第百三十三話 萌物語(もえものがたり)
始まりは何時も食卓から。
―前回より―
「そんなわけで、次の行き先はヤムタだ」
既存メンバーに春樹を加えた八名で食卓を囲む中、繁はぽつりと言いだした。
『また急ですねぇ。それで、案件というのは何なんです?』
「まぁヤムタですから、悪徳貴族絡みなのは確かなんでしょうけど」
「貴族ねぇ。政治家の方がタチ悪いんじゃねーか? 税金着服とか天下りとか、色々とよ」
「どっちもどっちじゃね? ヤムタとか少し前のノモシアじゃ、政治家=貴族みてぇな図が普通に成り立ってたしよ」
「軍隊とか警察なんかにも、裏で変なのと関わって色々やってる奴とか居るわよねー」
「しかも海神教が潰れたせいで悪い奴らのパワーバランスも崩れちゃって大変なのだ」
「で、今回の相手は? またノモシアの時みたいにな感じ?」
「いや、今回はまた一味違う奴らを相手にすることになった。確かに国一つが相手だってのはノモシアん時と変わりねぇが、その国ってのはどうも上層部が相当な曲者らしい」
等と言う繁はスライドを展開しノートパソコンを繋いだプロジェクターを取り出すと、部屋の照明を切った。
「ヤムタと言えば温帯域の住み易い気候と独自の文化、それぞれ明確に違った魅力を持つ12ヶ月だが、同時に王侯貴族の横暴が酷い事でも有名なのは皆も知ってる通りだと思う。ついでに、もしツジラジの生放送でそんな貴族共にカチコミかけられりゃさぞ気持ちいいだろうとは俺自身心の底から思ってることだ」
繁はノートパソコンを操作しながら尚も続ける。
「今回の敵が潜むのはヤムタ北西部の内陸国、真宝だ」
スライドにはゼンバオの国旗が映し出されており、赤と黒で縦に二分された背景に白い鳳凰を取り囲む黄色い龍の絵が描かれていた。
「ゼンバオ、ですか。調べてみれば成る程、貴族による完全世襲制の実質的な独裁政治が未だに続く国家のようですね」
『しかもこの国を代々治めている真家、裏でも表でも中々にあくどい事をしているらしい。ヤムタでさえ徐々に衰退傾向にある王政国家が未だ残り続けている主な原因もこいつらのようですね』
「何より質が悪いのは一人娘の恋双って奴みたいね。基本的なやり口から飛姫種って所まで、ざっと見ればまんま生前のセシル・アイトラスだし」
「飛姫種か。良いねぇ、一度殺り合ってみたかったところだ」
「確かにガルグイユで本格的な空中戦てのは初めてだな。先のことも考慮して個人的にブチのめしてみてぇ」
「あぁ、そういえば私もノモシアの時は専らサポートに回ってたから王女とは直接戦ってないんだよねぇ。どんな感じなんだろう、飛姫種って」
それぞれヤムタでの戦いに思いを馳せる中、繁は場を仕切るように話を進めていく。
「誰もが知っての通り真宝は典型的なヤムタの貴族政治国家だ。言わばそういう国の代名詞だと言ってもいい。先天的な貴族達が神仏のように崇拝され、政治家として国家の全てを思うままに統括し、庶民は絶対的な貴族至上主義に基づく圧政の元国土に隷属され、不毛な毎日を過ごしてやがる。――が、それも最早過去の話だったようだ」
繁の言葉と共にスクリーンの画像が切り替わり、ウェブサイトのトップページらしき画像が映し出される。ピンクや白という明るめの色で構成された背景に、平仮名と☆を多用したタイトルロゴらしきものや、見たところ5~10歳程度と思しき少女達(種族は様々だが、何れも一般的な霊長種寄りの外見である)のイラストが配置されている。数カ所に見られるロゴの文字は、崩しや装飾が多く一件何と書いてあるのか解りづらい。
「何これ? アニメの広告?」
「広告ってか、公式サイトなんじゃない?プ●キ●アみたいな」
「でしょうねぇ。プリ●ュ●というより教養要素の無くなったも●たんな気がしますが」
『それにしても腹立たしい面構えですねぇ、冗談抜きで』
「服装とかから察するに『魔法少女モン』て奴か? 俺には縁の無ぇ世界だな……」
「つーかよ、絵柄云々以前にキャラが野郎受け狙いまくってるロリばっかなのが腹立つわ。何で巨乳がいねーんだよ。霊長種基準で15オーバー出せっつんだよ。勃たねぇだろうが」
「リューラの言ってることが今一わかんないけど、なんかラトみたいな臭いがするのだ」
七人が思い思いのことを口にする中、繁は言った。
「さて……ここで皆に聞きたいんだが、この画像―真宝に関係するウェブサイトのトップページなんだが、何のサイトか解るか?」
その問いかけに真っ先に答えたのはニコラであった。
「何ってあんた、この国で放送されてるテレビアニメでしょ? 貴族の幼女が変なアイテムでチャラチャラしたのに変身して、庶民が復活させた化け物と戦うみたいな」
「残念ながら違うな。そういうのが放送されてんのは事実だが、もっと違うもんだ」
「じゃあゲームの公式サイトとか?」
「違う違う。そもそもそういうサブカルめいたもんの公式じゃねぇんだよ、このサイトは」
「では何だと言うんです? まるでわけがわかりませんよ」
「何のサイトなのかって? 決まってんだろうが。真宝の首都・万宮の公式サイトだ」
その言葉を聞いた一同は、思わず絶句した。
「――ね……ねぇ、繁。よく聞こえなかったからもう一度言ってくれない?」
仲間達が混乱する中、どうにか落ち着きを保っていた香織が言う。
「何だ、お前にしては珍しいな。さっきも言ったが、このサイトは真宝の首都・万宮の公式サイトだ。その証拠に、内容は基本的に町の文化や観光名所、行政の重役、著名な貴族なんかについての紹介文が主だ。無論誇大的な脚色や捏造の類ばっかりだがな。因みに通常は真宝国内を通ってる回線からしかアクセス出来ないようになってるらしく、かく言う俺や投書の送り主もハッカーめいた連中の協力無くしちゃ入れなかったんだ。いやぁ、苦労したぜ(ハッカーめいた連中との交渉に)」
「あぁ、それ聞いて安心したわ。中身は一応まともな事書いてあ――
「まぁ素で読んだら理解するまでに一時間かかったけどな。初見だと確実に詰むレベル」
「え? どういう事?」
一同―特に繁との付き合いが長い香織は耳を疑った。まだ小学校に上がる前から専門用語だらけの本を読んでいた事に加え、一時期は休日の殆どを書店での立ち読みに費やしていた繁は、字を読む速度というのが常人よりも早い。曰く「漫画などは意図して遅く読まないと楽しめないことがある」程だという。
そんな彼が読んで理解するまでに一時間かかるような文章が、よもや都市のウェブサイトに掲載されているなど、俄には信じがたい事だったからである。
「どういう事だってか?まぁ見りゃ解る事だ」
次に繁が開いたページを見た一同は、再び絶句した。
ウェブサイトや万宮についての概要を解説しているであろうそのページの文章は、総じて平仮名と記号類のみで書き記されていたからである。
更に言えば、所々に掲載されている風景写真も、嘗ての真宝で見られたヤムタ文化を生かした独特な作りの味わい溢れる建造物や、大理石・貴金属をふんだんに使って作られた、無意味に派手な貴族の宮廷などではない。
そこに写されているのは、例えば萌え系のアニメ・漫画・ゲームといった作品群の世界からそのまま飛び出して実体化したような奇抜な建造物であったり、或いはウェブサイトのトップページに掲載されていた少女達を象ったガレージフィギュアやモニュメントの類であったりするからだ。
「何なのだ、これは……馬鹿みたいなのだ……」
余りにも衝撃的な光景に混乱した春樹が苦し紛れに呟いた一言は、しかし実に的を射た発言であった。
「解ったろ? これが今の真宝だ」
ジョージ・ムロックスから義兄恋慕=十日町晶を通じてツジラジメンバーの元に知らしめられることとなった衝撃の真相!
元は只の独裁国家であった筈の真宝に一体何があったのか!?
次回、もしかしたらあのコンビが再登場するかも!?お楽しみに!