第百三十話 母が如し
決戦の時は来た!アクサノ編、遂に完結!
―前回より―
謎めいた姿となった春樹に本能的な恐怖を感じ震え上がったラトだったが、『全知全能にして唯一絶対の神』を名乗ってしまった以上ここで感情を表に出す訳にはいかなかった。本意を知られてしまえばそこに付け込まれて状況が悪化する事は目に見えていたし、何よりあのツジラに弱みを見せるのが気に入らなかったからである。
「(落ち着くのよ私……まだ負けが確定した訳じゃないわ。こんな何処が目玉とも解らないような奴に怖じ気付くなんて有り得ない……そう、きっと気のせいよ。自ら目玉を抉るなんて事が出来るほどに勇敢な私が、神であるこの私ラト・ルーブが、この世界にあるちっぽけで取るに足らない有象無象の一つなんかに恐れを成すなんて、そもそも有り得ないことなのよっ!)」
無駄に決意を新たにしたラトは背ばかりか四肢からも触手を繰り出し、純粋なパワーとスピードを以て春樹に飛び掛かった。今の彼女は、最早繁達など眼中にない。
「死になさい、芽浦春樹ィッ!」
その軌道は単純明快だったが、既に限界寸前まで疲れの溜まっていた繁達にとっては肉眼での目視さえも困難な程の素早さであった。
【……そんな構えで大丈夫?】
「答える筋合いはなァァァァァァァイ!」
ラトは両腕から繰り出された無数の触手で握り拳を作り殴りかかったが、それは春樹の腕一振りによって弾かれてしまった。
「な、何ですっ――
【遅いのだ】
驚く暇も無く、ラトは春樹に蹴り飛ばされてしまった。
その後もラトは春樹に触手一本の先端さえ触れさせる事も出来なくなり、ただただ一方的に暴行を受け続けるサンドバッグと化してしまっていた。
「何がどうなってんだ、ありゃあ」
「私らがあんだけ苦戦してたアホ処女厨を、あんな簡単にノすなんて……」
「しかも奇妙なことには、ですよ。彼女もああして化ける以前は我々と同じように、奴に苦戦を強いられていた」
『それだというのに今の彼女はそうでない……普通ああいった変身をすると体力を消耗する者なのですが……』
「難しく考えてたって答えが出るとは限んねぇぜ、羽辰」
「そうだそうだ。だからって簡略化し過ぎても答えは出ねーがな」
取り残された繁達が不可解な出来事に頭を抱える中、ただ一人その真相についてある仮説を閃いた者が居た。元々は人類・考古学クラスタだったのが、いつの間にか薬学・魔術クラスタになっていて、その上近頃になって某自称菌類の作家とメイド好き絵描き率いる企業の作品に髪型の似た魔術師が居るという衝撃の事実が判明した事でも知られる我らがヒロイン、清水香織である。
「あ。私、その答え解ったかも」
「どういう事?」
「これはあくまで推測なんだけど、多分何かの術なんじゃないかな」
「術、ですか?」
『しかし香織さん、魔術はその障壁でどうにかなるのでは?』
「そ。魔術の気配がしなかったから私も気付かなくて障壁も通過されたんだろうけど、多分あいつは自分が存在・視認出来る空間全体に何かの術を仕掛けられるんじゃないかと思ったの。多分私らを無差別に弱体化させて、弱りやすくするような」
「俺の手甲鉤の広範囲永続版て訳だな?」
「まぁ平たく言えばそういう事だね。だからあんまり疲れてない私もこう、何か怠いんだと思う」
「じゃあ何で、あの春樹とか言う奴は平気なんだ?」
「何でって、簡単な話だよ。あの子は多分、そういう色んな『術』の効果を受けないようになってるんだよきっと。だから魔術だろうと、そうでない術だろうと、あの姿になってる以上そんなものは通用しないんじゃないかな。学術は例外だろうけど」
「成る程な。しかしあのデザイン、一体何処の何モンなんだ?俺らともまるで違うようだが……」
「それはあの子自身に聞かないと解んないよ。何にせよ今の私達に出来るのは、精々あの子を見守ることだけなんだし」
等と悠長に言っていた香織であったが、ズィトーから力を授かった春樹がラトを追い詰めるのに、そう時間はかからなかった。
「な、何故!? 何故私がこうも押されているの!? 神であるこの私が!」
【そんなもん知らんのだ。そもそもお前が自分をどう思っていようが、僕にとっては害悪以外の何でもないのだ】
「黙りなさい! 感想文で指摘された点を一切修正しようともせず、挙げ句批判的な感想コメントを批判厨の感情論と蔑むような男の作品に出ているようなあなたに言われる筋合いは――
その瞬間、春樹の腕から伸びた白い針のような物体がラトの腹を貫いた。
【それはお前も同じなのだ。っていうか、批判厨とか感情論とかそういうの以前に、一方的に相手を悪くしか言えないような奴からの感想なんて、誰も欲しくなんかないのだ】
「そんな……の、きべ……――っがあア゛ッ!」
ラトが言い返すのと同時に、彼女の皮下で太い触手のようなものが蠢く。
それらの動きはラトにとって途轍もない苦痛であるのか、片目を自ら抉る事さえさして躊躇いも見せなかったラトの表情が、苦痛に歪み始める。
【詭弁だろうと何だろうと、そんな奴の意見なんて参考にするだけ無駄なのだ。そもそもお前は何でこんな場面でメタ発言しちゃってるの?馬鹿なの?死ぬの?】
「いッ……ぎぃィィイイあ、っあア゛あ!」
【まあ、そういう訳だから……死ぬがいい、なのだ】
春樹がそう吐き捨てた瞬間、彼女の体内で蠢いていた無数の白い触手が一斉に皮膚を突き破り、その小さな身体を―骨格から内臓まで徹底して―粉砕した。この攻撃を受けたラトの中枢部は生命活動を停止し、それに伴う形で背と手足から生えていた触手も萎びて朽ち果てた。
―以降の顛末―
ラトを始末した春樹は、どうにか変身を解除するも、それと同時にぶり返した壮絶な疲労感と眠気に打ち勝てずその場に倒れ込んでしまい、メンバー達の手で回収される。また、それと同時にツジラジ生放送第四回も無事終了に漕ぎ着ける結果となり、怪物の潜む幽霊屋敷の一件と処女ばかりを狙う猟奇殺人事件は幕を閉じた。
後に芽浦家が暮らしていた廃洋館の調査や春樹への質疑応答等がセルヴァグル地方自治体主導の元(無論繁達も同伴の上で)行われ、そこで明かされた真実は参加者達を大いに驚かせた。
―事件から二週間後・市役所屋上―
「それで、奴の身柄はどうするつもりなんです?」
「彼女自身の意志に任せますし、彼女が望むのなら我々地方自治体はあらゆる支援を惜しみません」
夕暮れの海を一望出来る市役所の屋上にて、繁とムチャリンダは春樹の今後について語り合っていた。
「ここで暮らすも、他の大陸へ移住するも、彼女の自由です。一応年相応の学力はついていますし、あの性格なら大抵の教育機関・企業体は受け入れてくれるでしょう」
「そうですか、そりゃあ良かった。それでこそ殺さずに助けた甲斐があったってもんです」
「ただ、一つ困った点がありましてね……」
「困った点?」
「えぇ。諸々の事が済んだ後、彼女に聞いてみたんですよ。『あなたは何をしたいのか?』と。彼女は幼くして誘拐されて実験動物同扱いで飼育され、漸く手にした幸せをも立て続けに失い、それでもああして懸命に生きている。ならば、修正が可能なこれからの未来こそ、可能な限り彼女の意志を優先してあげるべきでしょう?」
「ごもっとも。それで、春樹は何と?」
「それが、ですね。こういう場合大抵は『学校に通いたい』とか『いい家に住みたい』とか、普通はそう言うと思うでしょう?」
「まぁ、普通あの年頃の女っつったら大体はそう答えますわな。若しくは『死ぬまで遊び暮らしたい』とか」
「その返答はあまり考えたくありませんが、普通は大体そうじゃないですか。しかし彼女はね、こう言ったんですよ」
ムチャリンダは少し間を置いてから、躊躇うように恐る恐る言う。
「……『ツジラジのスタッフになりたい』――つまり、『ツジラ殿と行動を共にしたい』と」
「ほぉ、そりゃ大したモンだ。流石は地球外生命体の妻。ただもんじゃあねぇって事ですか」
「大したものって、えらく軽々しい言い方ですね……。宜しいのですか?」
「構いませんよ、別に。あんだけの事が出来たんなら、ウチに来ても上手くやれますよ」
「そう、なのでしょうか……」
「そうなんです。この企画だって元々は、俺が悪乗りと思いつきで始めたアホ企画に寛容な青色の奴がノって来たのが始まりでしてね」
「ほう」
「他の奴らだって、安定した明日が見えねぇ馬鹿な真似なんだっての解った上で態々こんな面倒事について来てくれてるんです。最初は俺と青色の二人だけでやるつもりだったのが、これまでで七人にまで増えたんです。今更一人や二人増えたぐれぇで何が変わるんだよって話ですわ」
「では、ツジラ殿は彼女をメンバーとして歓迎すると?」
「えぇ。少なくとも俺個人としては万々歳ですわ」
「と、言うと?」
「万が一仲間の誰かが難色を示したら、全力で説得に当たるって事ですよ。ここまで散々無茶に付き合ってくれた仲ですが、例外が無いとは否定出来ないんでね」
そう言うと繁は西天に沈み往く夕陽に背を向け、屋上を後にした。一人取り残されたムチャリンダは、夕陽を眺めたまま首から提げた護符を握り締め、静かに祈る。
「(大いなる精霊タンビエンよ……彼らを常しえまで祝福し、守り給え……)」
彼の祈りが通じたのか、程なくして春樹は無事にツジラジの新メンバーとして迎え入れられた。
次回、シーズン5・ヤムタ編がスタート予定!
外道王族や性悪貴族を相手に、繁達はどう暴れ回るのか!?