第百三十四話 おうこくにかんじはいらない
シーズン3で登場した"あの二人"が再登場!?
―前回より数日前―
「そんな……私の知らない間に、彼がそんな事になっていただなんて……」
『安全圏』と称される、貴族による支配の及ばないヤムタのある国。その繁華街付近にある診療所にて、開業医・高橋飛鈴は衝撃の事実を知らされていた。
「悲しくなる気持ちは解るがな、高橋。私達の話に嘘や偽りが無いのはお前も昔から知っているだろう?」
「はい……」
そう語りかけるのは、シーズン3にて繁達と結託し一時的に戦線を共にした猫系禽獣種・九条チエ。あれ以来臣下ティタヌスと共に異形と成り果てた高志・カーマインを追い続けていた彼女は紆余曲折を経て東のヤムタまで辿り着き、偶然にも嘗ての後輩である高橋飛鈴と再会。近況を報告し合っていたのである。
「ショックでふさぎ込む気持ちも解らなくはない。高志があんな目に遭わされたんだ、私だって腹が立つし、悲しい。だがだからこそ、先輩として奴を救ってやらねばならないと思っているんだ」
「先輩……」
「堅苦しい呼び方は止せ。もう学生じゃ無いんだ、チエで良い。それよりも高橋、頼まれてはくれないか? 高志を救うために、力を貸して欲しい。無理にとは言わないし、出来る限りの事をしてくれればそれでいい」
「私からも頼む。九条は数ある知り合いの中でもカーマインと君を特別に思っている。無論、私自身もその思いに変わりはない。ただ、君にも色々と事情があるだろうから、どうしてもとは言わない。ただ――
「あの、お二人とも」
「「何だ?」」
「もしかしなくても、私に断られる前提で勝手に話進めてません?」
「は? 何を、いや、そんな事は――」
「確かに、こういった交渉事は基本こちら側にマイナスの結果となる事を前提として進めなければ成功率は格段に落ちるのでな」
「おいティタヌス、場の流れでありもしないことをさも真実らしく言うな!」
「何がありもしないことだ。こんな時だけ妙な所で無意味に強がるな」
「あぁ、やっぱり……大丈夫ですよお二人とも。私断るつもりなんてありませんから」
「やっぱりって何だ!? おい高橋、そんな捨て猫を見るような目で私を見るな!」
「え、別に見てませんけど」
「無意味な言い掛かりは止せ、九条。それより良かったじゃないか、高橋は全面的に協力を約束してくれたぞ」
「それはそうだがなー!」
―以降、不毛なやりとりが続くので省略―
―同時刻・真宝の首都万宮の刑務所にて―
「頼むッ! 出してくれェッ! 嫌だ、死にたくないっ!」
「だまれ。おまえはわるいことをしたんだ。ばつをうけるのはとうぜんだ」
理不尽な罪により投獄されたレイヨウ系禽獣種の男は、檻の外に居る犬の着ぐるみに向かって叫ぶ。しかし犬の着ぐるみを来た刑務官は、少年のような声色の複合音声で冷たく返す。
「そんな……領収書にアルファベットを使っただけじゃないか! それの何がいけないっていうんだ!? 漢字を使うのが違法だとは聞いたが、アルファベットで死刑判決なんて聞いてないぞ!?」
「うるさい、だまれ。ぜんばおのかみにもひとしきせいふのおかんがえをわるくいうな。こだいのもしあからつづくあるふぁべっとなど、もじではない。ひらがなこそ、このよにあるもじとしてふさわしい。ひらがないがいのもじをつかうものに、いきるしかくはない。せいふはそうおっしゃったのだ」
「そんな……あんまりじゃないか! なぁ、頼む! 実を言うと、俺はさる銃器メーカーの御曹司でイスキュロンの退役軍人やラビーレマの研究者に顔が利く! 奴らは俺に一声かけられれば幾らでも積むだろう!」
「どういうことだ?」
「俺と手を組もう。保釈金で二億出す。だから――
「ことわる」
「な!?」
「やむたのたみは、あくをけっしてゆるさない。つみをにくみひとをばっす。それがおきてなのだ」
「そんなッ、おい、頼む! 助けてくれ! 俺にはまだやり残した事が沢山あるんだ! この国での観光だってまだ始まったばかりなのに、こんな所で死ぬなんて嫌だぁあああっ!」
「うるさい。だまれぐみんが。おまえにまっているのはじごくだけだ。せいぜいのこりすくないいっしょうをたのしむがいい」
刑務官はその場から立ち去ると同時に、壁に備わった赤いボタンを押した。
「おい、待ってくれ! 頼む、見捨てないでくれぇっ! というか――なんだ……この床? 何か動いてないか!? おい、ちょっと待て! こいつは洒落にならないぞ!? なんっ、おい、っうわああああああああああああ――」
スライドする床から転げ落ちた禽獣種の男は、そのまま深い穴の中へと落ちていった。
―穴の底―
「何だこれは……マットか何かか?」
男が落ちた穴底には、どういうわけか中央に分厚いマットが於かれた広大な空間が広がっていた。
「一体何故、牢獄の地下にこんなものが……というか、この部屋は一体何なんだ?」
マットの台座から降りた男は、もしかすれば脱出に使える道が見付かるかも知れないと思い、辺りを調べてみることにした。部屋は真っ暗で何も見えないが、感触からして床や壁に使われているのは天然の石材であるらしかった。
「所持品は牢に入れられる前に没収されてしまったからなぁ……こういう時、ライトの一つでもあれば便利なんだが……」
等とぼやきながらも歩き続けた男は、暫くして壁際に辿り着いた。
「よし、これで壁沿いに歩いていけば……ん?」
ふと、男の視界に何やら赤い光が入った。それは発光ダイオードのような、小さくもはっきりとした、印象に残るようなものであった。
「さっきの赤い光は何だ? ……まぁ良い、今は脱出経路を探すのが先だ」
暫くそのまま壁伝いに歩いていた男の視界に、再びあの赤い光が入り込む。流石に不審に思った男は、立ち止まって周囲を見渡したが、何も見当たらない。
「……やっぱり気のせいなのか? だが、だとしたらあの光は一た――っ!?」
男が再び歩き出そうとした、その時。彼の背後から何者かが掴みかかり、男は身動きが取れなくなってしまった。
「っ、おい! なんなんだ!? 一体何がどうなってるんだ!?」
男は必至に藻掻きながら、背後から自分を掴み拘束している者に大声で問いかける。しかし返答はなく、掴む力も加速度的に強くなるばかりであった。
「おい! 止せ! やめろ、俺はここから出なければ――ぐッ、げあぉああッ!」
男が言い終わるより先に、"何者か"は彼の首筋に噛み付き、頸動脈を切り裂いて殺害した。その後床面に倒れた男の亡骸を掴んだ"何者か"は、自らつけた傷口から流れ出る血液を口の中へ注ぎ込むように飲んでいく。
それから暫くして、男の血液で腹を満たした"何者か"は脱力したかのように座り込むと、ぽつりと呟いた。
「……何故、こうなってしまったのだ……」
牢獄地下に潜む"何者か"の正体とは!?
次回、十日町晶に出会うためヤムタに向かった繁達は、またしても騒動に巻き込まれる!