第十四話 医者と軍隊と攻城戦
ニコラ「見せてやるわ……『毒蛾』の力を!戦慄を教えてあげる……。
快楽なんて無いわ。あるのは苦痛だけ。これぞ、第三のヴァーミンッ!」
―前回より―
屋根の上にて巨大な蛾のオーラを出現させたニコラは、それを引っ込めると共に自らの能力―毒蛾の象徴を持つ三番目のヴァーミン―を発動した。すると間もなくして、何処からか甲高い羽音のような音が無数に響き渡る。宮廷魔術師達は皆その耳障りな音に思わず頭を抱え冷静さも失ってしまう。
そして突如空気中が波打ったかと思うと、何かを突き破るようにして小さな物体が飛び出てきた。
よく見れば、それは小さな山吹色の蛾であった。しかし蛾にしては妙に飛行が早い。早すぎる。
突然の出来事に唖然とする魔術師達だったが、そんな事など気にせず、蛾は銃弾のような動きで魔術師達へ一斉に襲い掛かる。
そして、次の瞬間。
蛾の大群が魔術師達の身体に発生した刻印に突撃し、そのまま猛スピードで骨肉を貫いていく。
それも5匹や十匹ではない。軽く見積もっても一人当たり100匹を超える蛾が、魔術師達の身体を貫いていく。
蛾一匹の全長は僅か1センチメートル程だったが、翅の面積と推進力も相俟って破壊力は既に9ミリ口径の銃弾に匹敵。そんなものを四方八方から受けて、無事で居られるはずがない。一部魔術師は術で身体能力を上げ、弾雨をかいくぐろうとしたが、それもまた蛾の執拗にして正確無比な追尾の前には意味を成さず、刻印を何百匹の蛾に貫かれ、跡形もなく死に絶えた。
「よしよし立派な射殺体。魔術師のミンチ一丁上がり」
死体の山を見てそんな事を言ったニコラは、出てきたときと同じく水に飛び込むかのようにして屋根へと潜っていった。
―同時刻・中庭―
「ツジラジィィ~ッヘァッ!」
ヴァーミンへの順応から獲得した身体能力で軽快に飛び回り、宮廷戦闘部隊の猛攻をかいくぐっていた繁。彼は現在、積極的な攻撃よりトリッキーな回避を優先する事で洋画の猿気分を味わっていたのだが、中庭に携帯式榴弾砲が持ち込まれた辺りで流石に考えを改めたのか、そろそろ本気を出すことにした。
「早々にコイツを使ってみるか!」
繁は背負っていた黄色い箱を開く。内部にはキーボード等の機械的なパーツが組み込まれており、繁はそれらに巧みな手つきで何かを打ち込んでいく。そして打ち込みが終わった、直後。
「どぅおわあああああああああああ!」
「っぎゃああああああああああああ!」
携帯式榴弾砲を構えていた兵士達の経っていた地面がピンポイントで鳴動し、四角柱型に勢い良く伸び上がったかと思えば、兵士達は空高く跳ね上げられてしまった。続けざまに四角柱がゴムのようにしなり、落ちてきた兵士達を叩き潰してしまった。
「おぉ、こりゃ良いねぇ。流石は上物だ」
等と宣いながら四角柱を引っ込める繁だったが、突如その背後から長剣使いの兵士が三人同時に斬り掛かってきた。
「「「ツジラ、覚悟ぉぉぉぉぉぉ!」」」
しかし兵士達の振り下ろした剣は何故か繁の右腕一振りではじき飛ばされ、続けざまに放たれた溶解液で骨を残して消滅してしまった。
しかしその直後に隙を見出した騎士が、ランスと盾を構えて突進を繰り出してきた。だが繁はそれを巧みに避け、盾を溶解液で消し去ると、騎士の腹を下から殴り上げる。
「ッガ!?(な、何故だ!?何故板金鎧越しに……ここまでのダメージがっ…!)」
それは辻原が溶解液で鎧を部分的に溶かしているからなのだが、騎士はそんな事など知る由もない。
「(そもそもかりに鎧が無かったとしても、この重み……こんな体格で出せる筈が無いッ!)」
等と疑問に思いながらも再び槍を握り締め、騎士は逆転を狙う。
「(こいつの頸椎を槍で叩き折ってくれるッ!)」
だが次の瞬間、その作戦は見事に失敗する事となる。
先程まで拳が叩き込まれていた場所から続けざまに刃物のようなものが飛び出し、騎士の下腹部を刺し貫いた。
「ッゴェッ!」
苦痛の余り最早言葉さえ出せない騎士の手が緩み、槍が地面に落ちた。
繁はそのまま騎士の亡骸を突き上げるようにして投げ捨てた。地面へ仰向けに落ちた騎士の亡骸は、鎧の下腹部が拳一つ分程度に剔られ、シャツには鮮血が滲んでいた。
繁の左腕もまた、肘より前が血で赤茶色に染まっていた。
訳の判らない事態に一瞬突撃を躊躇った宮廷戦闘員達だったが、ここで引き下がってはジュルノブル城警備隊の名が廃るとばかりに奮起し、一斉に突撃していく。
しかし繁は、それらの猛攻を優雅にかいくぐり、その恐ろしい溶解液の餌食にしていく。更に彼の両腕から、恐るべきものが飛び出した。
それは平たい、金属製と思しき刃であった。
指の骨に沿って片手に四本ずつ、計八本が出そろっている。
それはさながら、数多くのメディアミックスがされた欧米の人気コミックに登場する、捕食動物の名を冠する不死の戦士を思わせる。
しかし繁はその戦士と違い煙草を好まず、異性への執着も薄い。
能力も相俟って獣というよりは虫のようであり、野性的な雄々しさや勇猛さも、繁には無い。
しかし共通している事もある。
それは、家族や友などへの愛が人一倍強いという事。
繁は両腕の鉤爪に溶解液を纏わせ、宮廷の騎士や兵士や魔術師達をどんどん切り裂いていく。
そしてそれと時を同じくして、障壁により動きを阻害されていたツジラ討伐隊やランゴ・ドライシスも、戦場である中庭へと向かいつつあった。
この壮絶な戦いは、誰にも止めようが無い。
繁の武器についてはセキヒロト氏からアイディアを頂いた。
素晴らしいアイディアを提供してくださった氏に心からの感謝を。