第百五十七話 僕のpetにはならなくてもいいけれど
処刑大会は過激さを増していく!
―前回より―
「ゥベャァァァ゛ァ゛アア゛アア゛ッ!」
九条達の誘導に乗せられた高志は観客席に突っ込むも、不可視の壁のようなものに阻まれてしまう。
観客達は咄嗟の出来事に冷静さを失いパニック状態に陥るが、障壁の存在を確認するや否や再び席に戻って観戦を再開した。
「んなっ、防御障壁だと!? 話が違うぞ!」
「どういう事だ、九条?」
「うむ。実を言うと試合前、ふと場内に向かって空き缶を投げ捨てる不届き者が居てな。
その様を見るに観客席と此方との間に障壁の類は無いものと考え、高志の奴をあそこへ突っ込ませる事で何とか外壁を崩せないかと考えたんだが……」
「学術者の九条さんだから知らなくても仕方ありませんけど、障壁魔術の中には限定的なタイミングで起動させられるタイプもあるんですよ」
「そうだったのか……。(しかしだとしてどうする?―えぇい、幾ら考えても大した案など浮かぶものかっ!)」
九条は熟考の末、高橋に言った。
「おい、高橋」
「何でしょう?」
「お前確か、先祖代々魔術師としての形質もあったよな?」
「えぇ、はい。厳密に言うと『気』といって、言わば純粋な生命エネルギーを根幹に据えた形式のものですけど」
「よし!十分だろう!それならその気の術には、魔術の中枢を探り当てたりとか、障壁を破ったりするような技はないか!?」
「障壁破りならありますが……幾つか問題点が」
「問題点、だと?」
「はい。まずこれは気というものの性質上仕方ない事なのですが、術そのものが至近距離での使用を前提としたものであるということ。一般的にイメージされるような、飛び道具としての魔術とはほど遠いと言うことです」
「成る程。問題点はそれだけか?」
「いえ。まだあります。この術は発動の為に一から気を錬成しなければならないため、発動までに最短でも四十分ほどかかります」
「四十分か……」
「発動可能になり次第私から合図を出しますので、それまでお二人は何とか時間を稼いで下さい」
そう言って、高橋はティタヌスの腕からすり抜けるように地上へと飛び降りていった。
「あ、おい、高橋! 高橋っ!」
「狼狽えるなティタヌス、奴には奴なりの考えがあるのだろう。それより今は処刑執行者共の注意を逸らすのが先決だ。
他の受刑者共とてどうせろくでもない理由で殺されそうになっているのだろう。既に半分以上が喰われてしまっているが、ここで出会ったのも何かの縁だ。残った奴らだけでも助けてやらねばなるまい」
「お前が見ず知らずの他人のために動くなど正直信じられないが、それもまた一興か」
かくしてティタヌスが再び高志目掛けて方向転換した、次の瞬間。
「ひぎゃああっ! た、助けてくれぇぇっ!」
恐怖の余り腰を抜かして動けなくなっている小太りの男の眼前に、高志と竜属種の女がゆっくりと迫る。男は何とかして逃げようと必至に後退るが、炎天下の上意図的に地面の温度が上げられている会場内ではただただ無駄に体力を消耗するばかりである。
「急げティタヌス! 高志は無理でも、あの青い竜属種くらいなら仕留められるかもしれん!」
「無理だ九条! あの位置ではどうやっても男を巻き添えにするばかりか、貴様さえうっかり殺しかねん!」
「フヴゥゥゥ……ア゛ァァァァ…!」
「ギィヒ、ァアュェェエッ!」
「っひぃぃぃぃ……」
男を壁際まで追い詰めた高志と竜属種の女が、全く同じタイミングで食らい付こうと大口を開いた、その時であった。
「うがっ!?」
「ギョベァッ!」
男のすぐ手前で地面が爆ぜるかのように土煙が舞い、その中から黒くうねる謎の物体が現れ、竜属種の女と高志を瞬時に叩き飛ばした。立て続けに薄平たいファンのような形状へと姿を変えた謎の物体は、回転によって高志を切り裂くように殴りつけると同時に、強風で会場全体に土煙を巻き起こすと、そのまま地中へ姿を消した。
「何事だッ――! ティタヌス! 飛行形態解除、着陸態勢に入れ!」
「了解!」
土煙で会場がパニックに陥る中、ティタヌスは冷静に着陸する。視覚に頼らずとも活動出来る高志もまた、どういう訳か動けなくなっていた。
暫くして土煙が晴れると、その向こうには驚くべき光景が広がっていた。
「…ゥゥ……ァアァ……」
「hrrruuuu……hrrrrruuuu……」
気絶している男の前に佇んで両手を翳す、受刑者と思しき桃色の髪をした一人の少女。
そしてその眼前で大人しく黙り込む、二頭の処刑執行者。その表情や声色に苦しみや怒りといった感情は無く、心底落ち着き払っているかのようだった。
その有様は例えるならば、獣医や霊能者によって冷静さを取り戻した暴れ牛のようであった。
あまりに異様な空気は観客や受刑者を混乱させるのに十分だったが、その混乱も長続きはしなかった。
―観客席―
「ふざけるなぁっ!」
「いんちきもたいがいにしろぉっ!」
「そうだそうだ! はやくそのがきをころせぇ!」
観客席から巻き起こる、怒声と罵詈雑言の嵐。今季最高の残虐ショーを期待していた彼らにとって、それを訳もわからぬまま終了に持っていかれるのは実に腹立たしいことであった。
「……一体なんだというのだ。あれほど凶暴で手の付けようなどまるでないかの化け物共を、一瞬にして下してしまうとは……」
「あら、何をおっしゃいますのカイメ元帥? この程度別になんら不思議なことではありませんワ。大方魔術でも使ったのでしょウ。
それより問題はダリアだわヨ。金谷、あの小坊主と連絡はついたのかイ?」
「まだですわ、ビッチアーナル公爵夫人。この非常時にまさか電波が届かないような場所にいることは無いでしょうけれど、もしかしたら電源を切っているか、着信拒否にしているのかも……」
「ぬぇえい、ダリアめぇ! あの小僧、己の管轄もほったらかしにして一体何所で何をやっておるのだ!
これだから成り上がりの政治家は――っ!?」
その瞬間、多くの受刑者・観客は再び言葉を失った。
謎の技術で処刑執行者の動きを止めていた筈の少女が、突如見る影も無い正体不明の化け物へと姿を変えたのである。
それは女性的なフォルムをした、目鼻の無い爬虫類もしくは両生類のような怪物だった。その全身は頭頂部並びに背後と尾部を除いて白く、扁平な尾は赤に近いピンク色というその姿は、例えば盲目の深海魚か洞窟に生息する有尾類・ホライモリ(オルム)のようにも見える。
そんな無表情の怪物へと姿を変えた少女は、止まったまま動こうとしない処刑執行者の体に手のひらを乗せながら、優しく語り掛ける。
【怖がらなくても大丈夫。もう苦しむ必要性なんて、何所にもあるわけないのだ】
そう言いながら少し空中に浮かび上がった怪物がゆっくりと前進を始めると、高志と竜属種の女はそれに追従するかのようにゆっくりと方向転換し、ついに南東―黄金郷の面々が座る観客席の方角へと向き直った。
「――ティタヌス」
「何だ」
「高橋の通信機にすぐこちらへ戻るよう連絡を入れろ。大至急だ」
「了解したが……何故だ?」
「理由は何れ判る。ともかく、これはチャンスかもしれんのだ」
―同時刻・観客席―
「……金谷よ。ノモシア神話外典ミガサ記、第八部八章一節を読んだ事はあるか?」
「申し訳ございません、乱堂様。ノモシア神話は正典しか読んだことが……」
「そうか……ならば良い」
「外典ミガサ記がどうかしたのですか?」
「いや何――状況が似ていると思ってな」
「それは、良い状況でしょうか?」
金谷の問いかけに、乱堂は抑揚の無い声で答える。
「否―――死人が大勢出る」
乱堂が言い終わるのと同時に、なにやら薄い窓ガラスが割れるような音が当たり一面に響き渡る。
その音の正体を知っているビッチアーナルは、すかさず金切り声で叫ぶ。
「障壁を割られたワ! みんな、早く避難するのヨ!」
次回、規格外の超脱出!




