第百五十話 ギャンブラーズ
それは翌日の出来事だった……
―前回より―
「ぎひぁああああああっ! クソっ、どういう事だってんだよぉっ!」
「おい乾てめぇっ、話が違うじゃねーか! どういう事だよ!?」
「お、俺だってしらねーよ! 前に来たときはどいつもこいつもひ弱な雑魚ばっかで、ちょっと脅すだけでどうにでもなってたんだ!」
「じゃあ何だったんだよあの変なマスクの二人組はぁっ! あんなのが居るなんて聞いてねーぞ!」
雑居ビルを装った違法カジノの裏にある路地で息切れを起こして倒れ伏すのは、それぞれ体格も種族もバラバラなチンピラの四人組。見るからに柄も頭も悪そうなこの男達が何故こんな目に遭っているのか、そもそもの発端はほんの二十分前程に溯る。
―約二十分程前―
「オウオウオウオウ、邪魔すんぞコラァ!」
「お邪魔しますだゴルァ!」
「ひれ伏せや! 敬えや!命乞いしろや!」
「俺ら天下の『武隷面頭』だぞウルァ!クルア゛っ!」
大声を上げながら違法カジノへと現れたのは、見るからに柄も頭も悪そうなチンピラの四人組だった。
それぞれ貧相な犬系禽獣種、大柄な驢馬系禽獣種、肥満体の猫系禽獣種、小柄な鶏系羽毛種という組み合わせで何れも楽器を背負い、服装は典型的なパンクロックスだかヴィジュアル系メタルだかのものだった(何れも絶望的に似合っていなかったが)。
「いらっしゃいませ。カジノ『トレクワーズ』へようこそ。本日は如何為さいますか?」
「博打に来たに決まってんだろダラズ! 取り敢えずチップ一万枚寄越せゴルァ!」
そう言って犬系禽獣種の男は、レジに三枚の万札を叩き付けた。この店はチップ一枚単位100円である為、当然一万枚など買い取れる額ではない。しかし受付はそれでも落ち着き払った態度を崩さない。
「畏まりました。担当の者に運ばせておきますので、二階カジノルームのロビーでお待ち下さい」
「早くしろよ!? あと酒と女だ! とびきりの上玉を用意しやがれ!」
「安モンの酒出したり、目も当てらんねーブス連れてきたらどうなるか解ってんだろうな!?」
「そうだそうだぁ! もしこの『武隷面頭』に恥ィかかせてみろ、オメー等全員纏めて悲鳴も上げらんねーような目に遭わせてやるからそう思え!」
「はい」
「ハイじゃねぇぞハイじゃあよう! この俺が誰だか解ってんのか!?」
「はて、存じ上げておりませんが」
「ぬぁんだと!? テメェ、この乾流死不壊流を知らねーってのか!? 存在がもう終わってンだろォがよッ!」
「そうだそうだぁ! 乾流死不壊流と言えば型月の闇を支配するセカイの統率者、狼餓会四代目会長・乾政孝の一人息子―つまりはミライの狼餓会五代目会長様だろうがぁ!」
「はぁ、それは素晴らしい。しかし存じ上げない私」
「ったく、仕方ねーなぁ! その調子だとどうせ俺達武隷面頭の事も知らねぇんだろぉ!?」
「えぇ、全く知りません」
「っかぁ~! 何も知らねぇとか終わりすぎだろ! まぁいい、教えてる時間がもってーねぇ! それよりさっさとカジノルーム行くぞ!」
「「「応ッ!」」」
騒がしいチンピラ四人が立ち去ったのを確認すると、受付の男は何処かへ連絡を入れた。
「もしもし、私です。はい。例の四人組、言われた通り二階に通しておきました。はい、えぇ、それでは」
―それから―
「うぉっしゃあ! 賭けて賭けて賭けまくるぜぇ!」
それ以降、武隷面頭の面々は人目も憚らずカジノゲームを堪能し尽くしていった。
バカラやブラックジャック、レッドドッグ、トラントエカラント、デューズ・ワイルズ、各種ポーカーといったトランプゲームから、クラップスやチャック・ア・ラック等のダイスゲームの他、ルーレット、ブール 、マネー・ホイール、ツーアップ、ファンタン等、各種テーブルゲームを盛大に荒らし回る。
様々な高級酒を湯水のように飲み続け、際どい身なりの女達を侍らせている彼らの態度たるや、まさしく思考の安い成金富豪のそれであり、他のまともな客からしてみれば目障りなことこの上なかった。
因みに賭けの勝敗に関してであるが、甲乙付けがたい状況とはいえ店側から半ば強奪したに等しい一万枚のチップは徐々に減り続けていく一方であった。
―暫くして―
「おいおいどうすんだよ乾ィ! もうチップ百枚くらいしかねーぞ!? まだ賭けんのか!?」
「やめとけよ乾ぃ~俺、スって文無しになっちまうお前の姿なんて見たかねーよォ~」
「馬鹿野郎ッ! ミライの型月を背負う裏社会の究極超新星の乾に敗北なんてあるわけねーだろ! なぁ、乾!?」
「ったりめぇよォ! この俺様をナメんじゃねぇ! 百枚が何だ!? そんなもんチョイチョイチョイのパッパッパで百万枚にでも増やしてやらァ!」
乾の無計画かつ行き当たりばったりな賭けの所為で減りに減ったチップの残り枚数、僅か百枚。
しかしそれでも尚開始当初の勢いを失わない乾は、更なる賭けに打って出た。
彼が起死回生の賭けに用いるのは、『カジノの女王』とも呼ばれる程有名なテーブルゲーム・ルーレット。それも最高レートのものを選び、全てのチップを掛けるという。
「おいディーラー! 黒の八番! |黒の八番だ! 黒の八番に俺の手持ちチップ全部賭けさせやがれ!」
「黒の八番で宜しいですね?」
「そうだ! さっさと回せ!そんで投げろ!」
「畏まりました」
乾が賭けを終えると、続いてディーラーがホイールを回し、反対方向へ回るようボールを投げ入れる。
更にそこで、乾がとんでもない事を言い出した。
「おいテメェ等よぉく聞けェ! この俺、乾流死不壊流様は天才的なまでに勘が鋭ェ!
ガキの頃から予知能力があるって噂されるほどに勘が鋭ェンだ! だから解る、だから解るんだよ!
この賭けは当たる! この黒の八番への賭けは当たるんだよ!
さぁ賭けろ! 兎に角賭けろ! 絶対に当たる! 当たらなきゃおかしい!命に誓っていい! 当たるんだよォッ!」
何という無責任な発言であろうか。しかしそれでもここは型月首都奈木乃子の中枢・冬木市は三咲町であり、故に集まる者達はノリで動きやすい所がある。
その結果乾の煽りに乗せられた客達は、我も我もと手持ちのチップを賭けていく。その殆どは多くて半分程度を賭ける程度だったが、中には全てのチップを賭けて大勝負に出ようとする者も居た。
そしてゆったりとした回転の末にボールが落ちたポケットを、ディーラーが宣言する。
「赤の三十四番です」
これぞ、絶望である。
バカ共よ、これが絶望だ!