第十六話 俺と奴が殺人鬼と軍人で城内交戦中
ヴァーミンの有資格者としてその力を振るう繁と、彼に翻弄される大佐。
―前回より―
「うぉぉおおおおおおお!」
「ぐあああああああああ!」
「さァ喰らエ喰ラえェッ!」
溶解液が兵士の体組織を綺麗に消し去り、鉤爪が頸動脈を分断する。中堅戦力の中でも選りすぐりの精鋭達で構成された討伐隊であったが、変形する城と繁の奇策、そして彼の能力が故に、その数は加速度的に減りつつあった。
しかも繁の嫌な所は、如何なる物体をも的確に消し去ることの出来る溶解液を持ちながら、その力を殆ど使わないという事。即ち繁は本気で戦って居らず、それは軍人達にとって自らの実力を軽視されている事にも等しい行為であって、純粋な愛国心と努力で生き残ってきた討伐隊メンバーにとって死をも超える冒涜ですらあった。
メンバーの殆どを殺され、数少ない生き残りも無惨な姿にされ生きるのがやっとという中、ただ一人だけ繁の奇策をかいくぐり戦闘をやめない男が居た。討伐隊隊長・オップス大佐である。
「素晴らしいな、隊長殿。貴方の格闘センスは、私が見た中であるとほぼ究極の域にある。どうだ?軍を去り、我々と六大陸でラジオ番組を創らないか?」
「誰が乗るかっ、そんな誘いにっ!私が一生涯を賭して守ってきたこの国の、魂とも呼ぶべき王家を冒涜し、多くの命を奪ったお前の誘いになんて、乗って堪るか!」
「そうか……それは残念。今時王家が政治のトップに君臨するなんて正気の沙汰とは思えないんだがなあ」
「お前のした事に比べれば十分正気だろう!」
「それはそうだが、身勝手な制作や失策も一つや二つじゃないぞ?ノモシアで政権を握る王族は総じて国家予算を独占気味だっていう話だってザラだ」
「だから何だ!殺人犯が誇り高い王家を――「これは俺が独自のラインで調べてきたネタだ。捏造とかじゃねぇし、まぁフライドポテトでも食いながら聞いてくれ」
そう言って繁はオップス大佐にフライドポテトの包みを投げ渡す。しかしオップスはそれを辛うじて動く右手ではたき落とし、踏み潰してしまった。
「……おいおい、食い物を粗末にするとは頂けねえな。その行為でお前は、飯屋や調理師や農業者の思いと同時に、素材となった植物の存在意義までも踏みにじってんだぞ?国民の模範でなきゃならんよーな軍将校ともあろう男が、そんな真似をして良いはずねーべ」
「殺人犯如きにそんな説教をされるのは心外だが、確かにお前の言うことは、その点に限っては正論だろうな。だがしかし、軍人たるもの注意と警戒に心血注ぐ事を疎かにしてはならないのだ。そのフライドポテトに毒や爆発物が仕組まれていないと誰が断言できる?」
「……呆れた。何かと思えばそんな事か?大丈夫だ。貴方に何か出来るなら、もうとっくにそれをしている。まあ良い。とりあえず話だけでも――っおぅ!?」
繁の発言を遮るようにしてオップス大佐が投げたナイフは、繁の持つ黄色い箱によって直撃を免れた。
「……おい、こちらに戦う気が無いのに投げナイフとはどういうつもりだ?」
「黙れ。私は将校であり兵士だ。兵士とは戦士や騎士のように余計なプライドなど持たない生物だ。常に任務を最優先し、その為ならば如何なる手段をも厭わない。それはある意味、貴様らも同じ事だろう?」
「それもそうだな。それに引き替え騎士や戦士なんて連中は、確かにある一転に於いては強いんだろうが、動物行動学的には弱者と呼ばざるを得ない哀れな奴らだったよ。よし、話はやめだ。貴方とこうして言い合ってるのも楽しいが、そればかりとも――うぉおっ!」
オップス大佐の放った散弾は、再び黄色い箱によって防がれる。しかし流石にこの衝撃には耐えかねたのか、黄色い箱は音をたてて崩壊してしまう。内部から基盤やキーボード、液晶が崩れ落ちる。
「そんなものをまだ持っていたのか」
「この一発が最後だがな、しかしこれで、貴様の古式特級魔術は封じられた筈だ。発動体を失った魔術はその効力を失うか、暴走故術者に被害をもたらす……それは古式特級魔術とて例外ではない筈……」
「そうだ。それは実に正しい。だが……」
その後繁は少々間を置いて、オップスに問いかける
「それはあくまで『俺が術者だと仮定した場合の話』に過ぎない。だがしかし、この場に於いて建造物を変形させる古式特級魔術『ソワール・マルファス』を行使していた術者が、もし俺でなかったとしたら?」
「まさか……青色薬剤師かっ!?」
「彼女は魔術が得意でなぁ。攻撃系はからっきしなんだうだが、こういう分野だと滅法強くなるらしい。師と仰ぐ老婆は最早他界なされたが……その英知はしっかりと、彼女に受け継がれている」
「そんな馬鹿な……まさか本当に、回収計画をかいくぐって逃げ延びた古式特級魔術の使い手が居ようとは……」
予想こそしていたものの、十分信じがたい事態に狼狽えるオップス大佐。しかし彼と繁の脚は、既に変形した城によって吸い込まれつつあった。それに気付き更に騒ぎ立てるオップス大佐を宥めるように、繁は言う。
「狼狽えるのは止せ、将校。大丈夫だ。これも企画の演出さ」
その言葉と共に、二人は地面に吸い込まれていった。
時を同じくして、王家の面々と戦闘人員でない従業員達とが避難に使っていた部屋から、従業員達だけが綺麗さっぱり消え失せていた。
親父が言っていた。
『皿の上で塩焼きになった魚はお前のために死んでくれたんだ。
だから出来る限り喰わせて貰うのがせめてもの勤めだ』ってな