第十二話 ジュルノブル城物語
この反応は北米版BW二期日本語版最終回を思わせる勢いで……
―前回より―
違法ラジオ『ツジラジ』の放送は六大陸全土に及び、それらは各所で話題を呼んでいた。各大陸放送局は電波ジャックの元に探りを入れて放送をやめさせようと躍起になっていたが、複雑怪奇な術式の適用された電波は探りを入れようにも逆に機材を狂わせてしまう始末。
更に各大陸放送局には問い合わせが殺到し、各局は苦情の嵐に巻き込まれる事を覚悟した。しかし電話の内容はその予想と真逆のものであり、『ツジラジ』は民衆に対して好評だった。
―放送開始から10分、ジュルノブル城―
いつの間にか城内に閉じこめられていたジュルノブル城の面々は、『ツジラジ』に聞き入っていた。
『はい。と言うわけでフリートークもそこそこに、今回は何と初回にして素敵なゲストに来て頂いています』
『えぇ!?何それ聞いてない!っていうかラジオって初回は大体ゲスト無しだよね!?』
『そこはまぁ、色々とアレって事で許せ。サプライズっぽい仕様にした方が面白いとか思ったんだよ。という訳で、素敵なゲストに来て頂きましょう。ノモシアの医者を語る上でこの人を知らないならモグリだぜっ!不死身の天才医学博士、ニコラ・フォックスさんです!どうぞ!』
その名前を耳にした瞬間、セシルの顔色が変わった。
「ニコラ・フォックス……?お婆さまの愛しい人を奪い取り、今ものうのうと生き続ける汚らわしい泥棒狐が何故こんな所に……?」
王族家や王制国家政府と真っ向から敵対しているニコラは、当然アイトラス家からも快く思われていない。というより、彼女が王政批判で槍玉に挙げるのは基本的にアイトラス家であり、特にセシルに関する記述は私情による脚色が酷く、ある種惨劇と言って良い有様である。
また彼女は両親から、今は亡き祖母―つまりニコラに呪いをかけた張本人―の話を脚色の限りを尽くされた形で聞かされており、ニコラを完全な悪役として考えていた。それ故、スピーカーの向こうで楽しげにパーソナリティと語らい、賓客として持て成されるニコラの姿を思い浮かべるだけで腹が立ってきた。
そして彼女の耳に、思いがけない情報が入ってくる。
『それにしても今日の収録場所…一体何処なんです?』
『あ、それ私も気になってた。何かスタッフさんに目隠しされた状態で連れてこられたんだけど……』
『右に同じく。ツジラさん、ここ何処なんですか?』
『よくぞ聞いてくれました。実はここ、何とも凄まじい場所なんですよねぇ』
『『凄まじい場所?』』
「一体何処だと言うんですの…?」
『何と本日はですねぇ……ジュルノブル城中庭中央地下に設営した特設スタジオで収録を行っています!』
――えぇえええええええええええええええ!?――
驚きの声はスピーカーから、ジュルノブル城全体から、そしてカタル・ティゾルが六大陸全土から響き渡った。
『あと、地味にせり上がったりします』
――はぁあああああああああああああ!?――
再び驚きの声。最早大騒ぎである。
それは地味じゃないだろ!
ラジオを聞いていた誰もがそう思った。
そして、中庭へ向かったジュルノブル城の面々が見たものとは……
―中庭―
『ハイ!んな訳でせり上がってみたわけですが…こりゃすげえ!何て出来でしょう!見たことも無い花々が軒を連ね、高級感たっぷりの高級大理石をふんだんに使った彫刻なんて見事なモンです!彫刻以外にも、石畳や中央の池だって賞賛に値する出来ですなぁ!』
中庭の芝生を突き破って現れた小屋の中から外の風景を見た繁は、それらを絶賛していた。そう言われて王家の面々や中庭を手入れしていた庭師達も、満更でもない表情を浮かべる。しかしその嬉しい気分も、続く繁の一言で台無しになる。
『イヤー本当に凄いですねえ!一体どんだけの国家予算と公的補助を注ぎ込めばこんな事が出来るんでしょう!?多分アレですね!死亡税なんてもんがまだあるんでしょうねこの国には!いや~時代遅れも大概にしてくださいよ全く!これじゃまるで中世のクソ時代じゃありませんか!』
その言葉が流れた瞬間、カタル・ティゾルの反応は大きく二つに分別された。
まず一つ目は、王政反対派による歓喜。
そして一つは、王政支持派による憤怒。
当然王政支持派であるルタマルス政府とアイトラス家の面々は怒り狂い、政府は軍に命じて即時ツジラジの放送を中止させるための『ツジラ討伐隊』を編成しジュルノブル城に派遣。
エスティの指示を受けたジュルノブル城専属の兵士や騎士、魔術師等が、四方八方から中庭のスタジオに突撃した。
しかし、攻撃は意味を成さなかった。
ツジラ討伐隊はジュルノブル城周辺に展開された特殊な障壁に弾かれて中に入ることさえままならず、同じくジュルノブルの戦闘員による攻撃も、スタジオ周辺の障壁に弾かれてしまったのである。
―軍司令部―
「オップス大佐!城の周辺で何をくすぶっている!?」
討伐隊の指揮を執るスタウリコ中将は、通信機越しに討伐隊隊長のオップス大佐を怒鳴りつける。
『申し訳御座いません!ジュルノブル城周辺に破壊困難な障壁があり、現在解除作業に当たらせているのですが…』
「そう言ってもう10分だぞ!?迅速に事を進めるのだ!」
『か、畏まりましたァッ!』
通信を終えたスタウリコは、呆れたように椅子に腰掛けた。
「しかしどういう事なのだ……?我がノモシア軍魔術隊の精鋭が、只の障壁如きに十分など――「古式特級魔術では、ないかね」
ぼやくスタウリコの背後に、何者かが歩み寄ってそう言った。
「そ、そのお声はッ!」
スタウリコはその声を聞いただけで狼狽え、思わず椅子から転げ落ちてしまった。
「ド、ドライシス上級大将ッ!?何故このような場所に!?」
スタウリコが慌てて振り向いた先に居たのは、爬虫類を思わせる頭や角、腰から生えた細長い尾、堅い鱗に覆われた肌等が特徴的な『竜属種』の女にして、ルタマルス軍の頂点に君臨するランゴ・ドライシス上級大将であった。
「そんなに取り乱さないでおくれ、スタウリコ中将。本官はそういう風に、他人から怖がられるのが嫌なんだ」
「こ、これは失礼致しましたッ!」
「別に謝らなくたって良いさ。それで本題だけど、あのツジラという男とその仲間の内に、最低一人は古式特級魔術の使い手が居るよ」
「古式特級魔術……嘗て、文明と呼ばれる概念さえ曖昧だった時代に編み出されたとされる、145の強大な魔術の事ですか…?しかし、あの術に関連する資料は殆どが消え失せ、扱えるような術者も殆どが死に絶えていると聞きましたが……」
「しかしだよ君、並の障壁なんて訓練された王宮魔術師が十人がかりで本気を出せば簡単に破れるんだ。まさか天下のジュルノブル城が、障壁破りも出来ないような三流魔術師を雇い入れている筈もない。となると、それしか考えられない」
ドライシスは踵を返すと、歩み出しながらスタウリコに言った。
「中将」
「は、はいッ!」
「この一件、どうも一筋縄では行かないようだ」
「と、仰有いますと…?」
「本官の左肩がね、朝からどうも変なんだ」
言葉の意味を覚ったスタウリコは無言のままドライシスを見送り、現場へと連絡を入れる。
「諸君、この件にはかの有資格者が絡んでいる。くれぐれも用心せよ」
まさかヴァーミンの有資格者が軍内部にまで!ツジラジはどうなってしまうのか!?