第百二十六話 英傑達の激戦 Part2
古本屋って案外いい感じの金策だよね。ゲームとかも買い取りしてくれてると尚良し。
―前回より―
「遂に追い詰めたぞ、アクサノ防衛隊!」
「図体ばかりでかいだけのノロマめが!」
「何が防衛隊よ! 高そうな制服着たりして!」
「クソ生意気なホルスタインめ! 切り身にしてやる!」
四人の信徒達が大柄な水牛系禽獣種の女を取り囲み口々に言い放つ。
しかし対する女は銃口を向けられようと微動だにしない。更に長い前髪が目元を隠しているため、その表情さえも窺い知れない。その態度は血の気の多い信徒達の神経を逆撫でする行為に他ならず、程度の低い罵詈雑言は尚も加速していく。
「おい、何か言え! そうやって何時までも黙り込むつもりか!?」
「……」
「悲鳴でも上げてみろ! 命乞いをしてみろ! そんな図体でも、一応は女なんだろうが!」
「……」
「ちょっと、命乞いでもしなさいよこのデカパイ女! 胸だって本を正せば脂肪の塊なんだからね!?」
「……」
「国家公務員のエリートだからっていい気になるなよ! この俺様にかかればお前みたいな奴、二秒でぶぼべっ!?」
若い鶏系羽毛種の男が、女の右拳によって殴り飛ばされた。元々小柄で細身だったこともあり、骨は砕かれ内臓も破裂。要するに瀕死の重傷を負っていたのである。
「ええ加減にせぇや、喧しいねん。バカみたいに殺す殺す喚いとらんと、殺す気あるんやったらさっさと殺さんかい。お前等、仮にも海神教の鉄砲玉やろ? それが戦場で敵取り囲んでピーチクパーチク……アホ過ぎて欠伸出るわ」
「な、何よあんた! 崇高なる海神スィチンの信徒たる私達に、只の巨乳如きがそんな風に生意気な口利いていいと思ってるわけ!?」
「ええんちゃうんか、もうどうでも。なんがあろうと海神教とは一生敵のままやろし。特に、自分が貧乳なん気にいらんからって一々巨乳相手に突っ掛かってくるよなアホの一匹二匹、殺して死刑なっても本望や」
女の心底嘲ったような口ぶりに腹を立てた幼い信徒は、怒りの余り自分が習得している中で最も強力な攻撃系魔術を放つ。目映いばかりの波動が女に襲い掛かるが、彼女はそれを右腕の一振りで打ち消した。
軍服の中から現れた右腕は金属製であり、武骨な風貌や大型のゴキブリを思わせる光沢は破壊的なオーラを漂わせている。
「な、何ですって!?」
「甘いんじゃ、ボケガキが」
突如、女の右腕が機械的に"開き"、瞬く間に異様な形へと変形していく。四秒にも満たない機械的な変形の末に完成したのは、常人ならば数秒持ち上げるのがやっとであろう巨大な大経口の機関砲であった。解りやすく言うならば、義手である右腕がガトリング砲に変形したのである。
「あ、な、なんッ、何だそれはっ!? 近頃の防衛隊にはサイボーグが居るのか!?」
「アホ言え、こらァウチの義手や。二年前に事故で潰れっしもうて切り落とした所へ、わけわからへん機械屋の変態ジジイが勝手にひっつけよったんや」
「ひ、ひっつけただとぉ!? き、貴様は何者だ!?」
「何モンかやと? ウチの名前はミナスタシア・ビルコヌ。現『ヘルプロミネンス』の一等海佐! 覚えとけや!」
女――もとい、アクサノ海上防衛隊一等海佐ミナスタシア・ビルコヌは『機械屋の変態爺にひっつけられた』義手の機関砲を構え、周囲の信徒達に向けてそのトリガーを作動させる。激しい機械音と爆音に伴い射出される大経口の銃弾が、信徒達の血肉を貫き骨を砕く。最前列にて取り囲んでいた三人に至っては最早原型を留めてすら居らず、その破壊力に恐れを成した一部の信徒達は一目散に逃げていった。
―別位置―
「クソッ! クソッ! やってらんねぇよ全く!」
猿系禽獣種の男は、ひたすら森の中を逃げていた。
「何が海神教だ! 何がスィチンだ! 楽に稼げる仕事だと思って入ってみりゃ、半年もしねー内に戦場に盾だと!? ふざけんじゃねぇよ! 俺ぁあんなバケモン共とやりあう何て無理だっつーの! まぁ金はたんまり持ち出してやったし、あとは適当に旅でもしながら遊んで暮らs――っがァッ!?」
突如、男の首筋に投げ釣りで用いるテグス糸のようなものが絡み付いた。
締め付けるように密着して絡み付くそれは、毛むくじゃらの首へ猛烈に食い込み、血管と気管を圧迫する。
男はどうにかして糸から逃れようと躍起になり、苦し紛れに爪で糸を切って脱出しようとする。しかし糸は予想以上に硬い。武装として機能するほどに鋭く研ぎ澄まされた爪は、糸でなく首の皮を切り裂き、頸動脈をも容易に切断していく。精神的な焦りがそれを更に追い立て、尚も絞まり続ける糸が容赦のない拍車を掛け続ける。
そして二分後、猿系禽獣種の男は樹上からぶら下がるようにして死んでいた。死因は出血多量と呼吸停止であり、焦る余り自らの首を爪で散々に引き裂いたのが決定打となったようである。
そんな中、ふと樹上に潜んでいた何者かが地上へと降り立った。それは豹と思しき禽獣種の女であり、体格や顔つきはエルザによく似ていた。
「っと、まさかこんな惨たらしい死に方をするとはねぇ。陸上防衛隊の傍らこんな事続けてた甲斐があったってもんだわ」
そう言って死体を抱え上げて何処かへ立ち去るこの女の名はエリシア。陸上防衛隊の二等陸佐にして双子の妹・エルザと『レイジアース』の称号を共有する英傑として広く知られている。しかしこういった肩書きは表向きのものであり、その正体は防衛隊管轄である極秘裏の特殊部隊『187師団』に所属する英傑『ダークネスソウル』である。187師団の活動は主に諜報や警護等であるが、時として防衛を目的に暗殺を請け負うこともあり、エリシア自身も暗殺術の達人であった。
しかしそんな暗く重そうな肩書きの反面性格は妹よりも若干落ち着き払いており温厚だとは本人の談。しかしその実は周囲曰く妹と同じかそれ以上にエネルギッシュであり、大変明るく活動的であると評判らしい。
死体に適切な処理を下したエリシアは、再び罠を張って待ち構える。戦場から逃げ出した海神教の信徒が、外部で悪事を働かないよう事前に駆除することが、彼女ら187師団の勤めだからである。
次回、英傑ラッシュも大詰め!もしかしたら古参英傑の活躍も描かれるかも!?