第百四十六話 夜に舞う者達の系譜
事は翌日早朝、十日町家の書庫にて。
―前回より―
「ふむぅ……これは中々に深いのだ……」
翌朝早く、十日町家の書斎にて一冊の本と睨み合っているのは、有角種の少女・芽浦春樹であった。
彼女が今読んでいるのは、ヤムタの歴史に於ける『ダークサイド』を扱っている本であり、所謂裏社会の動きであるとか、心霊現象や地球外生命体に関する記事などのオカルト関連が主であった(魔術や怪物の類がさも当たり前のように存在するカタル・ティゾルにも、一応『オカルト』に該当する分野は存在する)。
そしてその中でも春樹が注目していたのは、嘗てヤムタの一部地域に棲息していたという『夜魔幻』なる種族についての記事だった。
夜魔幻の主立った特徴は俗に言う『吸血鬼』に似ており、地球のみならずカタル・ティゾルに於いても世界各地に数多く残されている吸血鬼伝説の由来になったのではないかという説が有力である。あらゆる動物の血を啜り肉を貪る不老の一族と表現され、卓越した生命力と身体能力を誇り魔術にも長け、直接的な戦闘では向かうところほぼ敵無しであるという。
その体液には生物の細胞を変異させる作用があり、血肉を摂取する他傷口等から唾液が体内に入るなどした場合、後天性の夜魔幻になってしまうという(但しその確率は極めて低く、多くは夜魔幻の力に耐えきれずに死んでしまう)。
夜魔幻という名の通り主な活動時間帯は夜間であり、多くの個体は皮膚が紫外線に弱い為日光を浴びると皮膚が焼け爛れ、最悪の場合死に至ることもあるという。
「えーと……『その他、多くの個体がニンニクやネギ等を毛嫌いし、流水や十字型のものを恐れる傾向も多々見られる』……うーん、どこからどう見ても吸血鬼なのだ。
んと……『その圧倒的な力故に人類にとって最大の脅威とさえ目された夜魔幻だが、元々個体数が少なく繁殖能力も無いに等しかった事もあり、次第にその勢力は衰退し絶滅してしまった』……『しかし―
――「『しかしながら筆者が思うに、夜魔幻という種の歴史はまだ終わってなど居ないのかもしれない。その継続を実証するものが何も残っていないなど、誰にも証明する事は出来ないからだ』……典型的な締め括りですね。しかし『貴方の身近にも』や『貴方ならどうする?』といった中古品の煽り文句を使っていない辺りは評価に値します」
春樹の背後から現れ本の続きを読み上げたのは、家主・十日町晶であった。
「あ、ご令嬢さん。お早う御座いますなのだ」
「はい、お早う御座います芽浦様。如何でしょう、我が家の蔵書は。芽浦様のお眼鏡に適っているでしょうか?」
「うん、とっても満足なのだ」
「そうですか。それは何よりです。ところで、夜魔幻に興味がおありなんですか?」
「興味があるっていうか、偶然この『ヤムタ暗黒歴史辞典』っていう本が目に入ったのだ」
「あぁ、その本ですか。信憑性はともかくとして、読み物としての出来は中々のものですよね」
「そうなのだ。こういうのは嘘か本当かで言い争うより、とりあえずお話として捉えて楽しむのが一番なのだ。『学問はある種の玩具だ』って、ツジラも言ってたのだ」
「『学問も玩具』……ですか。確かにそう言われてみればそうかもしれません」
「要は何もかも心意気なのだ。それで全部解決する訳じゃないけど、少しは気楽に生きられる筈なのだ」
かくして十日町家の朝はのどかに過ぎていく。
―同時刻・三咲町―
「ここが三咲大劇場か……」
「それで、劇場の前をずっと進んでいくとじきに『プレアデスタワー』が――あぁ、あれだね」
幾ら眠らない町の異名を持つ三咲町とはいえ、流石に早朝の時間帯は開いている店も人通りも少ない。
そんな静かな三咲町の大通りを進むのは、我らが主人公辻原繁とその従姉妹にして相方の清水香織である。深夜遅くにキンムカムイの遣いを名乗る者からの連絡を受けた二人は指示された場所―三咲町のシンボルとも言える巨大建造物・プレアデスタワーへと向かっていた。
「しかしあの時は驚いたよな。まさか四時半にいきなり電話が鳴るとは……」
「有り得ない大音量だったしねー。お陰で他のみんなも起こしちゃったし」
「んで、使用人の皆さんはまぁ早起き出来たって事で準備始めてたそうだが、ご令嬢やニコラ達はどうしてた?やっぱ二度寝か?」
「いんや、皆起きてたよ。春樹ちゃんは書庫で本読んでるし、桃李さんと羽辰さんは聞き込みがてらキノコ狩り行くって」
「十中八九毒キノコだな……んで、あとの三人は?」
「三人揃ってリューラさんの部屋でゲームやってる筈だよ。確か格ゲーか何か」
「BL○ZB○UE?」
「いや、メ○ブラの最新作」
「猫が空飛ぶ奴か……」
等と適当に語らう内、二人は遂にプレアデスタワーへと辿り着いた。地上60階もあるその巨大な建造物はそれぞれの階層が様々な目的で用いられており、しばしば各種媒体でも取り沙汰される他、『蒼刃伝説』の撮影に使用された事でも有名であった。
今日繁達が目指すのはその23階。表面上はさる企業の事務所という事になっているが、どうやらそこにキンムカムイの遣いが居るらしい。
「それにしてもどんな奴なんだろうな、キンムカムイの遣いってのは」
「電話口で聞いたときの声とか喋りだけから推察するなら壮年の男って感じだったけど、そう思わせてるだけって可能性も捨てきれないよね」
「そもそもこっちは情報面でのアドバンテージがまるで無ぇからな。かと言って予備情報無しだと単なるカチコミになっちまって品が無ぇ」
「だよねー。色々余計なことしないと只の殺人中継になっちゃうし」
「そうなったらもうツジラジじゃねーよ。『ツジ』抜けて単なる『ラジ』だよ。若しくは『ツジラ』抜けて単なる『ジ』だよ。そうなるともう面白み云々の次元じゃねーよ」
「確かに『ラジ』はまだ言葉になってるけど『ジ』だと最早何のことなのかさっぱりだよね。アルファベットとか漢字ならまだしも、片仮名だし」
「やっぱそう思うだろ?っつうわけで警備員さん、中に入れてくれ」
「いや、何が何なのかさっぱりだし部外者入れられねーよ」
繁にいきなり話題を振られたガルディミムス系地龍種の警備員は、あくまで淡々と事務的に答えた。
「そう言わないでよ警備員さん。私ら23階に行かなきゃならないんだよ」
「23階? 用件は何だ?」
「さる御方とそこで待ち合わせしてんだよ」
「サルオカタって誰だよ?」
「それはちょっと言えないんだ、悪いね」
「いや『悪いね』じゃねーよ! 言えないような相手と会う約束とか益々入れられねーよ!」
「そう言わず入れてくれよ……」
「駄目だ。どうしても入りたきゃ誰と会うのかぐれぇ教えろ」
「仕方無いねー……じゃあちょっと、耳貸して」
「ん? あ――うぉあっ!?」
そう言って香織は警備員の腕を掴んで強引に引き寄せると、腰を抱くように近付いて耳打ちする。
更にそれと同時に自らの胸(七十七話後書きで言及したが平均からすれば巨乳に該当するサイズのもの)で警備員の腕を包み込むように挟んで押し当てた。
そんな事をされてしまえば、父子家庭という環境もあって生来女っ気など無かった警備員は緊張の余り動揺せざるを得なくなり、当然話を聞いているどころではなくなってしまう。序でに香織の(十割方漫画などの媒体から得た情報で構築されている)色っぽい声と喋りや、十日町家の風呂場にあった超高級洗髪料の臭いが、警備員の精神を更に不安定にさせる。
「と言う訳なの……っと」
かくして極めて古典的な(それ故に二人も『明らかにダサイ』と考えており遂行は完全に駄目もとだった)色仕掛けらしき作戦によって警備員の動きを封じた香織に続いて、繁が警備員を頭突きで完全に気絶させ、タワー入り口の鍵を拝借(その証拠に二人は裏口を開け次第鍵を警備員に返した)。かくして二人はプレアデスタワーへと入っていった。
次回、プレアデスタワー23階で待つ『遣い』の正体とは!?