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ヴァーミンズ・クロニクル  作者: 蠱毒成長中
シーズン4-アクサノ編-
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第百二十九話 逆襲譚芽浦




突如響き渡る夫のメッセージ。その真意とは!?

―前回より―


【春樹、我が生涯唯一にして最愛の妻よ。君がこの声を聞いているという事は、きっと私はもうこの世を去っていて、君は子供達共々絶体絶命の危機に陥っているという事なのだろう】

「(……え?)」

【私はもう長くはない。きっと近い内に、君達を残して死んでしまうだろう。この惑星を悪く言うつもりは一切無いが、どうやらこの星の環境は私の身に合わないらしい。研究所を出て一年が経った今、私の身体は既に節々で悲鳴を上げ始めている】

「(そんな……何で、何で話してくれなかったの?)」

【だから今日、君の脳内にこうしてメッセージを遺そうと思う。先程述べたとおり、このメッセージは君達が絶体絶命の危機に瀕したとき、自動的に再生されるようになっている。だから君と会話することは出来ない。それはこのシステムの仕様上、仕方ないことだと割り切ってくれ】


 生前のズィトーが遺したメッセージは、淡々と話し続ける。


【今の私が君に出来ることはただ一つ。我が種族の始祖より受け継いだ切り札を、状況への打開策として君に分け与えることだ】

「(状況を……打開する力?)」

【これは途轍もなく強大な力であり、恐らく如何なる事をも可能とするだろう。だが大いなる力であるが故、それに伴う代償と責任もまた大いなるものとなるだろうから、覚悟して欲しい】

「(それは元より覚悟の上なのだ……)」

【単刀直入に告げよう。私が君に授ける力の代償とは、私と君との間に産まれた子供達だ。

大いなる力を得るためには、彼らを犠牲にしなければならない】

「(……え?)」

【力の獲得は、彼らの体細胞を母である君が直接吸収し取り込むことで実行される。その手順は極めて簡単で、指先一つさえ動かす必要はない。この行為によって君はヒトを超越、或いは逸した存在となり絶対的な力を得るだろう。だがその代償として、吸収された子供達はその存在を維持出来なくなり、当然君がその姿を拝む事も出来なくなる。それは死でさえない、完全なる消滅だ。死骸や肉片の一欠片さえ残らず、彼らの生きた証は何も残らなくなる】

「(そんな……じゃあまさか、僕もみんなの事……忘れちゃうの?記憶の中から、消し去らなきゃいけないの?)」

 春樹は悲しくなった。いとも容易く殺され二度と戻ってくることのない子供達の亡骸を吸収という形で消し去った挙げ句、大切な思い出さえも犠牲にしなければならないなど、あまりにも辛すぎる。

 だが同時に春樹は思った。迷っている暇などない。今の自分に出来る全力を尽くす為の選択肢は、最早この方法しか無いのだ。それに何より、嘗てクルス・ディーエズは言っていた。『強く果て無き意志の力は、時に万物の法則さえもねじ曲げるような現象を引き起こす。ヒトはそれを奇跡と呼び、その真相は魔術や学術の叡智によっても完全に解明する事など出来はしない』と。

「(そうなのだ……出来るかどうかは解らないけど、強い意志の力があれば、もしかしたら奇跡が起こるかもしれないのだ。それはもしかしたらありもしないただの虚構なのかも知れないけれど、でもだからって信じないのは何だかつまらないのだ)」

【それでもいいのなら、強く思うことだ。自分がこの場で何をすべきなのか、何をしたいのか、どうすればいいのかを。そうすれば対価は支払われ、力が手に入るだろう】

「(何をすべきで、何をしたくて、どうすればいいか……)」

 春樹は思考を巡らせる。

「(僕は今、ツジラ達に協力して戦うべきなのだ。僕は戦って、あのラトを倒したいのだ。その為に僕は、それに相応しい力を持てばいいのだ。何がどうなったって構わない……今ここでこいつを倒せるとしたら、どんな犠牲だって払ってみせる……)」

 その時であった。決意を固めた春樹の身体とその周囲に転がっていた子供達の亡骸に、異変が起こった。地に伏していたそれらが細かく脈打ったかと思えば、全体が薄暗い中で夜光虫或いはウミホタルのような、薄気味悪くも幻想的で神秘的な光を発しだしたのである。

「それも違――あ?」

「じゃあ何な――え?」

 ラト含む一同の視線が変異する芽浦家の面々に釘付けとなる中、怪しく発光する子供達の死体は次第に軟化・液状化を始め、発光物質を混ぜた粘性の低いスライム(要するに一昔前から玩具・理科教材として広く知られているアレ)或いは発光する変形菌のようになっていく。

 液状化を終えた子供達の亡骸は能動的に素早く流れ始める。それらは何れも春樹の身体へと収束し、一瞬で彼女の身体を覆い尽くしてしまった。少女の身体を包み込んだ流体は尚も発光しながらゆっくりと壁を這い上がりながらその形状を変えていく。

 変化の末に出来上がったのは、樹脂のような蛍光色の緑色をした巨大な蛹に似た物体であった。

「これは……ドクチョウの、蛹?」

 桃李の推測は正しかった。その形状は確かに鱗翅目(チョウやガ)の蛹に似ていたのである(それがドクチョウかどうかまでは定かでないが)。その場に居た者達は一様に戦意を喪失し、ただその神々しく魅力的である様に見とれるしかなかった。

 そして次の瞬間、突風のような波動状のエネルギーが蛹の殻を一瞬で打ち破り、内部に宿っていた『成体』が姿を表した。

 その姿は言ってみれば、ガルグイユに似て女性的なフォルムを持つヒューマノイドであった。しかしその体色は一様にして白く、後頭部から背にかけて頭髪に似た濃いピンク色の、背鰭のような隆起部を持っていた。隆起部はそのまま腰か尻の辺りまで続いており、有尾類が持つような扁平で細長い尾となっている。背に翼はないが謎の原理によって空中に浮遊することは出来るらしく、蛹のあった位置に浮いてこちらを見下ろしているかのようだった。『見下ろしているかのよう』という表現を用いたのは、その顔面に目鼻や口といったものが無く、表情そのものが存在しないかのようであった事に由来する。

「(これは……一体……)」

 ラトはその生物―即ち、嘗て春樹であったもの―に対して、原始的かつ潜在的な恐怖を感じていた。理由などわからない。解るはずがない。神を気取った彼女でさえ、この恐怖の理由だけは心底理解出来ないと確信していた。

 そしてそんなラトの信条を知ってか知らずか、蛹を経て謎の姿へと変貌を遂げた春樹は、言った。


【ラト・ルーブ――全知全能にして唯一絶対の神とやら、眼前で子を殺された母の怒り、とくと思い知れなのだ】

次回、若干12歳にして母となった少女・芽浦春樹の逆襲が始まる!

尋常でないレベルまで長引いたアクサノ編、作者は無事に完結させることが出来るのか!?

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