第百十三話 どっちにせよ@必死です
実習系の授業だとはよく、一人か二人ぐらい出遅れながらも必死に追い付く奴って居るよね。私もそんな奴だったんだ……地味に辛かった
―前回より―
他の面々が地上で芽浦家の面々と戦う中、未だ地上に降り立つ事の出来ていない男が居た。我等が主人公にしてツジラジの司会、ツジラ・バグテイルこと辻原繁である。
【ギョエーッ! ギョエーッ! マチャガレツジラァ!】
【ミョイ、モチョットスピードダセンノカコリャ! コントリガァッ!】
【ムチャユーナィ! コレヨカダショッタラオミャーフリオトシテマウガナ!】
背中に背負うタイプの小型ジェットエンジンで廃洋館を目指していた繁であったが、その上空でオレンジ色をしたゴムホース人形のような生物を背に乗せた羽毛のない鳥のような生物の群れに襲われてしまう。その生物とはつまるところ春樹の孫達であり、鳥のような孫の嘴や爪による連続攻撃とゴムホース人形のような孫達が手元から放つ正体不明のエネルギー弾の雨霰から逃れようと必死に梶を取る繁は、いつの間にか目的地である廃洋館を通り過ぎてしまっていた。
「だぁあああ畜生! 建物通り過ぎちまったよ馬鹿じゃねーの俺! これじゃ突入近道どころか墜落遠回りルートじゃねぇかあっ! へ? 何? お前のヴァーミンで攻撃すりゃ大丈夫だろって!? 馬ッ鹿舵取りしながら攻撃なんて出来るかよ戦闘機じゃねえんだぞ俺ぁっ!」
いつもならばこんな状況でもヘラヘラ笑いながら楽しみそうな繁であったが、撃墜や燃料切れといった『対策のしようがないトラブル』に対する焦りは彼からその余裕を奪っていた。上記の、誰に向けているわけでもない哀れで痛々しい独り言がその焦りを物語る。
「クソッ、こうなったら一度適当な場所に着陸してやり過ごすしかねぇ! 頼むから見失ってくれよ名物乗っただけ合体……」
孫達の追跡を何とか振り切った繁は、頃合いを見計らってその辺へ適当に降り立とうとする。しかしそこで、ふと地上から思わぬものが飛んできた。赤みがかったオレンジ色の光線と、中央が渦巻く黒い球体である。
「うぉぇあっ!?」
繁は直線的な弾道であるそれらをどうにか回避したが、光線は何発も放たれ、黒い球体に至っては精密に彼を追尾してくる始末。更にそうこうしている内に、振り切った筈の孫達までもが追い付きつつある。
「やべ! やべぇ! やべぇっ! 冗談じゃ、ねええーっ!」
小刻みな飛び方で何とか光線と黒い球体から逃げ切ろうとするが、相手側の巧みな動きはそれさえ許さない。それでも何とか隙を突いて溶解液で打ち消すことに成功した繁は、廃洋館へ戻ろうとする。
しかしそこで、背後に巨大な質量の気配が迫る。
「!?」
繁の全身に、帯状の溶けた飴のような液体がまとわりついた。それは蜘蛛が出す糸に似た質感で、粘つく事は無く瞬時に固まり樹脂のような物体へと姿を変えた。それと同時にジェットエンジンの燃料が尽きてしまい、結果として繁は撃墜の挙げ句拘束される羽目になった。
「クソッ、燃料切れか!? 兎に角こいつをどうにかして早く建物に――
【無駄よ】
「何い?」
背後から投げかけられた言葉に振り向くと、細身の獣脚類らしき銀色の外骨格を持つ生物が佇んでいた。若干ヒューマノイドめいたフォルムは女性的であり、尾は蜂かサソリの腹部のようであるなど、既存の生物学では理解し難い存在であることは火を見るよりも明らかであった。
【その身なりに仮面……あなたがツジラ・バグテイルね?】
「そういうアンタはあの建物を拠点にしてる化け物共――傭兵団の生き残り曰く『神』だとかいうもん――の端くれか?」
【神がどうとかは知らないけれど、確かに私達はあの建物に住んでいるわ。家族揃って、仲良くね】
「そうか、なら話が早いぜ。別嬪の姉さんよ、俺をそこまで案内してくれねぇか? どうしても外せない用事があるんだ」
【あら、別嬪だなんて照れるわね。お世辞にしては心が籠もっているけれど、もしかして本心なのかしら?】
「ったりめェだ、世辞な訳があるか。アンタみてぇな上玉、六大陸探したってそう居るもんじゃねえ。何たって美の次元が違うからなぁ。ションベン臭ぇ媚び売りのガキの穴やらキィキィ五月蠅ェバカのケツを追っ掛け回すのが好きな豚共や、間抜けな召使いに言い掛かり付けて好き勝手弄くり回すのが好きなクズ共は悪趣味だのゲテモンだのと言うが、俺は違うぜ。アンタみてぇにガチで次元の違う女っての、そこそこ好みでね」
【あら、もしかして口説いているつもり?】
「口説くならもっと気の利いた言葉を使うだろうし、元より口説くつもりなんて毛頭ねぇよ。好みってなあ、美術館の絵や彫刻みてーなノリさ。失礼ながら、抱きてーとかヤりてーとかそういうのは微塵もねえ。そもそも、それ抜きにしたって俺なんかじゃアンタにゃ似合わねーだろ。こんなカメムシみてぇな腐れ童貞じゃ不釣合いだ。やっぱあんたみてーな上玉の相手になるんなら、同等かそれ以上でなきゃなあ。例えば、そう……俺の背後で何か溜めモーションっぽいのに入ってる、アンタとかな」
繁の背後10m辺りに佇んでいたのは、黄金色に輝く外骨格を持った大柄な生物であった。その体格は若干男性的なフォルムのヒューマノイドといった風体で、全体的にはやはり獣脚類を思わせるような姿をしていた。
【気づいていたのか】
「そこな銀色美人と話し始めた辺りでな。さっきのサイコボールやレッドレーザーもアンタのもんだろ?」
【正解だ。しかし惜しいな、球体は我のものだが光線は違う】
「そうかよ。だがどっちにしろ俺の相手がアンタ等二人だっつう事実に変わりはねぇ。さて、存分に――うをっ!?」
繁の顔面を赤みが買ったオレンジ色の光線が掠めた。
【私の存在を忘れてもらっては困りますねぇ、ツジラ殿。それにカイゼルさんやキュリオさんも酷いですよ。自分達だけツジラと戦っていい所取りなんて、幾らお二人とはいえずる過ぎます】
【許せ、ペイジ。お前を置いてけぼりにするつもりはなかったのだ】
【それに戦うと言っても、今や私の糸で拘束され動けないような男を相手に―――あ、あらっ!?】
ふと見れば、家族一の怪力を誇るヴィクターでさえ抜け出す事が出来なかったキュリオの糸から、文字通りいとも簡単に抜け出している繁の姿があった。
「姉さんよ、アンタぁこの上なく美人で才色兼備の天才肌なんだろうが……必然的にどっか一箇所くらいは抜けてんのな。マジに抜け目無い奴なら、あんな糸如きで俺を拘束しただけで安心なんてしたりはしねぇ。『相手が何かの方法で縄抜けでも何でもするかもしれねぇ』とか、普通は考えるもんだ」
【そうかしらね?】
「そうだろ。まぁ、過ぎたことだ。事の最中に深く考えるだけ無駄ってもんだろう。どのみち俺をぶっ殺せば解決だしな」
背負っていた槍を構え、手甲鉤を繰り出した繁は、挑発的にそう言った。
次回、それぞれの戦いが始まる!