第百四十一話 超絶昆虫ボッケー・モス-暴露編-
突如現れた女の正体とは!?(注:監視カメラを見張っていたポクナシリ機関員の記憶が曖昧であった為報告とは若干異なる場合があります)
―前回より―
「おぉ、お客様! どうしはりました? うちの商品に興味がおありなんでっか?」
ヌスッター一味の怪力担当・盾壁太助は、突如店の前に現れた男性用黒スーツという服装に、鷺のような鳥を模した前衛的なマスクを被った緑髪かつ細身の女に訪ねた。何やら怪しいが、もし仮にこの女が騙されてくれるのならそれに超したことはないと思ったからである。
「えぇ、そりゃあもう興味津々ですよ。この写真を一度目にしたならば、私のような者としては注目せざるを得ませんからねぇ」
「そうですかぁ。いやいや、お姉さんが虫を見る目のある人で助かりましたよ」
「いやぁ、有り難う御座います。実はそちらのムシスキー博士と同じくラビーレマの大学で生物学を学んでおりまして。失礼ですが博士、出身の大学はどちらで?」
「え、あ、出身? 出身……は、そう! 列甲! 列甲ですよ! 列甲大学の昆虫学部を首席で卒業しまして!」
「あらぁ、そうなんですか! いやはや流石は天才! 昆虫学会のカリスマと呼ばれるだけありますねぇ! 列甲大学に昆虫学部なんて存在しないのに!」
「「「え?」」」
場の勢いに任せて適当な事を言っていた三人は、それを効いて一様に唖然とする。
魔術・学術など幅広い分野を受け持つ列甲大学だが、その学部及び学科は魔術・学術という二つの『系列』で区切られ、更にそこから大分野事に区切られた三つの『学部』へと分類される。この内学術系列の学部は『理学部』『工学部』『情報学部』の三つであり、昆虫学は学部を更に細かく区切った『学科』にさえ属していない(生物学は大まかに『界』単位の通称で区切られているため)。
「存在さえ公的に知られていないコアな学科を首席卒業するなんて!流石はカリスマ! 流石は天才!」
女が更に捲し立てると、ノリ任せの町民達も釣られて騒ぎ出す。
「因みに私はエリートでも天才でも無かったので学術専門の『アコニト南理科大学』に進学したんですけどね」
「あぁ……アコニト南理科大学ね……あそこ、いいとこよねー」
「はい、良いところですねぇ」
「まぁ与太話もこれくらいにしてさぁ、お姉さん。どうよこれ? 新種の幼虫。一匹一万円なんだけど」
「あぁ、その子達ですか? 博士がアクサノの熱帯雨林に潜って捕まえてきたというのは……」
「そうよそうよ、そうなのよー。で、どうなの? 買うの? 買わないの? 勿論買うよねぇ? あの写真見ててあんだけ言ってたんだもん、買わない方が変だよねぇ?」
インセク・ムシスキーもとい、ヌスッター一味の参謀・善田重光とその仲間二人は商品を売り捌こうと必至である。
「あぁ、それね……買いませんよ?」
『「「「え?」」」』
女の返答に、その場にいた全員―ヌスッター一味他、客である町民達までもが一斉に素っ頓狂な声を上げる。
「当然ですよ。だっておかしいじゃありませんか、色々――というか、全てが」
「どこが可笑しいってのよ?」
「そうだそうだ! どこがおかしいってんだ!」
「いい加減なこと言ってると営業妨害で警察呼ぶわよ!?」
販売員の女―もとい、ヌスッター一味のリーダー・八田紀子が言い返すと、それに釣られた町民達も女を責め立て始めた。
「……どこがって……一々指摘しなきゃ解りませんか?
まぁ三咲町民が三度の飯より好きなものといったら『祭り・宴会・喧嘩』と言われるほどですからねぇ。場の勢いに乗せられてしまって判断能力が鈍ってしまったんでしょうが……致し方有りませんかね」
女は地面に落ちていたフリップを拾い上げ、掲げながら言った。
「まずこの写真ですが……カメラ愛好家の方とかだと見ればすぐ解る筈ですが、合成です」
「ご、合成っ!?」
「はい。ノモシア由来の言葉で言うと、コラージュです。それもかなり粗末な代物の」
女がそう言うと、少しばかり冷静さを取り戻した群集の中から年老いた陸亀系有鱗種の男が歩み出て来る。
「仮面のお嬢さんや、その写真チトこの老い耄れに見せてはくれんかの」
「えぇ、構いませんが……貴男様は?」
「名乗るほどの者じゃありゃせんよ。ただ、この街で写真館をやっておっての。そこからか、街の者からは、『写真機翁』なんぞと呼ばれとる」
「写真機翁様、ですか」
「左様。してこの写真じゃが……ふむふむ、なぁるほどのう……」
「爺さん、どうなんだ?」
親しい間柄の若者が問いかけに、写真機翁は思わせぶりな仕草で応えた。
「こりゃあ、確かに合成じゃな。それに粗末と言うほか無いほどの出来じゃ。更に言えば、愛が無いわい。今時は稚児の工作でもこうなる事は希じゃろうよ」
『はぁあああああああああ!?』
『えぇえええええええええ!?』
「…なぁっ……馬鹿な……」
狼狽えるヌスッター一味(特にコラージュ写真を作成した善田)に、女は更に追い打ちをかける。
「あとここに映ってる……ボッケー・モスでしたっけ?
これ、本当に蛾なんですか? ムシスキー博士」
「あ、当たり前じゃないのよ! そいつは正真正銘の蛾だよ!」
「そうなんですかねぇ……いや、これはどう見ても蛾じゃありませんね。
まず頭部―特に口元なんですが、鱗翅目―即ちチョウや蛾の成虫というのは原則的に管状の口吻で花の蜜、樹液、果汁、動物の体液と言った比較的粘度の低い液体を摂取するものなんですよ。
それが何です? このボッケー・モスにはワニを頭から丸かじりにするほどの大顎がある……これでは到底、アクサノの熱帯雨林に棲息する鱗翅目とは言い様がありませんよ」
「じゃ、じゃあ何だってのさ!?」
「そうですねぇ、差詰めこの口の形は鞘翅目か膜翅目、或いは直翅目や蜻蛉目といった辺りが妥当でしょうか」
「な、何やねんそら!? わけわからんでぇ!?」
「コガネムシかハチかバッタかトンボ辺りって事ですよ。まぁ世の中にはコバネガ科なんて例外が居て、大顎で花粉を噛み砕いて食べたりするそうですが、この形態ではコバネガ科とも言えそうにありませんねぇ」
「ぐぬぬぬぬぬぬぅ……」
「小癪な小娘めぇ……」
「何でしたら、まだ指摘しましょうか?問題点」
「良いとも! 指摘してみろっ!」
「どうせ直ぐにボロを出して何も言えなくなるだろうけどねっ!」
「学者気取りが偉そうにすんなや!」
「学者気取りねぇ……まぁ確かに、私は学者気取りですけども……」
それからというものの、女はボッケー・モスの形態に於ける問題点を次々と指摘して行き、それらは何れもそれなりに的確であったため、町民達の度肝を抜いた。
シメに写真のボッケー・モスが紙粘土で作られた偽物である事を見破り、更に売られていたイモムシの正体も、|右腕に内蔵されたX線撮影機によって暴露してしまった(というのは、ヒトをも超えるほどに大きな節足動物は総じて内骨格を持っている事に由来する)。
かくしてヌスッター一味の悪事は露呈。町民達によって取り囲まれた三人は逃げ場を失ってしまった。
「さぁ、観念するんだヌスッター! お前達の悪事もここまでだぜ!」
「今し方三咲署に連絡を入れたわ。じきに警察がやって来る筈よ」
「罪を重くしたく無ければ、下手な行動は慎むことですね」
多くの町民達は安堵していた。あとは警察が到着するまでこの三人が逃げないよう見張っておくだけだ。川鵜の男は飛んで逃げるかと思ったが、どうやらそれ程の運動神経すら持ち合わせていないようだ。
ただ、現実というものは実にサディスティックであり、同時に何事に於いても『絶対にこう』と言い切れることなど無いのである。
即ち、あらゆる物事には何らかの"例外"が存在するのである。というか、例外は存在しなければならないとさえ言い切れよう。
そして今日もまた、"例外"は万人に等しく訪れる。
次回、『超絶昆虫ボッケー・モス-決着編-』 お楽しみに!