒められ素直にお礼を言う璃桜でしたが、一方の恋双は何故だか不服なようでした。

「……恋双様、私何か失言でも……?」

「えぇ、それはもう。聞き捨てなりませんわ」

 恋双の言葉は静かで丁寧なものでしたが、彼女が苛立っているのは明白でした。

「お嬢様……」

「璃桜は黙っていなさい。聖剣様、宜しくって? 璃桜は確かに私の世話係ですわ。

でもそれはあくまで表面上での話であって、その実は唯一無二の親友―いいえ、実質的な姉妹に等しいのですわ。丁度私の方が年下ですし、彼女が姉といった所かしらね……」

「そう、なのですか?」

「えぇ、そうなのです。ですからせめて、こういったプライベートの時だけでも、璃桜を私の世話係だなんて呼ぶのは止めて頂きたく存じますわ」

「それはそれは、失礼致しました。父上からも言われているのですが、私は昔からどうにも人付き合いが苦手で……璃桜様、どうかこの不甲斐ない私めをお許し下さいませ」

「いえ、お気になさらず。私は本来ならばそう扱われて当然なのですから」

「解れば良いんですの。私もそれほど根に持つ性分ではありませんし、寛容さがなければ一国一城の主など出来よう筈もありませんわ。

それより聖剣様、あの黒いお花は何という名前ですの?」

「あぁ、あれは『アケミソウ』という一年草ですよ。種子を覆う繊維の触り心地から、現地では『ホムホムグサ』なんて名前で呼ばれることもありますけど――」


 その日の夕暮れまで続いた庭園散策を経て、三人はお互いを掛け替えのない友達であると認識するようになり、お互いの家が協定を結び結託関係となった事もあって、定期的に逢っては一緒に遊ぶようになっていました。


 そして月日は流れ五年後、恋双と璃桜の心にある感情が芽生え始めます。その感情とは、言うなれば『恋心』以外の何物でもありませんでした。長い年月行動を共にする事で聖剣との絆を深め距離を縮めていった二人は、全く同じタイミングで同じ相手に恋をしてしまっていたのです。


 初恋のタイミングと相手とが重なってしまった二人でしたが、その後の動向は真逆のものでした。

 元より押しが強く自尊心も高い恋双は、自らの想いを聖剣に伝えんとして奔走します。

 対する璃桜は元来落ち着いた性格であり、聖剣との身分差も弁えていたため、さほど積極的に行動を起こすことはありませんでした。その消極さたるや、影ながら主である恋双の恋を後押ししようとすることさえあったほどです。

 しかし現実とは実に意地の悪いもので、聖剣は恋双の想いに一切気付けず、それどころかある時、ある驚くべき事に気付いてしまうのです。


 それは五年間と言う月日で彼の心に芽生えていた、璃桜への恋心でした。温厚で控えめな性格の聖剣は、似たような性格の璃桜に対して無意識の内に恋をしてしまっていたのです。

 しかし同時に聖剣は、自らの恋が叶わぬものであることを理解していました。幾らお互いの相性が良く愛の力が強くとも、身分が不釣り合いな者同士が愛し合うことなど、この貴族社会に於いて許されるはずがないからです。

 聖剣は途方に暮れ、貴族という自らの身分を呪いました。どんな財産も地位も権威も、思い人へ堂々と想いを伝えることが出来ない彼にとっては無意味に感じられたからです。

 その一方で、同じく初恋を諦めきれない恋双は、遂に聖剣への告白を決意します。その旨を璃桜に伝えると、彼女は優しく微笑みかけて背中を後押ししてくれました。

 行動を起こすのは、明くる閏年の八月三十二日。古来よりヤムタ全土に伝わる伝説では、この日に告白した女の愛は必ず成就するとされていたからです(因みにこの八月三十二日という日付はある年の六大陸協議で『原因不明の怪奇現象が多発しているとの報告が相次ぎ、縁起が悪いから』という理由で消されてしまっており、同時にこのおまじないも意味を成さなくなってしまいました)。

次回、恋双の恋の行方は?

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