第百十四話 芽浦家の一存
2011年最後の更新!
―前回より・中庭地下―
「うへぁぁっ! ひぎぃっ! ちょっ、何これぇっ!?」
【いやぁ、凄いですね。流石は不老不死、本当に大概の事なら何をしても死なないとは】
ほんの一握りほどの油断から芽浦家一の頭脳派にして技術士・イリーの独壇場に迷い込んでしまったニコラは、彼女の造り上げた様々な罠から逃げ続けていた。それは先程のような巨大回転ノコギリのみならず、例えば方々から飛んでくる機関砲の弾丸であったり、全方位から飛んでくる返しのついた五寸釘であったり、強酸性の液体が溜まった大きな落とし穴であったり、何処からともなくせり出してくる地雷原であったり、デンキウナギが尾を巻いて逃げ出すような高圧電流の流れる電極が無数に敷き詰められた壁であったりと、実に多種多様である。
【それにしても本当に凄まじい不死性ですねぇ。人体実験の様子をそのまま見世物にすればより儲かったのでは?】
「何言ってんのさ! あたしゃ曲がりなりにも医大卒だよ!? 生活に余裕があるのにそんなバカ丸出しの真似出来る訳無いじゃん! それに研究者にとっては命の次か次ぐらいに重要な実験内容だよ!? 医学の『医』の字の一画目しか知らないような民間人にそうホイホイ晒して言い訳無いじゃああああん!?」
その叫びに伴って一斉に放たれた蛾型弾幕が、イリーのコントロール下で展開される罠を悉く破壊していく。その様は地下に設置されたカメラからイリーと彼女を父親として産まれた子供(つまり春樹の孫)達の居るコントロールルームへと中継された。
―コントロールルーム―
【ピャーッ! ピャアーッ! デンジャー! スパデンジャアッー!】
【オオオ! カノフォックス! オドロクベキウォメン! イリーサマノアーツ! シュンジニディストラクション! キョウガクニアタイスルシング!】
濁りや澱みのない透き通った外骨格の中に白い中枢を持つ小さなイモリに似た生物が甲高い声で騒ぎ立て、それに続いて一辺の長さが40cm程の正六面体に詰まったゲル状の生物が、合っているのかどうかも不明瞭な横文字を交えた妙な喋りで話し出す。
【落ち着きなさい、我が子らよ。彼女はヴァーミンの保有者です。あの程度の芸当、出来ない方がおかしいというものでしょう】
【シピャシイリーピャマ、ソーハイッテモドゥスルノペス?】
【どうもしませんよ。まだ手を出す時間じゃありません】
【カノフォックス、スサマジキシューター、ワレワレノプラン、ブレイクノカノウセイ】
【えぇ、確かに彼女は素晴らしい実力者です。しかし彼女は不老不死。殺す事など出来ませんし、その必要性もありません】
【ト、ピーパァッツ?】
【この戦いでの目的は彼らへの勝利であり、彼らを抹殺することではないという事です。彼らを撃退し、この場の安息を保てればそれで良いのです】
【ギモンフライング?】
【元より母上様は我々の死を酷く嫌われ、それ故にいざとなればこの場からの撤退も考えておられます。ツジラ一味とは、それだけ強大な敵であると言うことです】
【ピェーニアスィ、ドゥーメト】
【そういう事です。何にせよ、そろそろ備え付けの罠だけでは限界が見えてきたようですし、あなた方の出番が近いのかも知れませんね】
―同時刻・中庭―
「切り裂け!」
『ぶち抜け!』
「『引きちぎれッ!」』
【良い技だなァ!】
【感動的であるッ!】
【【然し、無意味だッ!】】
一方で、地上にて勃発した所謂"双子対決"はかなり壮絶な戦いになっていた。桃李の鎌はエイロンやウィルバーの体組織ばかりか大口の孫達が放つプラズマ状の砲弾なども切り裂き、羽辰の意のままに物理的法則を逸した飛び方をする分銅は、彼に間接的な形でコックローチを扱う権利まで与えていた。更にこの二つの武器は、連結して鎖鎌としても機能する。まるで特異な生い立ち故に一体化軸での活動が主な二人の為に作られたかのような武器である。
しかし高性能な武装・能力を持っているのは、何も小樽兄妹だけではない。エイロンとウィルバーにもまた、それぞれ異星生物の端くれらしく奇異な能力を持っている。奇妙な付きかたをしているウィルバーの手足はそのパワーを維持したまま様々に変形し、徒手格闘の域を超えた戦いぶりを見せる。ある平面に突き刺さった腕が遠く離れた別の平面から飛び出て攻撃してくる様などは、最早接近戦ですらない。
一方、一見動作が緩慢そうに見えるエイロンだが、その外見は所詮『外部から視認した情報』に過ぎないのだという事を二人は改めて思い知らされた。内骨格というものの見当たらないエイロンの身体が秘めた可変性は実弟ウィルバーのそれを遙かに上回るものであり、刃物や鈍器等という武器の他、機関砲や盾、城壁にまで姿を変える。『触れると取り込まれる』だとか『無限に再生する』というような事は無かったが、切断面の分子配列をかき乱す事で自己修復を打ち消す桃李の鎌を以てしても確定的な傷を負わせることは出来なかった。
更に本来ならば移動速度が極めて遅い筈の『触手』と『砲台』の孫達も、足の速い『扁平』と『節足』の孫の背に乗ることでその弱点を解消。微弱な電流の流れる素早い触手や岩をも砕くプラズマの弾丸によって兄妹を追い詰める。
「兄さん……これはどうやら……」
『……「そろそろ真面目にやらねば危ない」という意見でしたら、私も今思った所ですよ』
「自分で言うのもアレですが、流石双子なだけありますよね私達」
『えぇ。何だかんだ言って、双子は双子なんですねぇ』
等と言いつつ逃げ回りながら、二人は作戦を考える。変幻自在のエイロンを仕留め、ウィルバーの動きを止める為の作戦を。
それでは皆様、良いお年をッ!