第百十二話 魔法次女ねふる☆マギカ
森の中を進む香織が見付けたのは……
―前回より―
魔術師・清水香織は現在、廃洋館周辺の熱帯雨林を適当に歩いていた。
当然ながら、中庭やその地下、更には門前と、仲間達が壮絶な戦いを繰り広げていることなど知る由もない。
「川には近寄らないように、でも館から離れすぎないようにーっと」
そんな即興で作った詩に節を付けて歌いながら、香織は何処か軽快なステップで進んでいく。実際、繁と再会してから強敵との激戦を何度も繰り広げた彼女は、今回の戦いも楽しみの一つとして認識してしまっているような所があった。
別段巫山戯ているわけではないし、状況を軽視しているわけでもない。現に彼女の周囲には比較的上位に属する防御系魔術『93-バリア-41C』等を複数用いる事によって、大抵のものを防ぎきる事の出来る強力な障壁を展開している。
この結果、アクサノの熱帯雨林に済む動物類は彼女に手出しできなかったし、不意に樹上から降り注ぐ質量1l越えの肉食変形菌等から身を守る事も出来ていた。
そうして森の中を歩き続けていた彼女の障壁に、再び何かがぼとりとぶち当たった。注視してみると、それは直径3cm程の球体だった。透明な粘液らしき膜の仲に、球状に丸まった胎児らしき生命体が蠢いている。
その両目は見開かれており、小さくも確固たる敵意を障壁越しの外敵へ向けていた。しかも辺りを見渡せば、いつの間にか辺りには同じような球体が幾つも浮かんでいる。取り囲まれていたのだ。
「(こいつら……一体何? しかもこんなに沢山何時の間に……いや、私がこいつらの縄張りに入っただけだよね)」
球体は香織に敵意の眼差しを向けながらも、障壁に行く手を阻まれ手出しが出来ないでいた。しかし油断は出来ない。もし仮にこの球体達が廃洋館に巣くう化け物の一種だったなら、障壁の一つや二つ、破る術を持ち合わせていないとは言い切れないからだ。
「(仮にこいつらが障壁破りを出来ないとしても、だからってナメてかかっちゃいけない……こいつらは多分、アガシュラを喰い殺した奴や、川から出てきた奴らと何かの形で関係してる筈……それだけの事が出来るんなら、障壁破りどころか魔術を使える奴が私の近くに隠れてたって不思議じゃない……)」
香織は考えた。自分は次にどう動き、如何にしてこの状況を打破すべきなのか。不用意に動いては寧ろ危ないが、動かないわけにもいかない。そもそも『館に潜む化け物を可能な限り生け捕りにする』というのは、香織と繁が話し合って考えた作戦案だ。
ジュルノブル城、東ゾイロス高等学校、デザルテリア士官学校と、今の今まで生放送の舞台にしてきた場所では敵対者が総じて『完全な害』であると確定された存在であったからこそ、無差別に殺害してきた。
しかし今回は違う。廃洋館の化け物共は未だ未知の存在であり、それ故にその意図や思惑も知ることは出来ない。
つまり今の繁達にとってこの謎の生物群は『害の有無について解っていない』扱いであり、それを殺すことは『正当な理由もなく故意に生物を殺す』という、道理に反する行いなのではないかというのが二人の出した結論であり、『生け捕り』という結論の理由でもあった。
「(かと言ってここに留まり続けてたらこいつ等に何されるか――っひぃっ!?」
突然香織の背後で薄い窓ガラスが突き破られるような音がした。幾重にも展開していた障壁が、僅か二、三枚を残して一瞬で破られてしまったのである。
【……やはりどうしても残ってしまいますか。流石は古式特級魔術の使い手、並大抵の障壁でもこの強度とは……】
茂みの奥から現れたのは、大体香織と同程度と思しき背丈の、昆虫を思わせる女性的なヒューマノイドであった。背中には黒いマントらしきものがあり、西洋騎士の甲冑を思わせる外骨格は不思議な迫力がある。
「……」
【ちょっと、睨まないで下さいよ。こんな風体ですけど私、結構怖がりなんですよ?】
「その言葉が何処まで信頼出来るかしらねぇ」
そう言って香織は、自らの周囲に展開していた障壁を解除した。
【言いつつ障壁は剥がすんですね】
「張り直したってどうせあんた相手じゃ二発と持たずに割られるでしょ。永続障壁の重ね貼りは燃費悪いし、そんな事してる暇あるんだったらその分攻撃に回してあんたを捕まえた方がま―――!?」
香織の顔を、バスケットボール大の光球が掠めた。『掠めた』というよりは、『直撃寸前で何とか回避に成功した』とでも言うべきだろうか。兎も角回避が間に合っていなければ、香織の頭部は確実に消し飛んでいたことであろう。
【へぇ、流石はあのツジラが絶大な信頼を寄せる女・青色薬剤師といった所ね。感心したわ】
「(……危なかった……あと一歩遅かったら絶対命無かったわー……)」
【余裕の態度で高を括るのは別にあなたの勝手だから突っ込まないけれど、所詮世の中油断した奴が真っ先に死ぬんだって事だけは覚えておくと良いわ】
「はっ? 『油断した奴が真っ先に死ぬ』? そんな事はあんたに言われるまでもなく自覚済みよ」
【そう。でもさぁ、私達を『殺す』ならまだしも『生け捕り』なんて、明らかに状況を軽視してるわよね? そんな事言って私達と戦うつもりなら骨の五、六本は覚悟して貰うわよ? 少なくとも指なんかじゃあ済まさないし、正気のまま生きて返すつもりも毛頭無いけどね】
「はぁ? 今時指とか骨とか、あんたヤムタ系マフィアの下っ端か何か? こっちは春にあのどうしようもないバカに誘われてこれ始めてから今の今までろくでもない死に方する事前提でやってんのよ」
【言うわねぇ、霊長種の分際で偉そうに……。良いわ、この『メイジ・ネフル』が全力、とくとあんたに見せてあげる】
そう言うと同時にネフルの背後に空中を浮遊するゼリー質の球体達が集まり、茂みや地中から赤いオサムシのような生物が無数に現れた。背丈は香織の膝丈半分程度で、長さは二の腕程より少し長い程度だろうか。紡錘形をした双頭は、それぞれ別々の方角に目を配っている。
かくして、両陣営最高峰の魔女二人による対決の火蓋は切って落とされる。
次回、読者諸君もよく知っている「あの男」に強敵達が迫る!