第百十話 飛べません。
ニコラとイリーが出会う一方、その真上では……
―前回より―
「着陸ーっと」
『いやぁ、浮くのをやめて落ちてみるというのも中々乙なものですねぇ』
「あ、途中霊体化解除してたんですか兄さん」
『えぇ。始終浮いてばかりというのもつまらないかと思いまして。普通なら落ちるようなスピードで地上へ降下するんですが』
「よくタイミング合わせられましたね。ニコラさん明らかに落ちてたのに」
『破殻化とは少々性質が違いますのでね。詳しい理由は私にもわかりませんが』
等と他愛もない会話を繰り広げながら中庭を進む二人の前後に、突如異様な姿の生物が現れた。前方に居るのは緑色をしたゼリー状の肥満体であり、後方に居るのは手足の接合を間違えたような茶褐色の怪物―即ち、エイロンとウィルバーである。
更に二人の周囲を取り囲むように、益々異様な姿をした生物群が現れる。
向かって右側から現れたのは、緑色をしたゼラチン質の身体や十字型の身体が特徴的なヒトデと思しき生物と、その上に乗せられた全身が口であるかのような黄色い透き通った生物であった。一方向かって左側から現れたのは、Y字型の身体と細い触手が特徴的な生物と、それを背に乗せた青紫色の甲殻を持つウミグモのような生物であった。
「おやおや、安全枠かと思っていた中庭にもやはり守衛が居ましたか」
『しかもこれは……随分とまぁ、個性的な方々のようで。初めまして。私、ツジラジの方でDJとして活動させて頂いております。アニジキニンと申します』
「双子の妹ことイモウトキシンです。以後宜しく」
微妙に不可解な生物の群れに囲まれながら、二人は尚も飄々とした態度を崩そうとはしない。
【……声を聞いたときから貴殿らの名は解ったが、よもや霊長種であったとはな】
「おや、それは種族差別ですか?いけませんねぇ、種族差別なんてナンセンスですよ? ノモシアの金持ちやヤムタの政治家の中には、禽獣種は臭いだの外殻種は気持ち悪いだのと大声で抜かす連中が居ますけれども、それは余りにもつまらない……」
『端的に言えば「古い」というか、「時代遅れ」だと思うのですよ。所謂、女子供が他人の服装や持ち物を指して「そんなものはもう古い」だの「時代遅れだ」などと言うのと同じような事です』
【これは失礼、我々は別段貴殿らが霊長種だからと下に見ている訳ではない。寧ろ尊敬したいとさえ思っている。ただ、名の知れたヴァーミンの保有者が、よもやこれほどにまで幼いとは予想外だったのでな】
「そうですかぁ」
【我々も貴殿らと同じく、種族差別など古臭く時代遅れな考えだと思っている。ノモシア王家の神性種至上主義などは聞けば呆れて身も腐る程だ】
【何より我等兄妹姉弟、見れば解るがこの通り、奇々怪々にして名状し難く筆舌にも耐え難し見て呉れであるからな】
「確かに、私達のリーダーならば気に入るかも知れませんが……」
『一般的な価値観からすると、少々厳しいかも知れませんねぇ。そちらの茶色のあなたなんて、何処をどう説明すれば良いのか少々迷いますし』
【あぁ、この身体つきかね? 確かに仲間内でも妙だと評判だがな、慣れれば案外いいものだぞ】
【それはそうと、名乗りがまだであったな。私の名はエイロン。仲間内では『トリッキー・エイロン』と呼ばれる事もある。貴殿らの背後に居るのは我が双子の弟・ウィルバーだ】
【お初にお目に掛かる。我が名はウィルバー。時折『グラディエイト・ウィルバー』などと呼ばれもする】
『双子……ですか。それにしては随分とお姿がかけ離れているように思うのですが……』
【我等は御大様と母上様の間に産まれた第三の受精卵より産まれた双子なのだ。二卵性故、姿形に多少の差違はあろう】
「多少、ねぇ。まぁ、あなた方の規範からするとこれも多少の域だという事なのでしょう。えぇ。私はそう割り切ることにしましたよ、兄さん」
『ならば私もそうしましょう。ある程度の理不尽は割り切ってやり過ごす。素晴らしい考えです。さて……そういうわけでしてね、ご兄弟』
【何だね?】
『私ども、今回はあなた方が「御大」や「母上」とお呼びになるその存在について、あなた方諸共生け捕りにしなければならないのですよ』
【ほう、それはまた穏やかでない申し出だな】
「そう思われますか? そう思われますよね? 私としてもそんな無茶は遠慮したいと思うわけですよ」
【ふむ】
「そこで、です。ここは一時停戦と行きませんか? 我々としても無用な争いは避けたいですし――
【それは無理だな】
「あら、やはり無理ですか?」
【当然だ。此処で貴殿らをみすみす見逃し、挙げ句母上様に万が一の事があったのなら、死んだ御大様に顔向け出来ん】
【よって、だ。少々古典的な話にはなるが、此処から先に往きたければ、我ら兄弟を倒してから往け】
【逃げようなどと思うなよ? 我々に翼などありはしない。しかし翼を撃墜する術ならば持ち合わせている】
ここでエイロンが言っている「翼」とは、そのままの意味ではない。二人は確信していた。
「(『翼』……とは、普通に考えれば空を飛ぶために用いるもの。鳥や蝙蝠のそれに限らず、例えば虫の翅や航空機のジェットエンジンも含むもの……)」
『(しかし今回のそれは恐らく、その意味だけで捉えてはならない筈……恐らくここで言う「翼」とは、「逃走手段」の事)』
「(となれば……戦うしかないのでしょうかねぇ。いやはや、覚悟はしていましたが到着直後からこれとは……)」
桃李と羽辰はそれぞれ鎌と分銅を繰り出し、戦闘態勢に入った。
対峙ラッシュはまだまだ続く!