第百三十六話 ヤムタの貴族共にはがっかりです…。
遂に解き放たれた『処刑執行者』だったが……?
―前回より―
拘束から解き放たれた処刑執行者は、不気味な唸り声を上げながら辺りを睨み付ける。身長1.9m程の竜属種である彼女の全身は青く、全身を外骨格のような鱗に覆われながらも細身であったランゴ・ドライシスとは異なり、蛇のように細かく柔軟な鱗に覆われた外皮と細めの格闘家を思わせる体格をしていた。
更に頭には長くボサボサに延ばされた白い頭髪のようなものが見受けられ、後頭部から首筋、背中から尾の先端部まで縦一列に連なっている所からして、鬣が発達したものであると見て間違いないだろう。
暫く辺りを見回した処刑執行者の女は、ゆっくりと数歩ずつ歩き出す。罪人達は女から少しでも離れようと必至で逃げ回り、この後のパターンをある程度見切っている観客達は、そんな罪人達の姿を滑稽だと口々に嘲笑う。
―観客席―
「きゃははははははっ! みてよあいつを、あのふとったきたならしいおとこを! あれはもうひとじゃないわ、ぶたよぶた!」
「ぬわっはっはっは! むしけらどもめ!せいぜいあがけ、もがけ、にげまどえ! さけのさかなていどには、このおれをたのしませるがいい!」
―闘技場内―
「……ぅ……ァぁ……」
ふと、処刑執行者の女が立ち止まったかと思うと、頭を抱えて悶え出す。更にそれと同時に、先程まであれほど喧しかった観客達が一斉に黙り込んだ。
「ぁ……ゥぅ……」
女の苦しみようは更に激しくなり、遂に膝を抱えて地面にふさぎ込んでしまった。それ以降女が動く様子はなく、罪人達の心には必然的に油断と隙が生じてしまう。
「(何よあの竜属種、処刑執行者とか言っときながら大して動かずにこのザマなんて……)」
あの時逮捕されて連れ込まれた女に至っては、呆れる余り地面に座り込んでしまった。罪人達の誰もが、このまま女が自滅して処刑大会が終了するのだとばかり思っていた。が、次の瞬間――
「クゥ゛ェアア゛ァ゛ア゛アアアアア゛アアァ゛ア゛アAAAAAHHhッ!」
狂ったような甲高い咆哮を上げたのは、他でもない処刑執行者の女であった。唐突に立ち上がった彼女が天に向かって一声吼えると、それを合図に観客席から張り裂けんばかりの歓声が上がる。一方の罪人達は何が起こったのか理解出来ず、混乱の余り逃げ惑うばかりであった。
―同時刻・型月は冬木市三咲町―
「お待ちしておりました、ツジラ・バグテイル様」
「様なんて止して下さいご令嬢。私はあくまでラジオDJです」
都心部にある豪邸の一室に招かれた一行は、応接室にて狐系禽獣種・十日町晶と面会していた。
「それで、首尾は如何です? 作戦の決行予定日時は?」
「計画についてはまだまだですが、首尾は良好かと」
「そうですか。それは何よりですが、これからどうするんです?」
「ひとまず町に出て情報収集をしようかと考えています。真宝の事以外でも、知れば優位性を獲得できるでしょう」
「成る程、流石は各地を旅する移動ラジオの司会者ですね。私なんて産まれてこの方忙しくて、旅行なんてしたことがありませんでしたけども……ともあれ、この町について知りたいのならまず赴くべき場所があります」
「赴くべき場所、ですか」
「はい。聞くにあなた方はその立場上、素性や身元といった個人情報を公表する事を極力避けたい。違いますか?」
「いえ、全くその通りです。故に情報収集としては、主に聞き込みやインターネットを活用。地方自治体の全面的なバックアップでもなければ公的機関への依存も殆ど出来ません」
「やはりそうでしたか。ではご案内致しましょう。そんなあなた方に最適の、我が国が世界に誇る『伝説』の元へと……」
「生ける伝説……?」
「はい。詳しくは後程お話ししますが、これ以上に優れた情報機関を私は知りません」
「それはそれは、何とも素晴らしい。是非とも案内を――
「但し」
「?」
「失礼ながら、案内するのはツジラ様と青色薬剤師様のお二人だけにさせて頂きます。彼らは警戒心が強く、大勢での来客を好みませんので」
「畏まりました。青色、行くぞ」
「はいよ」
「では、こちらです」
繁と香織を連れて応接室を去る間際、晶は残された六名に告げた。
「それと皆様」
『何でしょう』
「御用がありましたら、家の者に何なりとお申し付け下さい。我ら十日町家は依頼主としてあなた方を持て成し、その活動を可能な限りサポートする義務があります」
「ご丁寧にどうも」
「感謝致します、ご令嬢」
「短い間でしょうが、お世話んなります」
「どうぞ宜しく」
「失礼致します」
かくして繁と香織は、晶の案内で目的地である『型月が世界に誇る情報機関』へと向かった。
次回、晶が言う『情報機関』へ潜入した繁と香織が見た者とは!?