第百四十話 超絶昆虫ボッケー・モス-詐称編-
三咲町で果たして何が起こったのか!?
―前回終盤より少々前―
事の発端はある午前中、三咲町の西にある広大な空き地・『三咲大劇場前広場』にて起こった。
「さぁさぁ~寄ってらっしゃい見てらっしゃい見てらっしゃい。見なきゃ損だよ寄らなきゃ泣くよ~」
そんな(作者・蠱毒成長中なりのアレンジが加えられた)決まり文句で道行く人々を呼び集めるのは、長身痩躯でモデル体型の豹系禽獣種に属する若い女であった。簡易テントに段ボール箱を積み上げ、更にコードレスのレジ釣り銭機を構えているところを見ると、何かの実演販売でも始めるかのようである。
更に続いて、肩幅が異常に広い河馬系禽獣種の男が奥から段ボール箱と樹脂と思しき板を運び出してきた。
その文面のインパクトに釣られた道行く人々が集まり、次第に黒山の人だかりと成っていく。
二人の豹系禽獣種はある程度人だかりが集まったのを確認すると、拡声器を片手に大声でこんな事を言い出した。
「今日ここに集まってきてくれた皆様は超ラッキーですわよん! 何たってこのカタル・ティゾル始まって以来他に類を見ない世紀の大発見を目の当たりにするんですからぁ~ん!」
「ブッたまげて度肝抜かすこと間違い無しやでェ! 何たって今日ご紹介させて頂きますんは此方ァ!」
河馬系禽獣種の男は小脇に抱えていたフリップを誇らしげに高々と掲げ、仲間である豹系禽獣種の女と共にその内容を詠み上げる。
「「驚愕! 熱帯の奥地に潜む未知の怪物を君の手で育てよう!」」
その言葉に踊らされた群集から、再び歓声が巻き起こる。これ即ち、祭事と珍品をノリと勢いで楽しむ事をこよなく愛する『三咲庶民故の性』という奴である。
「スゲェよ! 超クールだよアンタら! それでその『熱帯の奥地に潜む未知の怪物』ってのは、一体どんな奴なんだ!?」
「おっ、兄ちゃんええとこに気ィついたなぁ! 実は今日なぁ、その件の第一人者やっちゅう学者の先生に来て貰うとんねや! 先生、お願いします! 先生ェ!」
男の呼びかけに応じるかの如く、テントの奥から歩み出てきた者が居た。
それは白衣を着込んだ川鵜系羽毛種の男であり、吹けば飛ぶような細身に狡猾そうな顔立ちと、如何にも胡散臭い詐欺師のような風貌をしている。
「はァい、ど~も~。私、ラビーレマの天才科学者ことひと呼んで『昆虫学のカリスマ』ことインセク・ムシスキーです」
如何にも怪しげで胡散臭い、というかインチキであることが丸解りなまでにセンスのない名前であるが、それでも一度乗せられた三咲町民は疑うと言うことをしない。
「今日私どもがご紹介したいのは、ここ型月から遙か南のアクサノ大陸に広がる広大な熱帯雨林の奥地で見付かった新種の凄いモンスターなのですよぉん」
そう言ってムシスキーが段ボール箱から取り出したのは、円筒形のプラスチックケースに入った木の枝と緑色のイモムシであった。
「一見何の変哲もないこのイモムシ、成長すると全長10mの巨大蛾になっちゃんです!」
「証拠のお写真がこちらでっせ! ムシスキー博士が命懸けで撮影に成功した一枚や!」
河馬男が掲げた二枚目のフリップは、川辺で大型のワニを頭から捕食している巨大な蛾の写真であった。しかしその写真に写っている蛾というのは、よく見ればチョウ目でない昆虫の形質が不規則に入り交じったような外見をしており、外皮の質感を見る限りどう見ても作り物としか思えず、そもそも写真自体が合成の作り物にしか思えない。
しかしそれでも疑おうとしないのが三咲町民というものであり、『毒を食らわば皿まで』どころか『毒を食らわば卓まで』という精神が根付いているのかも知れない。
「しかも何とこの虫、現地の先住民曰く幼虫の頃から丹精込めて育てれば飼い主に懐くんですってよ!」
「素晴らしいですわムシスキー博士! っていうか、懐くと言うことはつまり、芸とか覚えちゃったりするんですのん?」
「はぁいそりゃあ勿論! この『ボッケー・モス』、猟犬並みの知能でどんな曲芸だって覚えちゃいます! 証拠がコレ!」
そういってムシスキーが掲げたフリップの写真には、ボディペイントに腰巻きで原始的な槍を持つという、所謂ステレオタイプの『熱帯地方原住民ルック』である細身の黒人男性がボッケー・モスの背中に乗って空を飛んでいる様子が写されていた。無論、粗末な合成の作り物にしか見えないのは言うまでもない。
「うぉおおおっ! すげぇっ!」
「素敵! 私ってば種族柄飛べないから、前々から空飛んでみたかったの!」
「っべー! っべーわ! マジべーわ!冗談抜きにべーわ! おい姉ちゃん、そのイモムシ幾らだ? 言い値で一匹買わせて貰おうじゃねーか!」
「はぁい、有り難う御座います! 本日はこちらボッケー・モスの幼虫が何と一万円!」
『一万円!?』
「はぁい! 数に限りが御座いますのでお一人様一匹限りとさせて頂きますが、今ならこちらの『お手軽☆ボッケー・モス飼育キット』も込みできっかり一万円とさせて頂きますわん!」
豹女の一言に触発された町民達は、一斉に歓声を上げては我先にとテントへ群がり、ボッケー・モスなる蛾の幼虫とその飼育キットを買い込んでいく。
「さぁさぁ慌てない慌てない、在庫はまだまだたんまりありますからねぇっ!」
嬉々とした表情で箱入りのイモムシを買い上げていく町民達だったが、彼らは気付いていなかった。
『ボッケー・モス』も『インセク・ムシスキー』も完全なるフィクションであるという事実に。
また、自分達が嬉々として一万円で買い上げているイモムシが、実はその辺にいるような外来種の幼虫であると言うことに。
そして、彼ら三人こそが世界各地にて詐欺商売と派手な窃盗行為を繰り返し、その卑劣さと溢れ出る小物感故に同業者からも『盗賊の面汚し』と呼ばれるこそ泥集団『ヌスッター一味』である事に。
つまり、自分達は騙されているのだという事に、町民達はまるで気付いていなかったのである。
かくして町民達はこのまま馬鹿高い金を騙し取られてしまうのかと思われた、その時。
「いやぁ、本当に素晴らしいですねぇコレぇぇっ!」
突如店先に現れた細身の女が地面に落ちていたフリップを拾い上げ、わざとらしい演技でそう言った。
次回、『超絶昆虫ボッケー・モス-暴露編-』お楽しみに!