第百五十八話 ク・ソ・ガバメンット
脱出!
―前回より―
破壊的な轟音を立てながら観客席に突っ込む、漆黒の巨体―基、元デザルテリア国立士官学校高等部数学教員高志・カーマイン。
加速度を伴った膨大な質量を誇る彼の巨体は煉瓦で形作られた円形闘技場の内壁を悉く打ち崩し、嘗て煌びやかに彩られていた建造物を只の瓦礫へと変え、そこに座っていた者達―つい先程まで自らを見下し、支配者気取りで受刑者達を嘲笑っていた貴族・金持ち達をも、最早原形を留めぬ骨肉の切れ端へと変えていく。怒濤の進軍から逃れられる者は居らず、パニック状態に陥った観客達は訳も判らず逃げ惑い、高志が打ち砕いた壁の穴からは、命辛々生き残った罪人達が次々と抜け出していく。
「一体何だったの……? っていうか、高志は!?」
「九条……あれは一体……」
「詳しい事は解らん。だが少なくとも、高志を追わねばならん事だけは解る。行くぞ」
「了解した!」
「はい!」
かくして会場から脱出した三人は、高志を追って飛び立った。
―数十分後―
「ひのほうむだいじん! これはいったいどういうことだ!?」
「じじょうをせつめいしてもらおうか!」
臨時召集に応じて議事堂に集められた高官達が、口々にダリアを責め立てる。
その理由は極めて明白なものであり、老人達が口にする発言の全ては先程の処刑大会会場で巻き起こった惨劇並びに処刑執行者・罪人の脱走についての責任を問うものであった。
「……そう慌てないで下さい、皆様。まずは落ち着いて、冷静になりましょう。話はそれからです」
「これがおちついてなどいられるかっ!このごにおよんでゆうちょうなことをぬかすな!
おまえがじぶんのいしでとりおこなったりんじのしょけいたいかいとやらは、いまやさいあくのじょうきょうにおかれているのだぞ!」
「わがくにごせんねんのれきしがつまったわんごんだいとうぎじょうをかいめつさせたばかりでなく、おおぜいのししょうしゃをだし、あげくざいにんとしょけいしっこうしゃのだっそうをゆるすなどっ!
このようなじたい、わがくににおいてあっていいはずがないのだぞっ!」
「その事は重々承知しております、裳炎環境大臣」
「だいとうぎじょうのしゅうりひに、ししょうしゃいぞくなどしょはんへのそんがいばいしょう、そうじていくらかかるとおもっている!?
そもそもあのしょけいたいかいがわがくににとってじゅうようなしゅうえきげんであるとさいしょにしゅちょうしたのは、ほかでもないきさまじしんではないか!」
「ご意見はごもっともです、露裏異財務大臣」
「それよりもしんぱいなのはあのけがらわしいざいにんどもよ! やつらがこくがいでわがくにのきみつじょうほうをろうえいしでもしたら、すべてあなたのせきにんよ! ひのっ!」
「はい。その件への対策は既に練っております、曙譚防衛大臣」
貴族出身故に財力と地位ぐらいしか取り柄がないような大臣達の罵詈雑言にも等しい主張の数々を、しかしダリアは全て柔軟な対応で受け流しながら、会議は続いていく。
傍目から見れば性根の腐った老人達が一人の若者を相手に好き勝手八つ当たりしているようにしか見えない光景だが、これでも当人達は一応『政』をしているつもりなのである。ただ、その当人達というのは、政治の何たるかを全く理解していない単なる身勝手な老害共(それも精神年齢は平均14歳程度)なので、全くそうは見えないのであるが。
そして老害共が会議―という名の、八つ当たりと責任の擦り合い―に飽き始めた頃を見計らって、ダリアはこう切り出した。
「では、この件についての責任は全て私共『議会』が負う形とさせて頂きます」
「ふむ。いつにもましてものわかりがよいな、ひのほうむだいじん。しょうしょうかんしんしたぞ」
「有り難う御座います。雄班経済産業大臣。では、私はこれにて」
そう言い残し、ダリアは会議室を後にした。
―廊下―
「(老害共めが……大した実力もない癖に、此方が下手に出ていれば調子に乗りやがる。
元よりこの国の連中は大概ゴミ以下だとは感付いていたが、まさかここまでとはな……クソっ、イライラする!)」
険しい顰め面で廊下を往くダリアの歩みは何処か荒々しいもので、全身からは明らかに他者を寄せ付けんとする禍々しいオーラが溢れ出ていた。
「(っと、いかんいかん。つい感情的になってしまった……落ち着け俺。あんな連中のことより、今は計画の方が先決だ。あの計画さえ成功すれば、あとはどうにでもなる……こんな腐った国の法務大臣などではなく、世界をも手中に収められるんだ……)」
議事堂を出たダリアは、そのまま何処かへ姿を消した。
―数分後・とある地下施設―
「おぉ、これはこれは樋野大臣。お待ちしておりました」
薄暗いコンクリートの部屋を訪れたダリアを出迎えたのは、体中に肉食獣を思わせる彫り物を入れた筋肉質な体格の男だった。その目つきは狼のように鋭く、逆立った白髪は攻撃的な雰囲気を助長させている。
「大臣は止せ、樋野で良い。こんな時くらい議会のメンバーとしての姿は忘れておけ」
「はい」
「それで、例のモノはどうだ? 製造に支障は無いか?」
「はい。原材料のルートは粗方押さえました。機材のメンテナンスが終了次第、すぐ製造に移れるかと」
「そうか。機材のメンテナンスはいつ頃終わる?」
「推定ですが、明後日には完了するかと。これも樋野先輩が頑張ってくれたお陰ですよ」
「ッフ……先輩たるもの、後輩を助けるのは当然のことだ。楽しみにしておけよ、小門。この計画が無事に成功すれば、世界は我々のものだ……」
「解ってますよ、先輩。カタル・ティゾルは、俺達のもんだ……」
真宝の裏で蠢く陰謀の正体とは!?
次回、とある少女の悲しき過去!




