第百五十一話 スッチャッターズ すぺしゃる
絶望の果てに…
―前回より―
「赤の三十四番です」
不確かな希望は、その一言で確かな絶望へと姿を変えた。
「んなぁああああっ!」
「ちくしょぉおおおおっ!」
「馬鹿な……こんな事が……」
「ああぁああああああっ! うわあああああっ!」
賭けに参加していた客達は総じて絶望し、落胆する。中には全財産を叩いて買ったチップ全てを賭けた者も要るらしく、そういった者に至ってはショックのあまり卒倒し出す有様である。
しかし大多数の者は怒りや悲しみ、悔しさといった感情のエネルギーが暴発し、怒り心頭で荒れ狂う。
ふと、客の一人が乾を指差して言った。
「おいお前! そこの最前列で座ってる犬野郎! それもこれも全部お前の所為だからなっ!」
その一言を合図にするかのように、客達の視線と怒りがが乾に集中する。
「そうだ、元はと言えばこの男があんな出鱈目を言い出さなければ、我々はッ!」
「そもそもあんな奴の言うことなんて信じなければ破産なんてしなかったのよっ!」
「っていうか何だよあいつら! いい酒呑んで、いい女侍らしやがって!」
カジノルームが客達の怒声でより騒がしくなり、武隷面頭の四人へ避難や怒号が降り注ぐ。
荒れる空気を察したのか、いつの間にか彼らの側に居た女達も何処か(恐らくはスタッフルーム)へと逃げ去っている。
義務教育生のまとまらない学級会議どころではない激しい言い争いが勃発し、猫系禽獣種・驢馬系禽獣種・鶏系羽毛種の三人は迫り来る客達に対抗。そして、ふと一人の客がまだ中身の残った酒瓶を振り上げた瞬間。
「黙りやがれェッ!」
乾が怒鳴るのと同時に、振り上げられた酒瓶が粉々に砕け散った。同時にその場は一斉に静まり返り、一瞬全員の動きが止まる。
「やっぱ話にゃ聞いてたが、三咲町ってなァ終わってンなぁ! えぇ!? 賭博ってなァ要は勝負! 店とテメーで戦ってんだろ!? それだってのにテメー等はよォ……ったく、テメーが負けた責任ぐれぇテメーで取れってんだ!」
何という自己中心的な物言いであろうか、とは誰もが思った事だったが、乾は立て続けにディーラーを指差し言い放つ。
「つーかそもそもの元凶はテメーだよなぁ、ディーラー!」
「?」
「惚けんじゃねぇ! どうせテメェ、店側の指示でイカサマやらかしたんだろうが!」
「そ、そんな! 当方はそのような事、断じて致しません!」
ディーラーの男は必至で反論するが、その程度で乾が引き下がるはずもない。
「るせェ! 商売人が言い訳すんなァ! 見苦しいんだよッ!」
「し、しかしお客様、ルーレットでイカサマなんてそんな――
「黙れ! 台に魔術対策がしてあるからイカサマ出来ねぇとでも言う気なんだろうが、そうはトンヤがおろさねーぞ! どうせ磁石か何かで操ってんだろ!?」
「や、磁石なんて入ってませんよ! ボールにこの鉄製ゼムクリップが貼り付かないのが何よりの証拠です!」
「誰が玉に磁石入れてるって言ったよ!? プラスチック玉の中に鉄球入れて、台に磁石仕込んでるんだろ!?」
「仕込んでませんったら! そんな事したらルーレットの重さが偏ってちゃんと回らなくなるでしょ!」
「全部のマスに電磁石仕込みゃ問題ねーだろうが! 悔しかったらバラして潔白証明して見せろ!」
「ああもう、あんたってヒトはああ言えばこう言う! 一介のディーラーが店の備品勝手にバラせるわけないでしょ!」
「そうやって上手くやり過ごせるとでも思ってんのか!? テメェ何処まで客を虚仮にすりゃあ気が済むんだ!?」
乾がディーラーに殴り掛かろうとした、次の瞬間。
光源不明の強い閃光がフロア全体を照らし、その場に居た全員の視覚を封じ怯ませる。
「うをっ! 何だこりゃあ!? 一体何が起こってッ――
「いやいやいやいや、見苦しくて見ておれませんな」
「本当にねぇ。未来の型月裏社会を担う武隷面頭の皆様がこの有様では、乾家の名が声を上げて泣くというものですわ」
気が付けば、ルーレット台の上に何とも怪しい男女二人組が佇んでいた。
服装自体は普通の喪服めいた黒スーツであり、体格的にもさほど怪しさは見受けられない。しかし見る者の目を惹くのは何と言ってもその頭部であり、どちらも独創的で奇抜なデザインのフェイスマスクを被っていた。マスクの形はそれぞれ男がバッタ型で、女が羽根の生えた蒼い目玉である。
「な、なんだテメェ等っ!? この店の奴か!?」
乾の問いかけに、バッタ型のフェイスマスクを被った男が答える。
「お初にお目に掛かります。私ら本日より此方でお世話になってます、ごきげん用心棒と申します」
「ご、ゴキゲンヨージンボーだぁ!? ふざけんじゃねーや! そんな用心棒が何処に居るんだェ!?」
「そうだそうだァ! 大体そのゴキゲン用心棒とやらが俺ら武隷面頭に何の用だってんだ!?」
「俺がティッキィンだからってナメてっとイテー目み――ぐべぁっ!」
刹那、バッタマスクの右脚が鶏系羽毛種の側頭部を蹴り飛ばした。
「と、鳥居崎ィー!」
「てンめぇ! 何しやがる!? 一体何が目的だぁ!?」
「何って、お店を守る為ですけど」
「そうそう。あなた達が他のお客様に迷惑をかけているので追い払いに参りました」
「追い払いに参りましただとぉ!? 何を世迷い言抜かしてやがる! そもそもこうなったのはディーラーがイカサマかましたからであって――っ!?」
だん! という鈍い音と共に、バッタマスクがルーレット台の上にあるボールを叩き潰した。
「……貴方は確か、『ボールの中に鉄球を仕込み台の電磁石で操る』と、仰有いましたね?」
「……」
それまで強気だった乾達武隷面頭の面々が急に青ざめたが、それも仕方のないことだった。
というのも、バッタマスクが叩き潰した白い玉というのは単なる白い樹脂の塊でしかなく、そこには鉄球は愚かそれらしき金属片さえも含まれて居なかったからである。
「……ざけんなよ……」
ふと、誰かが言った。
その一言を皮切りに、客達の怒りが爆発する。
「ふざけんなぁっ!」
「何がイカサマだ! 全部お前の言い掛かりじゃないか!」
「私達を騙したのね!? 許さない!」
「太ェ野郎だ、ぶっ殺してやる!」
しかしそんな彼らの発言を遮るように、乾は叫ぶ。
「うるせェーッ! テメェ等、俺が誰だか解ってんのかァ!? 俺は乾流死不壊流! 未来の型月を影から支配する――
「出鱈目言わないで下さいな」
「あァッ!?」
遮りの一言に続けて、目玉マスクは言い放つ。
「乾政孝はつい先日、臣下・高藤に狼餓会会長の座を譲りましたよ」
「んなっ!?」
それを聞いた武隷面頭の面々の表情が明らかに曇った。まるで嘘がばれた子供のようである。
「あと、乾政孝は結婚どころか恋人さえ居ないそうですよ」
『はぁっ!?』
その一言によって、場の空気は更に悪化する。
乾が言っていた『自分は狼餓会五代目候補である』という事が、根も葉もない全くの大嘘だと知らされた客達の怒りはピークに達し、その殺意は総じて武隷面頭の四人に向けられていく。
「どどどどど、どうすんだよ乾ィ!? 俺ら囲まれてんぞ!?」
「っせーバァカ! こういう時する事ったら決まってんだろォ!?」
「どうすんだェ!?」
「こうすんのさァッ!」
乾は懐から白いピンポン球のようなものを取り出し、それを床面に投げつける。
地面で炸裂したそれは白い煙を周囲に撒き散らし、客達が目潰しを食らった隙に四人はその場から逃げ出した。煙というのは粉末状の石灰であり、要するに『チョーク』や『校庭の白線』と同じものであった。
「煙玉か……ベタだな」
「どうする? あいつら追うの?」
「ったりめェだろ。生きてること後悔させてやる」
フェイスマスクによって煙幕から逃れた二人の用心棒は、武隷面頭の後を追って走り出した。
次回、武隷面頭VSごきげん警備員!